100. 溶けずに愛して
寄合を終えた蒼愛と紅優は、側仕の井光や真と共に瑞穂ノ宮の屋敷に帰ってきた。
大蛇の領土への視察は、警備体制の準備も含めて地上の黒曜との相談必須との意見でまとまり、具体的な日付は後日決める運びになった。
時空の穴に入って以降、約十日ぶりに帰った我が家は、やっぱり懐かしかった。
(何度帰ってきても、安心する。ここが僕の家だ)
ゴロンと横になったら、懐から何か落ちた。
畳に転がる赤い筒を拾い上げた。
「この万華鏡、いつの間に……」
そういえば、幽世に囚われた時も、蒼愛は万華鏡を覗いていた。
棚の上の箱を覗き込む。
いつも大事に万華鏡を仕舞っている箱の蓋が開いて、中身がない。
「やっぱり、この万華鏡なんだ」
あの時、自然に紅優を思い出せたのは、万華鏡のお陰な気がする。
蒼愛は万華鏡に頬擦りした。
「僕を守ってくれて、ありがとう。僕の宝物」
箱の中に万華鏡を戻して蓋を閉じる。
やっと、試練が終わったんだと思えた。
〇●〇●〇
この夜、蒼愛は久しぶりに紅優と同じ閨で繋がった。
いつもなら、ゆっくりと蒼愛の様子を見ながら慣らしてくれる紅優だが、唇も指も、今宵は性急に蒼愛を求めた。
(R描写割愛)
紅優に縋り付き、首元に吸い付く。
神力を吸い上げたら、また頭の中が熱くなって、ぼんやりした。
(僕は、溶けない。ちゃんと僕のままで、紅優を愛し続けるんだ。悲しませたり、しない)
互いに首元に吸い付いて、離れた唇が重なる。
直に神力を吸い合って、体をぴたりと合わせる。
(重なってたい、ずっと。溶けるくらい、繋がってたい)
そう思いながら、紅優に神力を流し込んだ。
紅優が嬉しそうに蒼愛の耳に口付けた。
「愛してる、俺の蒼愛。もう二度と、離さない」
それはまるで誓いの言葉で決意で、懇願だった。
紅優の艶めいた声がいつもより感じていて、何より嬉しそうで、蒼愛も嬉しかった。
〇●〇●〇
目を覚ましたら、紅優の腕の中だった。
後ろから覆いかぶさるように抱きかかえられている。
(前にも、こんなこと、あった。そうだ、来たばかりの頃だ)
無意識で、ぎゅっとして寝てほしいとお願いした蒼愛を、紅優が朝まで抱いて眠ってくれた。
(初めて感じた温もりに、安心したんだ。誰かに抱きしめられて寝るのなんか、初めてだったから)
自分を喰うかもしれない妖狐が、最初は怖かった。
けどそれは初見だけだ。
次の日、色の紙風船を飛ばしている紅を見付けたあの時から、怖い存在ではなくなっていた。
(あの頃、本当はもっと紅優を知りたくて、素直に甘えたかったのかもしれない)
自分の中にどんな感情があるのかすら、あの頃の自分はわかっていなかった。
引き出してくれたのは、紅優だ。
蒼愛は抱きしめてくれる紅優の手に触れた。
もぞりと動いた紅優が、蒼愛の体を抱きしめた。
「おはよう、蒼愛。よく眠れた?」
あの時も、紅だった紅優は同じように蒼だった蒼愛に聞いた。
思い出したら嬉しくて、微笑んでしまった。
「どうしたの?」
興味深そうに紅優が蒼愛を後ろから覗き込んだ。
「紅優の屋敷に来たばかりの時に、こんなこと、あったなって思って。あの時も紅優は、同じように聞いてくれたなって、思い出してたんだ」
紅優が蒼愛に体をぴたりと添わせた。
「蒼愛は、ぎゅってされると嬉しいんだよね。あの頃も今も、変わらないね」
紅優の方を振り向いて、蒼愛は自分から紅優に抱き付いた。
「ぎゅってされるの、今も大好き。ぎゅってするのは、あの頃より今の方が好き」
紅優の体を抱きしめる。
大きな背中に手を回す。小さな蒼愛の腕では、包み込んであげられない。それが酷くもどかしい。
懸命に縋り付く蒼愛を紅優が抱き締めた。
「蒼愛にぎゅってしてもらうの、俺も大好きだよ」
お互いにぎゅっとできる今が、幸せだった。
「やっと帰って来られたね、僕らの家」
「うん、蒼愛と俺の家。二人が暮らす家だ」
紅優が蒼愛の頭を胸に抱く。
蒼愛は紅優を見上げた。
「僕ね、何があっても紅優から離れないって約束する。だから紅優も、僕を手放さないでね。諦めないでね」
なんて贅沢な願いだろうと思った。
ここに来たばかりの頃の自分なら、絶対に言えない願いだ。
「僕は、紅優がいなくなってしまったら、きっと、どう生きたらいいか、わからないから」
幽世と話した時に気が付いた、自分の気持ちだ。
どうしても、伝えておきたかった。
紅優が蒼愛をじっと見詰めた。
その目が笑んで歪む。
「俺も同じだよ。蒼愛がいなければ俺は、寂しくて悲しくて、この国を壊しかねない。間違った選択をしてしまいそうになる」
スケールが大きすぎて、同じ話のような気がしない。
蒼愛の顔を紅優が抱き締めた。
「約束する。絶対に手放さないし、諦めない。だから蒼愛も、居なくならないで。俺の中に溶けたりしないで」
言われて、思い当たった。
昨晩、繋がっていた時、紅優が好きで欲しくて堪らなくて、溶けてしまいたくなった。
(佐久夜様は、もしかしたら、あんな気持ちだったのかもしれない)
好きすぎて一つになりたい。
そんな想いなら、蒼愛にも理解できる。
「溶けないよ。僕は僕のまま、紅優を愛してる。ずっと僕のまま、紅優の隣にいる」
紅優の瞳が蒼愛を捉える。
嬉しそうに笑む瞳に、不安の色はなかった。
唇が落ちてきて、重なる。
互いの熱も神力も、感触も交換しながら、蒼愛は大好きな温もりに身を委ねた。




