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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第112話 思わぬ助っ人

 抱き付いた紅優の肩越しに、井光の姿が見えた。


「井光さん、いつの間に……」


 確か井光は、蒼愛と紅優のお忍びを誤魔化すために瑞穂ノ宮に残ってくれていたはずだ。

 

「井光さんが、僕を水ノ宮まで連れてきてくれたんだよ」


 蒼愛から離れた野椎を抱きながら、スゼリが話してくれた。

 井光が紅優と蒼愛の前に傅いた。


「瑞穂ノ宮にスゼリが来まして、野椎を蒼愛様の元に連れていかねばならないというので共に参りました。勝手な判断を申し訳ありません」


 井光が紅優と蒼愛だけでなく、日美子にも頭を下げた。


「いいや、正しい判断だったよ。そうだろ、蒼愛」


 日美子に振られて、思い返した。


「そう、かも。野椎の中の色彩の宝石の熱で、僕は目を覚ましたし、ヒルは引いてくれたから」


 ヒルは、本当はもっと蒼愛と話をしたかったのかもしれない。


「あれ以上、話してたら連れていかれちゃったかもねぇ。ホント、いいタイミングだったよ」


 霧疾が脱力している。

 隣の利荔も同じ感じだ。


「いつもごめんなさい、霧疾さん、利荔さん……」


 記憶がなかった時も同じ状況で同じ二人に迷惑をかけた気がする。


「スゼリはどうして野椎を連れていこうと思ったんだい?」


 淤加美に問われて、スゼリが野椎を見詰めた。


「何となくだけど、色彩の宝石が熱を発してて、伽耶乃がいつもより慌ててたから。もしかして蒼愛に何かあったのかもって思って」


 淤加美がスゼリの頭を撫でた。


「その判断は正しかったね。我等の理を失わずに済んだ。助かったよ、スゼリ」

「別に、僕は……」


 素直に照れているスゼリは可愛いと思った。


「ねぇ、スゼリはさ、大蛇の八俣に会ってるよね? どんな容姿なの?」


 蒼愛は何気なく問いかけた。


「容姿? 頭が八つある、山と同じくらい大きな大蛇だよ。父様が退治して以降は、ちょっと小さくなったらしいけど」


 スゼリが当然と言い放った。

 理研で読んだ神話に出てくる大蛇も、そんな感じだった。


「あ、そっか、そうだよね。えっと。八俣って人型になれるの?」

 

 瑞穂国で暮らしているなら、人型にもなれるだろう。この国で暮らすには人型の方が便利だと、前に利荔が話していた。それに、異種間で番になるための共通の形が人型だとも教えてくれた。

 妖力さえ持っていれば人型には変化可能だと話していた気がする。


「人型の方? 黒髪の大男だったと思うよ。濁った赤い目をした不気味な男だ」


 スゼリの返事に、蒼愛は紅優と顔を見合わせた。


「僕が八俣に会ったのは現世に居た頃だから、今がどうかは知らないけど」


 蒼愛と紅優だけでなく、全員がスゼリに目を向けた。


「現世に居た頃って、瑞穂国に来る前って意味か? 幽世に来てからは? 土ノ神だった時、一ノ側仕は蛇々だったろ? その頃は大蛇の長に会っていないのか?」


 志那津の早口な問いかけは、全員の代弁だったと思う。

 

「だから、蛇々にしか会っていないよ。八俣からの伝達は全部、蛇々を通してしか聞いてない」


 スゼリの答えに、志那津が愕然としていた。


「祭祀の時の、紅優と蒼愛を殺せって指示も、蛇々から聞いたのかい?」


 月詠見が真面目な顔で問う。

 スゼリが頷いた。


「これが最後、失敗したら本当に命を取るって。僕がもう嫌になってて、蛇々が伝えてくる命令を誤魔化してたのも気付かれていたから、圧をかけてきたんだと思った」


 スゼリが怯えた顔をしている。

 あの祭祀の時の行動は、スゼリにとっても賭けだったのだろう。


「つまり、大蛇の長は幽世に来てから、神々と直に接触していないんですね」


 紅優が考えながら呟いた。

 神々が顔を見合わせながら頷いている。


「でも、あの闇人が大蛇の長ではないよね。野々さんは名前を知らないから名無って呼んでるって言っていたくらいだし」


 蒼愛の言葉に紅優が頷く。


「闇人? 名無?」


 スゼリが繰り返した。


「何か、知っているのか?」


 志那津に問われて、スゼリが首を傾げた。


「知っているって程じゃないけど。蛇々がよく闇の呪詛の匂いをさせていたのが、あの頃から不気味だったんだ。大蛇は死の瘴気を使うけど、人間みたいな呪詛はあんまり使わないから。この国で呪詛を使う種族は少ないし、一番使いそうな闇人は、現世じゃ怨霊が存在として近いけど、僕にとっては身近な存在だからね」


 そう言われて、思い当たった。

 スゼリは現世では根の国、亡者の国の神様だ。霊や怨霊とは近しい神様だ。


「瑞穂国の闇人って、現世から流れてくるのを合わせても、数が少ない。群れずに単体で暮らしてる奴が多いから目立たないけど、結構悪さしている奴が多いんだ。そもそもが悪意の塊だし、狡猾で陰湿で、尻尾も掴みづらいんだよ」


 怨霊というからには、何かしら未練や怨念を持ってあの世に逝けない魂なのだろうから、悪意の塊というのは納得できた。


「知らないという割に、闇人に詳しいな。やはり、根の国関連か?」


 志那津の問いにスゼリが頷いた。

 何となく、志那津とスゼリが前より仲良くなっているような気がする。


「それもあるし、前に土の庭の妖怪に相談されて仲裁してるんだ。闇人は他の妖怪に雇われて代行で相手の妖怪を呪う仕事をしてる奴もいる。バレるのが怖くて自分たちが住んでる暗がりの平野では絶対に仕事をしない。他の場所でこっそり仕事をしてるんだよ」


 神々が、呆気にとられた顔をしている。


「そんな話は、聞いたことがなかったね」


 淤加美が驚いた顔をして呟いた。


「普通は気が付かないよ。アイツ等、気が付かれないように呪詛を使うんだ。被害に遭った相手でも呪詛だなんて思わないかもしれない。僕が気が付いたのは、ただの偶然だし、慣れた気配だったからわかっただけだよ」


 何となく、人間みたいだなと思った。

 怨霊なら元は人間なのだろうし、当然なのかもしれないが。


「じゃぁ、蛇々は闇人と関係があったの?」


 瑞穂の国に他に呪詛を使う種族がいないのなら、闇人と関わっていた可能性は高くなる。

 蒼愛の問いに、スゼリが首を傾げた。


「あの頃は、関わりたくなくてスルーしちゃったから、よく知らないけど。今考えると、引っ掛かることは幾つかあるかな」


 スゼリが思い出そうと考える顔をする。

 腕の中の野椎がくいくいと、スゼリの顔を突いた。


「あ、そうそう。顔に呪詛の印みたいなのが憑いてたから、気まぐれで祓ってやった時があったんだ。そしたら逆に文句言われてさ。二度と親切にするのやめようって思ったんだよね」


 スゼリの顔がイラついている。

 あの蛇々だ。どんな言い方をしたかは想像がつく。


「呪詛の印……。誰かに呪われていたの?」


 紅優の問いに、スゼリが首を横に振った。


「祓う時に触れて気が付いたけど、多分、自分の妖力アップ、あと、約束の印じゃないかな。誰とどんな約束したのかまでは、わからないけど」


 紅優の顔がどんどん蒼くなっている。


「蛇々は呪術で誰かと契約していた可能性があるんだね」


 紅優の問いかけにスゼリが素直に頷いた。


「そうだと思う。それ以降は見える場所に印はなかったよ。けど呪術の匂いをさせていたから、また契約したのかもね。今となっては、調べようもないけど」


 皆が紅優と同じ顔になっている。

 よくわからなくて、蒼愛は皆を見回した。


「名無って名前に、心当たりはあるかい?」


 スゼリが問い掛けた月詠見を振り返った。


「土の庭の揉め事の時に調べて知ったけど、名無は闇人や闇人に仕事を頼む妖怪の間じゃ有名みたいだよ。強い力を持つ闇人を囲っているって。死の神って呼んでたけど、見付けられなかったんだ。それについては、すぐに淤加美様に報告したはずだけど」


 スゼリが淤加美を見上げる。

 淤加美が首を傾げた。


「寄合の時かい? 直接話を聞いたのなら、覚えているはずなんだけどね」

「土の庭から手紙を飛ばしたんだよ。返事もないし会っても話すら出なかったから、どうでもいいのかなと思って、それ以降は僕も話さなかった」


 スゼリの顔が、ちょっと不機嫌だ。

 きっと返事がなくて苛々して、直接会っても話さなかったんだろう。

 御披露目の頃の須勢理を思い返せば、臍を曲げる様は想像がついた。


「手紙、食べられちゃったのかもねぇ、蛇に」


 霧疾が、がっかりした様子で呟いた。

 利荔が同意の顔で頷いた。


「もしかしたら、蛇々が起こしたすれ違いが、スゼリと神々の間には結構、あったのかもしれないね。その一件だけじゃなくてね」


 スゼリが愕然とした表情で利荔を眺める。

 淤加美が険しい顔をしていた。


「あんな蛇を飼っていたお前が悪い。自業自得だ」


 言い切った志那津をスゼリが力なく睨みつける。

 その通りすぎて何も言えないんだろう。蛇々や大蛇の一族との関係は、スゼリが神から降格した原因と言って過言でない。それはスゼリが一番よく理解しているはずだ。


「だが、あんな蛇を飼っていてくれたお陰で知れた事実には今、大いに価値がある。来てくれて、良かったよ」


 志那津が、そっとスゼリから目を逸らした。

 照れた仕草に、スゼリが拍子抜けした顔をしている。


「志那津の言う通りだ。スゼリがくれる情報が、今は私たちを助けてくれる。感謝するよ。スゼリが土ノ神だった当時、私はもっとお前の力になるべきだった。不甲斐ない神で、すまなかったね」


 淤加美が屈んでスゼリに目線を合わせる。


(淤加美様は神々筆頭だから厳しい話もするけど、ずっとスゼリを気遣ってくれてる)


 祭祀の時も、叱るより先に謝っていた。

 蒼愛と紅優が神々の宮へ挨拶回りに行く時も、須勢理とも話をしてみてほしいと話していた。

 スゼリが首を横に振った。


「今だから、話せる。もう土ノ神じゃなくて、味方になってくれた蒼愛がいるから僕は、怖くなく、話が出来るんだよ」


 スゼリがちらりと後ろの蒼愛を窺う。

 蒼愛は笑顔で頷いた。


「うん、僕はスゼリの味方だよ。だって友達だから。志那津も、そうだよね?」


 蒼愛に話を振られて、志那津が大袈裟なほど慌てた。


「味方になれるかは、状況によるだろ。スゼリ自身の悪行もあるんだ。……けど、蒼愛の友達だからな。まだ終わってないパズルを完成させに風ノ宮に来るくらいは、許すよ」


 耳まで真っ赤な志那津をスゼリが潤んだ目で眺めていた。


「友達増えて良かったねぇ、志那津様」


 利荔と霧疾が同じような顔で笑っている。


「まだ友達じゃない。俺の友達は蒼愛だけだ」


 そう言い張る志那津の耳は、やっぱり赤かった。


「ともあれ今のスゼリの話で、闇人と蛇々の関係は、ほぼ確定だ。名無の元にいる死の神がエナで間違いなさそうだね。闇人や怨霊や呪詛には、スゼリはきっと俺たちの中で一番に詳しいだろ。かなり有益な情報だったし、力強い味方だよ」


 月詠見がスゼリに笑いかける。

 日美子がスゼリの頭を撫でた。


「スゼリは私の側仕で蒼愛の友達、私らの仲間だよ。何もしてやれなかった今までの分を、私らに返させておくれ」


 日美子に優しく抱き締められて、スゼリがどうすればいいか分からない顔で泣きそうに照れていた。

 皆に労われているスゼリの姿は、やっぱり可愛かった。

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