第128話 白狼の恋煩い
視察を終えた蒼愛たちは無事に天上の瑞穂ノ宮に戻った。
帰り際、お土産だとNYANCHOCOTTのお菓子詰め合わせを八俣からいただき、紅優が大変恐縮していた。
「NYANCHOCOTTって日の街では、それなりに高級ブランドなんだよ。安価な品から高級菓子まで揃えてる店ではあるんだけどさ。こんなにおもてなしされちゃうと、お返しどうしようって悩むよね」
紅優の悩みが視察前とは変わっていて、蒼愛は何となくほっこりした。
「お菓子については八俣殿の方が詳しいでしょうね。お菓子にあう紅茶など探してみては如何でしょう。振舞ってくださった紅茶も菓子に合わせたチョイスに感じましたよ」
「井光さんにお任せしようかな……」
井光の話にすっかり自信を無くしたのか、紅優が弱々しくお願いしていた。
「承知いたしました。八俣殿とは話が合いそうですから、選ぶのも楽しみですね」
井光が良い笑顔をしている。
きっと井光にとっても八俣は好印象だったのだろう。
「あ、箱のチョコが入ってるよ。志那津とスゼリが好きって話していたチョコだよね。うわぁ、綺麗だなぁ」
詰め合わせの袋の中から結構大きめな箱が出てきた。
開けてみて、蒼愛は感嘆の声を上げた。
綺麗に彩られた一口サイズのチョコが均一に並んで入っている様は、とても美しかった。
「これ、NYANCHOCOTTの看板商品だね。きっと一番大きな箱だよ。八俣殿、奮発しすぎ」
嬉しそうだが困った顔で紅優が零した。
「次の寄合にいただいたお菓子持っていっていい? 皆で食べたいな。志那津とスゼリも、きっと喜ぶよ」
「それは良いアイディアですね。八俣殿の性格も説明しやすくなります」
井光が蒼愛の提案を笑顔で肯定してくれた。
「そうだね。お土産だし、神様みんなでいただこうか」
紅優も笑ってくれた。
「この焼き菓子は、僕たちで食べようよ。四人で食べるのに、ちょうど良い量だよ。ねぇ、真白も食べよ……、真白?」
真白が一人、部屋の隅で小さくなっている。
人型の姿だから、落ち込んでいるのが一目瞭然だ。
「どうしたの? 何かあったの? どこか痛いの?」
近付いて顔を覗き込む。
真白が小さく首を横に振った。
「仲良くなれなかったなぁ。蛇とはあんなに仲が良いのに。ヒルとも友達なのに」
「もしかして、ピピ?」
真白が小さく頷いた。
「そんなに仲良くなりたかったんだね。話すきっかけ、あんまりなかったもんね」
ずっと八俣かヒルの肩に居たから、声を掛ける機会もなかったのだが。
それにしても落ち込み過ぎな気がする。
「小さくて、フワフワで、可愛かった。また会いてぇなぁ」
「ピピのこと、そんなに気に入ったんだ」
なんと慰めたらいいかわからず、蒼愛はそれしか言えなかった。
「気に入ったというより」
「恋煩いに見えるね」
井光と紅優が真白を覗き込む。
「恋⁉ 真白、ピピを好きになっちゃったの?」
狼と燕の恋が成就するのか、蒼愛にはよくわからない。
(えっと、身近な番……、井光さんと縷々さんは竜と虎で、陽菜さんと世流さんは鳥同士で、日美子様と月詠見様はどっちも神様で、霧疾さんや黒曜さんは宝石の人間……。野々さんや呵々さんは人間……、ダメだ、わかんない)
何となく、皆それなりにバランスが良い気がするが。真白とピピがどうなのかの参考にはならない気がした。
「恋とかは、よくわかんねぇけど。ぎゅってしてスリスリしてぇ」
「陽菜さんにしてたみたいに、したいんだね」
蒼愛に向かって、真白が頷いた。
(それって恋なのかな。でも、陽菜さんと離れても真白はこんなに落ち込まないし)
ピピは大蛇の領土に住んでいるから、気軽に会える相手でもない。
そういう意味では落ち込むのかもしれないが。
「フワフワ度合いで言ったら真白の方がフワフワなんだけどね」
紅優がよくわからない悩み方をしている。
「大蛇の領土なら訪れる機会はあるでしょうが、番になれるかというと、難しそうではありますね」
井光が階段を何段も飛び越えた悩みを呟いた。
ピピは八俣ともヒルとも仲が良かった。あの場所からいなくなると困る存在には思える。
「番になりたいって思うほど、ピピが好き? なの?」
真白が首を傾げたまま蒼愛を上目遣いに見上げた。
「……よく、わかんねぇ」
その顔は明らかに照れていて、頬も耳もちょっと赤い。
真白の表情が普通に可愛くて、思いっきり恋して見えた。
(わかってる! わかってる顔だ! いや、でも。本人は気付いていないのかも。好きって自覚してないのかも)
蒼愛でも気が付く程度には、真白の顔は恋している。
慌てる蒼愛の後ろで、紅優と井光が訳知り顔になっていた。
蒼愛が気が付くくらいだから、この二人が気が付かないはずがない。
「大蛇の領土には何度か行くと思うし、スイーツ男子会もあるから、ピピにはすぐに会えるよ」
「そこで巧く口説き落とせれば、連れて帰って来れるかもしれませんね」
紅優と井光が良い笑顔で慰めている。
真白の耳がピンと立って、くりくりと動いた。
「また会ってお話しないとね。ピピもあんな感じの男の子だし、真白をもっと知ってもらわなきゃ」
臆病な割に好奇心が強くてプライド高めな燕は、無自覚に難儀な相手と仲良くなれるキャラでもある。
ピピが真白をどう思うかの方が、むしろ心配だ。
「次、いつ、大蛇の領土に行くんだ? スイーツ男子会が先か?」
顔を上げて真白が紅優に問いかける。
ちょっと元気が出たらしい。
「そうだね、淤加美様たちにも相談しながらだけど、スイーツ男子会よりは早く行くと思うよ」
「俺も連れてってくれよ! 絶対、連れてってくれよ!」
紅優に飛びつく真白の仕草はやっぱり狼っぽい。
スイーツ男子会が皆の中に定着しているのも、面白いなと思った。思えば、スイーツ男子会を言い出したのもピピだ。
「ちゃんと連れていくよ。一緒に来てもらわなきゃ、困る。真白は俺たちの一ノ側仕なんだから」
「ああ! 俺が紅優様と蒼愛様を守るからな!」
真白が嬉しそうに紅優に抱き付いた。
大蛇の領土に行けるのを、これほど楽しみにしている妖怪は、他に居ない気がした。
「真白はピピの関係ですが、我々の意識も大きく変わりましたね」
紅優にじゃれつく真白を眺めながら、井光が感慨深げに呟いた。
「私はまた八俣殿にお会いしたいです。色々とお話を伺ってみたいですね。だから、スイーツ男子会が楽しみですよ」
井光が蒼愛に微笑んだ。
紅優が先走った時、八俣は井光より先に紅優を止めてくれた。そんな八俣に井光は親近感を抱いた様子だ。
「僕も、また大蛇の領土に行って、芽衣さんや野々さんやヒルに会いたい。視察に行かなかったら、こんな風には思わなかったよね」
理研から売られた研究員の芽衣が人間もどきを作っていたのも、破壊神ヒルが保護されていたのも、視察で初めて知った事実だ。
「今回の視察は実りが多かったからね。定例の寄合を待たずに、緊急で招集をかけようと思っているんだ。お菓子の賞味期限もあるから、早い方がいいね」
冗談めかして話す紅優の顔には余裕が感じられる。
大蛇が敵ではなく、闇人対策において最も心強い味方になってくれたのが大きいんだろう。
「それでは私が淤加美様に報せを飛ばしておきます。一先ずは、頂いた焼き菓子でティータイムを致しましょうか」
「やっぱり紅茶かな。俺はコーヒーも好きなんだけど」
「蒼愛様はブラックが苦手ですので、コーヒーなら軽めにしましょう」
井光と真白が話しながら台所に向かった。
紅優と蒼愛は顔を合わせて笑むと、八俣がくれたお菓子詰め合わせの袋の中を覗き込んだ。




