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からくり紅万華鏡ー餌として売られた先で溺愛された結果、幽世の神様になりましたー  作者: 霞花怜(Ray)
第五章 災厄の神

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第105話 共同戦線

 蒼愛は野々に駆け寄った。


「今のうちに野々さんも治療しますね」


 野々の体も全身傷だらけで、妖力が削られているのが感じ取れた。

 癒しの水を大きく展開して、野々の全身を包み込む。

 水の感覚を確かめながら、野々が蒼愛をじっと見つめた。


「お前、名前は?」


 名を聞かれて、言葉に詰まる。

 そんな蒼愛を眺めていた野々が目を逸らした。


「名乗らないのが賢明だ。俺たち大蛇は名前からでも足跡を辿れる。長生きしたければ、闇に住まう妖怪を信用しないことだ。……治療は助かった」


 野々が蒼愛に背を向ける。

 言葉は冷たいが、悪い妖怪にも感じなかった。


(同じ大蛇でも、蛇々とはちょっと違う気がする)


 死の瘴気を纏い、殺しを好む大蛇には違いないのだろう。

 だが、少し違う気がした。


「また、動き出したね」


 紅優が森の奥の気配を探りながら、結界を張り直した。

 野々と寧々を内側に入れて、奥にいる霧疾と真白を別の結界でくるんでいる。

 白狼の気配を悟られないための配慮だろう。

 真白の寧々に対する殺気は霧疾がずっと抑えてくれていた。


「随分と強固な結界だ。妖狐って、こんなに結界術が得意だったか?」


 寧々に疑惑の目を向けられて、紅優がドキリと肩を上げた。


「個体ごとに得意技って違うんだよ。彼は、ホラ、黒い妖狐だからね」


 利荔にしては稚拙な言い訳をしている。

 寧々と野々の訝しい目は、紅優から森の奥に映った。

 遠くで静かにしていた気配が動き出した。

 真っ黒い塊が、こちらに向かって突進してくる。


「ねぇねぇ、やってみたい術があるんだけど、いい?」


 蒼愛は紅優の袖を引いた。

 顔を近づけて耳打ちする。


「うん、いいよ。危険だと思ったら手伝うからね」


 紅優から許可が出て、蒼愛は笑顔で頷いた。

 真白の元に行き、同じように耳打ちする。


「いいぜ。この中にいると後ろから襲いたくて我慢できなくなりそうだから、一緒に居た方がいい」


 真白が寧々を睨みつける。

 大蛇は白狼の里を襲っただけでなく、長を殺した相手だ。

 大蛇と同じ空間でじっとしているのは、辛いだろう。


「じゃぁ、僕を乗せて飛び上がって」


 真白に跨り、結界から出て黒い物体の真上に飛ぶ。

 ゆっくり動く黒い物体は、最早人の形をしていない。

 だが、内側に人がいるのは気配でわかった。


(たくさんの怨霊とか悪霊とか霊が付き過ぎて、溢れちゃってるんだ。人の気を吸って、膨れ上がってるんだ)


 黒い塊からは、随所から黒い気が煙のように浮かんでは飛んでいく。

 悪意の欠片が人を探して飛んでいるようだった。

 それらは人間の生気を吸い上げて増殖しているように見える。


(人の悪意の塊、そういうの、なんて言うんだっけ。:邪魅(じゃみ)だっけ。理研の本で読んだ)


 悪い気の集合体のようなモノ、と覚えていた。

 人間の負の感情を喰って大きくなる悪意の権化だ。この国では人だけでなく、心を持つ生き物なら妖怪も神様も邪魅に負の感情を喰われるんだろう。

 本当に視る機会があるとは思わなかったが、実際に視ると気持ち悪い。


(邪魅は大きくなると命も喰うんだ。このままじゃ、邪魅に生気を吸われて中の人間も死んじゃう。急がなきゃ)


 蒼愛は黒い塊の真上で、両手に浄化術を展開した。

 金色の球を徐々に大きくして風船のように浮かび上がらせる。


「おいおい、あんなのが弾けたら」


 寧々が慌てた声を出した。


「結界から出ないでください。あの浄化術の規模だと、妖怪は存在ごと浄化されてしまいますから」


 紅優が片手を上げて結界の強度を増す。

 寧々と野々が、そっと結界の中に下がった。


「いくよ!」


 真上に大きく展開した浄化の風船を弾けさせる。

 金色の雨が降り注いで、黒い物体を溶かし始めた。

 光の雨で洗い流されて、黒く濁った気が消えていく。

 中から、人間の男の子が出てきた。


「真白、下に降りて!」


 真白が地上に降り立って、男の子に鼻を近づけた。

 蒼愛は両手を上げて、金色の浄化の雨を収めた。


「……は? まさか、終わったのか?」


 寧々が、その光景をぽかんと口を開けて眺める。

 あまりのあっけなさに実感がなかったようだ。


「そのようだな。もう出ても平気か?」


 野々が紅優に問う。

 外の様子を窺いながら、紅優が結界を解いた。


「浄化の雨が消えてからも、空気に馴染んだ浄化術で辛い場合もあるので、気を付けて。自分で収めていたから平気だとは思いますが」


 真白を後ろに庇って、蒼愛は男の子の状態を確認した。

 気を失っているだけで生きている。歳の頃、十二、三歳くらいだろうか。

 

(霊元は、ない。何かを仕込まれている感じもしないし、妖力も瘴気も感じない。本当に只、邪魅に憑かれて動かされていただけなんだ)


 寧々と野々が蒼愛たちに歩み寄った。


「今回は助かったが、敵には回したくない相手だね。しかし、この気はどこかで感じた覚えがあるが。お前、私に会っているか?」


 寧々にニタリと問われて、蒼愛は必死に首を横に振った。

 寧々が男の子を担ぎ上げた。


「あ……」


 不安そうな声を出す蒼愛を、野々が振り返った。


「どこの餌か奴隷かもわからん。だから今は、黒曜が一括管理して種族の元に届けている。喰ったりしないから、安心しろ」


 野々が蒼愛をじっと見詰めた。

 あまりに見詰められるので、目を逸らすわけにもいかずに、困る。


「そのうちにまた、会えるだろ。楽しみにしている」


 そう言い残して、野々は寧々と男の子を連れて去って行った。


「お疲れ様、蒼愛。浄化術、上手だったよ」


 紅優が歩み寄って蒼愛を労ってくれた。


「あんな派手に神力使って、よくバレなかったよ。かなりヒヤヒヤしたよ、全く」


 利荔が珍しく本当に疲れた顔をしている。


「あれでも、かなり抑えたつもりだったけど、バレちゃったかな」


 しゅんとする蒼愛を眺めて、利荔と霧疾が顔を引き攣らせていた。


「この場は凌げたんだし、バレたとしてもいいんじゃねぇの? とりあえずはさ」


 霧疾が蒼愛の背中をバシバシ叩いて慰めてくれた。

 蒼愛は寧々と野々が去って行った方を眺めた。


「あの子、理研から売られた子かな」

「そうだと思うぜ。蒼愛様や兼太と同じ匂いがした」


 真白が蒼愛と同じ方を眺めながら答えてくれた。


「紅優、僕、他の子も助けたい。あんな風になっちゃってる子が、他にもいるんでしょ? 元に戻したら、この暴動は治まるよね?」

「いいよ、助けに行こうか」


 懸命に訴えた蒼愛に、紅優があっさり頷いてくれた。


「あれは怨霊じゃなくて、邪魅だね。邪魅を移植されて悪意を増幅されている可能性が高い」


 言いながら紅優が利荔に視線を向ける。

 利荔が諦めた顔で頷いた。


「最初は本当にわからなかったんだよ。あんな風に邪魅が膨れ上がった人間が現れ始めたのは、ここ二日くらいでね。恐らく本体がいて、それには本物の怨霊が憑いている可能性が高いよ」


 寧々たちがいた時とは微妙に違う話を利荔が教えてくれた。

 大蛇を警戒して話を合わせたのだろう。


「さっきの要領で蒼愛が浄化すんなら、人間を一か所に集めて妖怪は非難させんのが一番、手っ取り早いよな。陽菜と世流に報せを飛ばしてもらって、縷々と夜刀と相談しようぜ」


 霧疾が紙にサラサラと何かを書いている。


「霧疾、切り替え速すぎるよ。ここで瑞穂ノ神様と色彩の宝石に仕事させる気? 流石に志那津様や淤加美様に言い訳できないよ」


 難しい顔をした利荔を霧疾が笑った。


「いいじゃないの、旦那。蒼愛がやる気出してくれてんだからさ。その気持ちに乗っかろうぜ。それに、蒼愛にだって思うところがあんだろ? このまま天上に引っ込んでろって言われて戻る気にもなんねぇだろうしさ」


 霧疾が書き物をしたまま、蒼愛にちらりと目を向ける。

 蒼愛は深く頷いた。


「理研の子たちが餌や奴隷になるのは嫌だけど、邪魅で変になっちゃうのは、もっと嫌だ。僕に出来ること、あるならしたい」


 元に戻っても、辛いだけかもしれない。

 だが、今のまま暴動が続けば、生きたまま捕縛してもらえるかも怪しくなる。その方が嫌だと思った。


「だったら俺たちが蒼愛と紅優を輝かせてやる。ホラ、どうよ」


 ずっと何かを書いていた紙を霧疾が利荔に手渡した。

 読んだ利荔が深く息を吐いた。


「本当に霧疾は、こういうの好きだよね」


 利荔の手元を紅優が覗き見る。

 背が高い利荔の手元は蒼愛には見えない。ぴょんぴょん飛び上がっていたら、真白がいつの間にか人型になって蒼愛を抱き上げて見せてくれた。

 

「白狼の里の時みたいな感じですか? 瑞穂ノ神も色彩の宝石も、存在を大々的にアピールしなくてもいいのですが」


 紅優が照れるというより呆れている。

 利荔も同じ顔をしていると思った。


「瑞穂ノ神の番である色彩の宝石が浄化してくれたとなれば、御威光も増すってもんだよ? 大蛇にもアピールになるし、何より今回の主犯にダメージになるっしょ」


 霧疾の目が仄暗く光った。

 寧々や野々の言葉や大蛇の行動を考えれば、今回の主犯は大蛇ではない。

 全くノーマークの他の誰かが、蒼愛たちが予測しなかった目的で動いている可能性が高い。


「どこのどちら様かわからねぇが大蛇にも神様にも喧嘩を売りてぇ輩がいるってこった。炙り出すのにも丁度いいだろ?」

「俺たちは餌ですか……」


 紅優が呆れた目線を霧疾に向ける。


「身も蓋もない言い方しなさんなって。瑞穂ノ神様と色彩の宝石様なんて極上の餌、そうそう振舞えないよ」


 ニシシと霧疾が笑う。


「僕は霧疾さんに乗っかる。餌になる。それで今回の主犯を捕まえられるなら、やる」

「よしよし、蒼愛はいつも良い子だな」


 気合を入れた返事をした蒼愛を霧疾が撫でる。


「俺も言うほど嫌ではないですよ。霧疾さんの作戦は失敗がほとんどないし、今回の主犯は気になるところですから」


 紅優の言葉を受けて、利荔が諦めた決意をした。


「俺も大抵の事柄はいいよって言えるタイプなんだけどねぇ。流石に今回は、淤加美様のお叱り、一緒に受けてもらうよ、霧疾」


 霧疾が書いた紙を紙飛行機のようにたたんで、利荔が空に投げた。


「お小言と嫌味くれぇなら、一緒に聞くって」


 霧疾が嬉しそうに利荔に視線を投げる。


「俺と蒼愛が勝手に地上に降りて動いているだけだから、真白と五人でお説教されましょうね」

「……三人で被ってくれるわけじゃないのね」


 ニコニコの紅優に、霧疾が呆れ顔を向けた。

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