第129話 神々の緊急寄合①
緊急の寄合は二日後には開かれた。
紅優たちの大蛇の領土の視察報告だけでなく、月詠見からの暗がりの平野の調査報告もあったので、急ぎ場が設けられた。
今回は神々に加え、一ノ側仕までが参加となった。
ある程度の視察の報告を終えて、小休止のティータイムを提案した紅優が、八俣からの土産を出した。
視察参加組として寄合に出た井光と一緒に真白がおもてなし係をしてくれている。井光のしごきの甲斐あってか、大雑把だった真白の所作は細やかで美しくなった。元々、器用な質なんだろう。覚えるのも慣れるのも早い。
感心して真白の給仕姿を眺める蒼愛を余所に、神々の目は菓子に釘付けになっていた。
「これ、まさか、NYANCHOCOTTの……」
「季節限定チョコレート特大版……」
須芹と志那津が交互に呟いた。
「うん、あのね、八俣さんがお土産に持たせてくれたんだよ。皆で食べようと思って持って来たんだ。これも限定品なの?」
あんぐりと口を開いたまま、須芹と志那津が信じられない表情で頷いた。
「八俣さんって、限定品好きなのかな。このアソートクッキーもね」
蒼愛が取り出したクッキーを見付けた二人が身を乗り出した。
「それ! 会員でも滅多にもらえないNYANスイーツ!」
「天文学的数値のポイントを貯めないと手に入らない幻のNYANスイーツじゃないのか⁉」
言われてみれば箱に「NYAN SWEETS」と書いてある。非売品のマークもあった。
「NYANCHOCOTTは限定品のクオリティが半端なく高いんだ! しかも数が少ないんだよ!」
「加えて、限定品では同じ商品を作らないので有名なのに、会員用にだけ復刻版を出したりするんだ!」
須芹と志那津が鼻息荒く説明してくれた。
「二人は詳しいんだね。やっぱり会員カード持ってるの? お菓子、持ってきて良かった。ね、紅優」
紅優を振り返る。
蒼愛と同じように微笑んだ。
「まさか、こんなところでNYANスイーツを拝めるだなんて……」
志那津が箱を見ただけで呆然と呟いた。
須芹も同じ顔をしている。
「ウチも結構買ってる方だけど、まだNYANスイーツには手が届かないね」
利荔が感心してチョコとクッキーを眺めていた。
「そうなの? 八俣さんはもう何回もNYANスイーツ送られてきてるってピピが言ってたよ、ね?」
紅優を振り返る。
呆れたような困ったような微笑で頷いた。
「何回も⁉」
「瘴気か妖術で店員を籠絡でもしているのか?」
須芹と志那津が本気で驚いている。
そんな二人を伽耶乃が笑って見ていた。
「そんなんじゃなくて、いっぱい買ってるだけだと思うけど……。あ、でも、なかなか手に入らないのにすごいって、言われていた気がする」
「「当然だ!」」
蒼愛の呟きに須芹と志那津が最早、怒っているような声を重ねた。
そんな二人を前に、淤加美が小さく息を吐いた。
「志那津と須芹の気持ちは、わかるよ。先に視察の報告をもらえなければ、信じ難い。聞いたって、すぐには理解が追い付かないよ」
そう言いながら、淤加美がチョコレートを摘まんでいる。
何となく、淤加美と志那津と須芹の驚きは内容が違う気がしなくもない。
志那津と須芹は純粋にNYANCHOCOTTの菓子に驚いているように思う。
「諸悪の権化だと目していた大蛇の長がスイーツ好きのおじさんか。破壊神を手懐けていたり、人間もどきの実験していたり、淤加美のいう通り、突っ込み所が多すぎて、どこに驚いたらいいか、わからねぇなぁ」
火産霊がぼやきながらクッキーを口に放り込んだ。
「うわ、ヤベェくらい美味いな。菓子とか、別に好きじゃねぇけど、美味いと思うぞ」
チョコレートが内側にコーティングされた丸いクッキーをまじまじと眺める火産霊の顔は、本気だ。
「もっと味わって食え。滅多に食べられるクッキーじゃないんだぞ」
志那津が火産霊に怒っている。
「本当、美味しいわぁ。お家じゃ作れない美味しさね」
「伽耶乃が作ってくれるクッキーも美味しいけど、NYANCHOCOTTは別の次元のお店なんだよ。もはや異次元なんだ」
感心する伽耶乃に須芹が力説している。
須芹は伽耶乃の一ノ側仕になって漢字の名前を得た。当然のように須芹を側仕にした伽耶乃は、当然のように読みに漢字を宛がった。須芹はそれを見越して、名前をカナに落としてでも読みを変えなかったのかもしれない。
(きっと伽耶乃様に同じ名前で呼んでほしかったんだ。漢字は違っても、同じ響きで呼ばれたかったんだろうな)
そんな須芹の気持ちが可愛くて、微笑ましく感じた。
「今回もまた、蒼愛が八俣を口説いたのかい?」
月詠見が面白尽な顔で聞く。
「スイーツ好き同士、話が合ったみたいで。蒼愛を気に入ってくれましたよ」
そう話す紅優に、蒼愛は首を傾げた。
「スイーツ好きは、そうかもしれないけど。八俣さんが喜んでくれたのも、好きになってくれたのも、紅優だよ。紅優にいっぱいお礼を言ってくれた。全面的に協力するって言ってくれたのも、絶対の神って言ってくれたのも、紅優にだよ」
蒼愛は井光に目を向けた。
井光が小さく頭を下げた。
「恐れながら発言させていただきます。八俣殿が大蛇の一族の長として闇人討伐に全面協力を申し出てくれたこと、紅優様が神である限り恭順すると傅かれたのも、事実です。大蛇は瑞穂ノ神を守り意に従う一族であると断言していました」
井光の発言に、神々が呆気にとられた。
「蒼愛様がヒルとエナを救いたいと話されたのも、八俣殿には響いたものと思われます。破壊神ヒルを、八俣殿は可愛がって保護している様子でした」
「NYANCHOCOTTのガトーショコラ食べさせてあげていたし、飴もあげてたもんね」
蒼愛に向かって井光がニコリと笑んだ。
「「ガトーショコラ⁉」」
志那津と須芹が膝立ちになった。
「二ヶ月に一度、味を変えて限定発売される、あの⁉」
「三十個しかないから並んでも買えないなんて、よくある、あの⁉」
志那津と須芹に迫られて、蒼愛は頷いた。
「僕らのために、側近の五蛇の皆に内緒で、並んで買ってきてくれたんだって。なかなか買えないケーキだったんだね……」
二人の勢いがすごすぎるのと、改めて八俣が歓迎してくれていたんだと実感して、驚いてしまった。
「八俣が自分でNYANCHOCOTTに並んだんだ。厳ついオッサンなんでしょ? 目立つだろうなぁ」
陽菜がカラカラと笑っている。
そんな陽菜に紅茶を差し出しながら、真白がぼんやり眺めていた。
「蒼愛は、食べたのか? どうだった?」
「今回の隠し味は、何だった?」
志那津と須芹に押し気味に質問されて、蒼愛は仰け反った。
「今まで食べたケーキの中で、一番美味しかったよ。隠し味は、餡子だった」
息を飲んだ志那津と須芹が同じようにへたり込んだ。
空気の抜けた風船みたいだなと思った。
「そうか、良かったな……」
「八俣、すごすぎる。一体何時から並んだんだ。夜明け前かな」
そんな二人を利荔が気の毒そうに苦笑して眺める。
伽耶乃と月詠見は面白そうに笑っていた。
「けど、八俣殿の性格の片鱗がよくわかるわ。紅優様への恭順も、その場凌ぎの誤魔化しではないと、伝わってくるもの」
ニコリと笑んで、伽耶乃がチョコレートをパクリとする。
やっぱりお菓子を持ってきて良かったと、蒼愛は思った。
「私らは、認識を改めないといけないね。蛇々と闇人の仕業とはいえ、大蛇を遠ざけて声を吸い上げもしなかった。大蛇が蛇々を見過ごした報いを受けるなら、私らも同じさ」
日美子がチョコレートを見詰めながら話した。
「総てを闇人のせいにするつもりは、勿論ない。けど、闇人の暗策の影は大きい。これ以上、放置はできないよ。蛇々が死んだ以上、次の依代を探しているかもしれない。蒼愛の夢に入り込んだ経緯を考えれば、自分で動き出す気かもしれない。そうなれば、直接の対峙は免れない」
月詠見の目が淤加美に向く。
その視線を受けて、淤加美は神々を見回した。
「どちらにせよ、我等は闇人に辿り着いた。国内を長年に渡り混乱させ、悪事の一切を他者に擦り付け、多くの神や妖怪を陥れてきた闇人を、神として見過ごせない。如何ですか? 紅優様」
淤加美が紅優に目を向ける。
全員の視線が紅優に集まった。
「断罪然るべきと、考えます。しかしその前に、動機は聞き出したい。納得できても出来なくても、存在は末梢します」
断言した紅優に、皆が息を飲んだ。
しかし納得の様子で、反対する者はなかった。
「神に存在を抹消された妖怪は、もう二度と産まれてきません。この国で生きられもしません。瑞穂国で最も重い罰です」
井光が蒼愛にこっそり教えてくれた。
ちらりと、隣の紅優を見上げる。
八俣の屋敷に居た時のような冷ややかな感じも焦っている感じもない。
(きっとたくさん考えて、冷静に出した紅優の結論なんだ。だったら僕も、紅優と同じ気持ちで闇人と向き合う)
これだけ多くの罪を重ねてきた闇人に情状酌量は有り得ないだろう。
闇人よりも、裁いた紅優の心に寄り添ってあげたかった。




