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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第126話 破壊神 ヒル

 部屋を出た蒼愛たちは八俣の後ろに付いて二階に続く階段を昇っていた。

 室内はアンティーク風で、大正時代辺りの家屋を思わせる。


(写真集で観た昔の家っぽくて、素敵だなぁ)


 古いものに美を感じるのは、理研に置いてあったイラストや写真の本に、その手のモノが多かったせいかもしれない。


「そういえば、名前を得たのか? ピピ?」


 八俣が肩の上のピピに問い掛けた。


「蒼愛様がくれたんだよ。俺はもっと格好良い名前が良かったけど、仕方ないから貰ってやったんだ」


 ふん、と誇らしげに顔を上げるピピは、まんざらでもない様子だ。

 最初は蒼愛と紅優の肩書に怯えていたピピだが、ひと眠りしたら落ち着いたらしい。

 ピピの言葉に、八俣が解せない顔をした。


「俺が候補を挙げた時は全部却下したのに」

「だってチョコとかプリンとか、全部菓子の名前だったろ。可愛すぎて嫌だ!」


 きっぱり言い切られて、八俣がしょんぼりと肩を落としている。


「可愛いのだから、可愛い名前でいいのに。ピピだって可愛いだろう」

「ピピは特別だ。好きになれねぇ名前なら要らねぇ。名前なんかなくても困らねぇからな」

「その割に、ピピと呼ばれて嬉しそうだ」


 しょんぼりしている八俣が可哀想に見えた。


(名前をくれる相手なんかいないって話していたけど、ピピにもちゃんと大事にしてくれる相手、居たんだ)


 そう思ったら、ちょっと安心できた。


「懐かれてて、いいなぁ」


 後ろで真白がぽそりと呟いた。

 蒼愛は後ろを振り返った。


「あんな風にデカい蛇に懐くなら、狼の俺に懐いてもいいのにな」


 真白の視線はとても羨ましそうだ。


「真白って、鳥が好きなの? だから陽菜さんにも懐いてたの?」


 日ノ宮に行った時、人型で陽菜にスリスリしている真白に、流石の蒼愛も慌てた。


「鳥って、フワフワしてて、スリスリしたくなる。仲良くなりてぇなぁ」


 真白があまりにも羨ましそうに八俣とピピを眺めるので、蒼愛も戸惑った。

 現世生活が長かった真白は、人型になっても狼の習性や嗜好が色濃く残って感じる。


(でも、狼って鳥、好きなのかな。食べちゃいそうな気がするけど)


 真白の個人的な好みなのかもしれないと思った。


 階段を昇って一番奥の部屋の前で、八俣が足を止めた。

 扉を開けようとした八俣の手がドアノブから離れた。

 考える仕草をして、紅優を振り返った。


「この中に、破壊神ヒルがいる」


 全員に緊張が走った。

 関係のある何かを持っているのだろうとは思っていたが、本人がいるとは思わなかった。


「何故、八俣殿の屋敷に、大蛇の領土に、ヒルが? 大蛇は誰一人、そんな話はしていなかったぞ」


 焦燥を隠せない紅優が、本日何度目とも知れない「何故」を発した。

 八俣が顎に手を当てて考えている。


「知っているのは側近五蛇だけだし、口外禁止と伝えてあるが。そもそも俺が知ったのも、最近だ」


 八俣が両手で丸を作って、紅優に見せた。


「これくらいの肉塊を偶然、拾った。何かはわからなかったが生きているようだった。酷く汚れていたので、綺麗に洗って布に包んで温めた。口はないが肉塊の上に食べ物を置いてやるとなくなっていた。食べるらしいので、食べ物を与えた。繰り返すうちに、一緒に寝るようになった」


 紅優と井光が同じ顔で絶句している。

 この屋敷に来てから紅優はずっと唖然とした顔をしているが、今日一番だと思った。


「つまり、拾って保護して可愛がったら懐かれたわけか」


 紅優の震える声は色んな意味合いを含んでいると思った。

 八俣が考えるように首を傾げた。


「懐かれたかは知らんが。世話を続けたら肉塊が大きくなって、形を変え始めた。今は人と同じ形をしている。話しはできないようだが、時々、声が流れてくる。それで知った」


 きっと、さっき話していた情報の事だろう。

 ヒル本人から聞いたのなら詳しくて当然だし、真実だ。

 八俣の目が蒼愛に向いた。


「今のヒルは、人の形をしているが動けない。だが、エナの魂の欠片を持つ蒼愛様を求めている。あまり側に寄り過ぎない方がいい。紅優様に掴まっていろ」


 紅優が蒼愛の手を強く握った。

 その手を握り返して、蒼愛は深く頷いた。


「扉を開ける。気を付けて」


 八俣が蒼愛に目を降ろし、扉に向き合った。

 部屋の扉がゆっくりと開く。八俣を先頭に、部屋の中へと歩を進める。

 部屋の奥に、椅子に座った大きな人形のような人がいた。

 作り物のような瞳が、開いた扉から入ってきた蒼愛を見詰めている。


「ぁ……」

 

 魂が引っ張られるのを感じた。

 まるで人形に引き寄せられるように、蒼愛の足が勝手に近づこうと動き出す。


「蒼愛! ダメだよ、行かせない」


 紅優が蒼愛の体を掴まえて押さえつけた。


「ヒル、ヒル……。違う、近づきたくない、逃げたいんだ。僕は、ヒルに会いたくなかった」


 どうしてか、強い恐怖が全身を支配する。

 体は勝手に近づこうとするのに、怖くて近寄りたくない。


『蒼愛、本当に、見付けてくれた。ヒルのところに、来てくれた。蒼愛……、エナの魂を、返して』


 人形のような姿をしたヒルから声が聞こえる。

 蒼愛の体が強く引っ張られた。

 ヒルと蒼愛の間に、瘴気の壁ができた。

 八俣がヒルの力を遮ってくれたのだとわかった。


「ヒル、どうしたんだよ。そんな風に引っ張らなくても、蒼愛様とは普通に話せるだろ」


 ヒルの肩に乗ったピピが、心配そうに声を掛けた。


『ヒルは、蒼愛が欲しい。エナと同じ魂を持った、蒼愛が欲しい。手に入らないなら、全部壊す。蒼愛に壊してもらう』


 ヒルから何かが飛んでくる気配がした。

 何かを八俣が遮った。

 黒い瘴気が紐のようになって、ヒルの上半身を縛った。


「ヒル、口を開けて」


 八俣がヒルに近付き、どこからともなく取り出したガトーショコラを口に運ぶ。

 ヒルが反射のように口を開いて食べた。


「美味いだろ? NYANCHOCOTTの限定品だぜ!」

『うん、美味しい』

「どんなふうに美味しいか、感想を詳しく話してみろ」

『ヤダ。羽々はいちいち感想を求めるから、うるさい。美味しいしか、わからない』


 がっかりする八俣をピピが笑っている。

 気が付けば、引っ張られる力がなくなっていた。

 力が抜けて、蒼愛はその場に座り込んだ。


「蒼愛! 大丈夫? おかしなところはない?」


 紅優に問われて、蒼愛はぐったりと頷いた。


「大丈夫。抵抗しすぎて、力が入らないだけ」


 ぐったりする蒼愛を紅優が抱き上げた。


「ヒルは何故、蒼愛を欲しがる? エナが手に入れば、蒼愛は不要か? もう蒼愛に手出しはしないか?」


 紅優の問いにも、ヒルの表情は動かない。


『蒼愛が、欲しい。エナが、欲しい。だから、壊す。全部、壊して、無くなったほうが、見付けやすい。壊すとエナは逃げる。だから、追いかけた。何度も壊して、いっぱい壊したのに、エナは見付からない。蒼愛も、逃げるの?』


 紅優の表情が硬い。

 蒼愛は自分の胸に手を当てた。


(魂が怯えてる。ヒルが怖いって、訴えてくる。エナはヒルが怖くて、ずっと逃げていたんだ)


 逃げるエナを探すために、ヒルは幽世を壊して、追いかけて。

 繰り返して、この国に辿り着いたのだろう。


「僕の中の、エナの魂が、ヒルを怖がっているんだ。逃げたがっているんだ。幽世を壊す以外に、何か、した?」

『……エナの魂を、千切ったのは、ヒル。エナがヒルを追いかけてくれたのが、嬉しくて、抱き付こうとしたら、傷付けた。それからずっと、逃げる』


 蒼愛の脳裏に像が結んだ。

 知らないはずの過去が映像になって流れてくる。

 最初に流されたヒルを追いかけて、エナは探し回った。

 やっと出会えた国で駆け寄ったエナに、ヒルが腕を伸ばした。

 抱き締めようとした腕は、エナの魂を引き千切ってしまった。


(僕は……、エナは、殺されるって、思ったんだ。だから、ヒルから逃げ回って。自分が逃げる度にヒルが幽世を壊すのが怖くて、ずっと身を潜めていたんだ)


 ヒルの強すぎる力のせいで、愛する兄弟を包むはずだった手で魂を傷付けてしまった。

 

「ヒルは、ただ、エナに会いたかっただけ、だったんだね。エナは、怖くてヒルから逃げてる。今でも、ヒルがエナを殺そうとしてるって、思ってる。自分のせいでヒルが幽世を壊すんだって、思ってる」


 手違いから始まった些細な勘違いが、いくつもの幽世を巻き込む壮大な追いかけっこに発展してしまった。


『ヒルは、触れたものを、壊す。前の国で、自分も壊した。壊れたヒルを、元の形に戻してくれたのは、羽々。友達になってくれたのは、燕。触れなければ壊さないって、教えてくれた』


 ヒルの目から、涙が一筋、流れた。


『エナに会いたい。エナに、ごめん、て言いたい。触らなければ、愛してくれる? 壊さなければ、逃げないの? 蒼愛は、ヒルが嫌い? ヒルは、要らない?』


 蒼愛は紅優の腕から下りて、ヒルに向かった。

 紅優の手を握って、共に歩み寄る。


「要らなくないよ。ヒルはエナを抱き締めたかったんだね。見付けてくれて、ありがとうって、伝えたかったんだね」


 蒼愛はそっとヒルの手に触れた。

 触れても、何も起きなかった。

 さっきも、八俣が触れてもピピが肩に乗っても何ともなかった。

 他者が触れる分には、問題なさそうだ。


「この国で、ヒルとエナが一緒に生きられる方法を、探したいんだ。だからヒルも、僕と一緒にこの国を守ってくれる? エナを一緒に探してくれる?」


 握ったヒルの手が小さく震えた。


『守るの? ヒルは壊すしか出来ないのに?』

「守れるよ。一緒なら出来るよ。八俣さんやピピがしてくれたみたいに、僕らもヒルと一緒に生きられる」


 蒼愛は懐に仕舞っていた巾着を取り出した。

 中にある色彩の宝石を取り出す。


「これ、ヒルにあげるね。僕が作った色彩の宝石は、僕とエナの魂が混ざっているから、きっとお守りになるよ」


 ヒルの手に色彩の宝石を握らせる。

 宝石が強い光を発して、ヒルの皮膚の中に沈んでいった。

 ヒルの全身が強く光って、胸の辺りに光が集約した。

 色彩の宝石が、ヒルの胸に浮かび上がった。


「エナを感じる。ありがとう、蒼愛。大事に、するね」


 ヒルが自分の口から言葉を発した。

 その顔は笑んでいる。


「ヒル、声が出た。それに、笑った!」


 ピピが嬉しそうにヒルの周囲を飛び回った。


「初めて見たぜ、ヒルが笑った顔! 良かったな、ヒル」


 ヒルが指を翳す。その上にピピが乗った。


「ヒル、食べるか?」


 八俣が先ほどのガトーショコラを出した。

 ヒルの手がフォークを握る。

 自分でケーキにフォークをさして一口大に切り分けると、口に入れた。


「どう美味いか、詳しく感想を言ってみろ」

「ヤダ。美味しいしか、わからない」


 さっきと同じ会話の応酬は、全く違って聞こえた。


「前ならフォークが吹き飛んでケーキも皿も弾けていた。色彩の宝石は、偉大だな。ありがとう」


 そう言って笑んだ八俣の顔が、安堵して見えた。


「僕より八俣さんの方がずっと偉大だと思います。ヒルを保護して守ってくれた。僕らをここに、連れてきてくれた。感謝するのは僕らの方です」


 肉塊だったヒルを拾ったのが八俣でなかったら、確実に今はない。


「土ノ神が降任した時、瑞穂ノ神に謁見を希望した理由は、ヒルだった。断られたので、やはり神には頼れないと思った」


 あの時、瑞穂ノ神への謁見を断ったのは淤加美だ。あの時点では大蛇が瑞穂ノ神の命を狙っていると誰もが思っていた。蒼愛や紅優も同じだった。

 この視察に来なければ、きっと考えは変わらなかっただろう。

 八俣が立ち上がり、紅優に向き合った。


「貴方が総てを変えた。他の神々への大蛇の認識は、すぐには変わらないだろう。だが、瑞穂ノ神と色彩の宝石は、大蛇の実態を自らの目で確かめに来た」


 八俣が紅優に向かい、傅いた。


「大蛇の一族は瑞穂ノ神に恭順する。この国に紅優様が神としてあり続ける限り、我等大蛇はその御身を守り意に従うと誓う。紅優様こそが、我等の唯一の神だ」


 あまりにも潔く大それた言い回しだが、紅優は冷静に八俣を見下ろしていた。

 椅子の上でもぞもぞと動いていたヒルが立ち上がり、傅く八俣の背中に躓いて覆いかぶさった。


「ヒル! 大丈夫?」


 蒼愛は慌ててヒルに駆け寄った。

 ヒルも心配だが、傅いたままヒルに乗られている八俣も心配だった。


「ヒルも、羽々と一緒。一緒に、蒼愛とエナを探す。この国を守る。蒼愛が生きていいと言ったから。要らなくないって、言ったから」


 蒼愛はヒルの手を握った。


「もう僕に、壊せって言わない? 僕を勝手に連れていこうとしない?」


 時の回廊から聞こえた声も、魂から呼びかけた声も、ヒルは蒼愛にこの国を壊せと言った。

 魂に呼びかけた時は闇に引きずり込まれそうになった。

 

「壊さなくても、蒼愛は来てくれた。エナを一緒に見付けるから、もう壊さなくていい。ヒルは、蒼愛が、欲しい。けど、連れていったりは、しない。できない。だから見付けてってお願いした」


 ヒルが紅優を見上げた。


「蒼愛に声を掛けた時、闇に引き摺りこもうとしたのは、ヒルじゃないのか?」

「違う。ヒルは声を掛けただけ」


 ヒルの返答に紅優の顔が険しくなった。


「恐らく闇人だろう。今のヒルに、そこまでの力はない。色彩の宝石を飲み込んで、どうかは知れないが。語り掛けたり、触れたものを壊す程度の力しかない。動くのさえ、ままならなかった」


 ヒルが覆いかぶさったままの状態で八俣が答えた。

 だからヒルは自分で壊すのではなく、蒼愛に壊せと訴えたのだろう。

 闇人はヒルが蒼愛に声を掛けた機に便乗したに過ぎない。


「やはり、放置はできないな」


 紅優が険しい顔で小さく零した。

 八俣の肩に手を置き、ヒルの手を取って紅優が向き合った。


「八俣殿の誠意を有難く受けとる。大蛇もヒルも、この国で不便なく暮らせるよう配慮しよう。だから俺たちに協力して欲しい。闇人は、確実に排除する」


 そう話した紅優の顔は、見たこともないくらいに冷たく映った。

 別人のような冷ややかな目に、蒼愛は不安になった。

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