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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第113話 千年の呪いが解ける時

「大蛇は人間みたいな呪詛を使わないのに、伽耶乃様を人間みたいな呪詛で野椎にしたんだね」


 蒼愛は、ぽつりと零した。

 スゼリの話を頭の中で整理しながら、引っ掛かった部分が零れてしまった。

 

「それしか方法がなかったんだと思う。大蛇は僕の父様に討たれてから神も人間も嫌いだから、人間の真似事を嫌う。だけど、新しい国で自分が神になるためには手段を択んでいられなかったんだと思う」


 スゼリの言葉を聞いて、ふと疑問に思った。


(神様が嫌いなのに、自分が神様になろうと思うのかな)


 嫌いだからこそ、新しい場所で新しい神を目指すのかもしれないが。

 忌むべき存在になろうと思うものだろうか。

 蒼愛の中に、小さな疑問が湧いた。


(人が嫌いで呪詛が嫌いなら、やっぱり伽耶乃様を野椎にしたのは、八俣ではないのかもしれない)


 呪詛を掛けたのが闇人で、特に名無だったとしたら、陽菜たちと同じやり方で伽耶乃の呪いは解けるかもしれない。


 蒼愛は紅優を振り返った。

 目が合った紅優が蒼愛に笑いかけた。


「やってみる?」

「うん!」


 紅優が自分と同じように考えているのは、目を見て気が付いた。

 短い言葉の打ち合わせだけで、蒼愛はスゼリに向き合った。


「あのね、もしかしたらなんだけど、僕と紅優で伽耶乃様を元に戻せるかもしれないんだ。やってみてもいい?」


 日美子に撫でられているスゼリの表情が固まった。


「……本当に? 本当に、戻せるの?」

「やってみないとわからないけど、伽耶乃様に掛かっているのが闇の呪詛の可能性があるから、それなら俺達でも浄化できるかもしれないんだ」


 スゼリが不安げに紅優を見上げた。


「闇の呪詛……。闇人が使う、呪詛? 前は血の縛りだって」


 疑心暗鬼な表情でスゼリが呟く。


「確かに血の縛りだと感じだけど、明確に呪詛を絞るのは難しいからね」


 月詠見の意見に利荔が同意した。


「血の縛りも闇の呪詛も強い呪術には違いないよ。生者が命を削って呪術を使うか、死者が邪魅や怨念を使うかの違いだからね」

「でもどうして、伽耶乃に掛かっているのが闇の呪詛だと思うんだい?」


 日美子の疑問に、蒼愛は紅優を見上げた。


「名無が、これだけ八俣の振りをして自分の正体を隠したがるのなら、伽耶乃様やスゼリを同じように騙している可能性はあると思いました」


 紅優の言葉を、スゼリは静かに否定した。

 

「それは、ないよ。伽耶乃が呪詛を受けたのは現世に居た頃、この幽世に入る直前だ。その頃から名無が存在していたか、わからない。そもそも伽耶乃を襲う理由だって……」


 大気津や伽耶乃が大蛇と因縁を持つ自分のせいで酷い目に遭ったと、少なからず考えているスゼリにとって、犯人は大蛇以外にないのだろう。


「もし仮に名無が神代から存在する闇人で、この幽世を壊すのが目的なら、伽耶乃様を最初から襲うのも頷けるよ」


 紅優が諭すようにスゼリに話した。

 災厄の神を囲い、その魂の欠片を持つ色彩の宝石を狙う名無の目的はまだ知れない。

 だが、破壊が目的だと考えれば、一連の行動は納得できる。


「蛇々が契約していた闇人が名無だったとしたら、八俣から降りてきたとスゼリが思い込んでいた命令は全部、名無の指示だった可能性が高くなる。スゼリも蒼愛と同じように、名無のターゲットだったのかもしれない」


 スゼリが蒼褪めた顔をした。

 蒼愛も驚いて紅優を振り返ってしまった。

 他の神々や霧疾や利荔は、既に気付いていた顔をしていた。


「だから蛇々を使って神々とすれ違いを起こさせて孤立させられてたのかもしれないね」

「根の国出身の神様なんて、闇人にとっては一番、怖いもんね」


 利荔と霧疾の言葉に、スゼリの怯えが増した。


「今更、怯えるなよ。お前はもう神様じゃないんだ。それに、怖い思いは散々してきただろ」

「そうだけど」


 さらりと言い切った志那津をスゼリが見上げる。


「伽耶乃が戻ったら、怖くないだろ。ダメ元で蒼愛と紅優に浄化してもらえばいい」


 志那津の視線を受けて、スゼリが腕の中の野椎を見詰めた。


「お前が襲われても守ってやるのは面倒だから、伽耶乃が戻ってくれた方がいい」

「友達のスゼリに何かあったら志那津が守るけど、伽耶乃が元に戻った方がスゼリは安心だろうから、蒼愛と紅優に託せってさ」


 志那津の言葉を日美子が丁寧に意訳していた。


「そうじゃない、そういう意味じゃない。勝手に解釈するな」


 志那津が不機嫌な声と目線を日美子に向ける。

 日美子が楽しそうに笑った。


「志那津は色んな神と沢山、話をするようになったね。これも蒼愛のお陰かな」


 淤加美が嬉しそうに志那津の頭を撫でる。

 志那津がばつの悪そうな表情で照れていた。


「別に、そういう訳じゃ……」

「昔は淤加美しか好きじゃなかったけど、今は蒼愛が大好きだよねぇ、志那津は」


 カラカラと笑いながら月詠見が嬉しそうに志那津を眺める。


「うるさい、月詠見はいつも余計な話しかしない。その口、縫い付けてやりたい」


 皆が志那津を揶揄う輪の中で、野椎をじっと見詰めていたスゼリが立ち上がった。


「誰が伽耶乃をこんな姿にしたのか、何が目的なのか、僕も一緒に探す。蛇々のことも、大蛇も闇人も、ちゃんと知りたいから。僕も蒼愛たちと一緒に戦いたいから。だから、伽耶乃を元に戻して」


 決意した顔をして、野椎を差し出した。


「蒼愛と紅優様なら、失敗しても死んじゃったりしないでしょ。だから、お願いします」


 スゼリがぺこりと頭を下げる。

 震える手から、蒼愛は野椎を受け取った。


「絶対に戻せるって、今はまだ言えないけど、死なせたりしない。スゼリから伽耶乃様を奪ったりしないから、安心して」


 野椎を抱えて、スゼリの震える手に口付ける。

 神力を流し込んだら、スゼリの震えが止まった。


「うん、ありがと」


 ほんのり頬を赤くして、スゼリが俯いた。

 野椎を抱き上げて、顔っぽい所を見詰める。


「伽耶乃様も、いい?」


 顔らしき場所が、くいくいと動いて、頷く仕草に見えた。

 蒼愛の鼻にしきりに頭を押し付ける。


「ん、一緒にがんばろうね」


 野椎の頭にキスをして、紅優との間に降ろす。

 蒼愛は座ったまま、両掌を上に向けて、日と暗の神力を展開した。

 自分の顔より大きな球状に膨れ上がった闇色の玉と白い光の玉を作る。

 黒と白の玉を少しずつ近づけて、合わせていく。

 合わさると、星が瞬く夜空を球にしたような神力になった。


「いいね。よく練られた神力だ」

「私ら二人分を蒼愛は一人で作れちまうんだねぇ」


 月詠見と日美子が感心しながら見守る。


 球の神力を野椎に被せる。

 蒼愛の神力が野椎を包み込んだ。夜空のような球に込められた神力が野椎の体の中に沁み込んでいく。

 黒かった球が白くなっていった。


「野椎の中の呪詛が浄化されていくね」


 淤加美が冷静に見つめる。


 白い球が透明になって、野椎の体から黒い煙が立ち上った。

 蒼愛と反対側に立った紅優が胸の高さに手を掲げた。

 手を握り、揉むような動作を数回繰り返す。

 陽の光のようにキラキラ輝く神力が、野椎に流れ落ちた。


「綺麗……」


 その様を、スゼリが呆然と眺めていた。


 蒼愛が作った神力の球の中に、紅優の神力が満たされる。

 金色に輝いた神力が野椎の体にまで沁み込んだ。

 野椎の体の真ん中に、真っ黒な硬い呪詛が浮かび上がった。


「あれが、闇の呪詛か……?」


 志那津が凝視しながら呟く。


 蒼愛は紅優を見上げた。


「炎でいいかな」

「そうだね」


 短い会話の応酬で確認すると、蒼愛は指の先に火を灯した。

 指先に灯った小さな炎が真っ赤に揺れる。

 赤い火を黒い呪詛に慎重に近づける。

 炎の先が黒い呪詛に触れると、盛大に燃え始めた。真っ赤だった炎が徐々に黒くなって大きくなる。

 宮の天井にまで届く勢いで燃え上がった炎が、黒い呪詛を焼き尽くして消えた。


「蛇々の時と同じ、黒い炎だ」


 スゼリが、ぽつりと零した。


 黒い呪詛が跡形もなく消えた。

 蒼愛は紅優と同じように野椎に手を翳した。 

 掌から流れ落ちる金色の神力が、野椎の体に沁み込む。

 やがて紅優と蒼愛の神力が混ざって、野椎を包み込んだ。

 包んだ神力が球となり、大きく膨らんでいく。

 紅優と蒼愛は、球から離れた。


「きっともう、大丈夫」


 蒼愛はスゼリに向かって微笑んだ。

 紅優が膨らんだ球に指で触れると、球が弾けた。

 キラキラと金色の雨が降り注いで、中から女性が現れた。


「……伽耶乃、伽耶乃!」


 まだ呆然とする伽耶乃にスゼリが抱き付いた。


「……スゼリちゃん。ずっと一人にして、ごめんね。寂しかったわね」


 伽耶乃が、スゼリを抱きしめる。

 その様を呆然と眺めていた神々が、我に返った。


「着物、着物を準備してくれ!」


 志那津が顔を赤くして叫んでいる。

 紅優が自分の羽織を伽耶乃に掛けていた。


「紅優様、蒼愛様、ありがとう。やっとこの手でスゼリちゃんを抱き締められるわ」


 当の本人は裸の状態より、スゼリを気にしていた。


「本当に、解けた。伽耶乃が、戻ってきた。ごめん、僕のせいで、ごめん。野椎にして、ごめんね、伽耶乃」


 子供のように泣きじゃくって、スゼリが伽耶乃に縋り付いていた。

 そんなスゼリの頭を撫でる伽耶乃の眼差しは優しくて、蒼愛はほっと胸を撫で下ろした。


「スゼリちゃんのせいじゃないでしょ。ずっと私を守ってくれたのは、スゼリちゃんでしょ。ありがとう、千年前からずっと変わらず、ううん、もっともっと大好きよ」


 伽耶乃が、スゼリの髪に口付ける。

 やっとスゼリに平穏が戻ったのだと思った。




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