封印解除
エミリュラに来たばかりだというのに、言い合いをしたせいでサクラはここを去ってしまった。
でも考え方が違うのだからどうしようもないことだ。
彼女と考え方が異なることはわかっていたので、何となく見えていた未来だ。
それからつつがない日々を過ごしていたのだが、束の間の平和を過ごしてからサラから急報が入るのであった。
「アサヒ様、大変です。悪魔の封印が外側から解除されました」
「外側から……? どゆこと? そんなことできるの?」
「はい。あの封印はわたくしが施したものなのですが、こちらが解除していないにもかかわらず、封印がなくなってしまいました。クレイグラスの状態は、アサヒ様の電信技術から燕より報告を受けており、悪魔が暴れていて警備兵では手が付けられないとのことです」
マジか……。
まだ準備不十分だってのに。
「意図的に破られたの? 内部からの破壊じゃなくて」
「悪魔が自ら破ったのであればわかりますし、外部から第三者があの封印を見つけたとしても、そう易々と突破できるものではございません。恣意的に破壊されたと考えるべきです」
「ふーむ。何が狙いだろ……。悪魔なんて普通復活させたくないよね」
悪魔はミストラルバースオンラインでもラスボスとして出現する非常に強力なボスだ。
武器、防具、支援アイテムを最高クラスのもので固め、熟練度をマックスにまで上げたバランスのよい六人以上のパーティが天使の支援を受けてやっと倒せるかどうかとなる。
悪魔の強さは単純な肉体能力の高さと戦略高い戦闘展開にあった。
防御の弱い後衛を狙うとか、HPの減った者から攻撃するといった、プレイヤーが行ってくるであろう行動はもちろん、こちらを罠にかけたり、奇襲したりもしてくる。
ちなみに、サラの最後のクエストとなる悪魔との戦闘はゲームの隠し要素で、こちらは天使の支援なしに戦闘をしなければならず、勝てるプレイヤーは両手で数えるほどしかいなかった。
「前も思ったけど、天使って助けてくれないんだよね?」
「……はい。及ばずながら、わたくしが補佐いたします」
「これが意図的に行われたことだとするのなら、悪魔のほかにもう一人以上敵がいることになる。この前のように陽動が目的かな?」
「アサヒ様を誘き出すという可能性はあるでしょうが、前回のように留守のエミリュラ本国を攻撃するのは難しいはずです。前回の反省を踏まえてここには多数の備えがあります」
避難計画や防衛計画は十分に立ててある。
ここを攻められたとしても問題はない。
「そうか。なら、前回と同じく俺らで狩りに行くか」
「……倒せるのですか?」
「五分五分だね。まだ準備は整ってないけど、最低限のものはある」
「五分五分でも勝負を挑まれるのですか? 入念な準備をされた方がよくございませんか?」
「うん。普段ならそう思う。でも……、クレイグラスの人たちを放ってはおけない。出たとこ勝負になるけど、やむを得ないね。それに――」
――たぶん、封印を解除したのはサクラだ。
あの場所を知っている者はプレイヤーかサラのみだし、仮に冒険者が偶然見つけてしまったとしても封印解除は難しいはず。
最近俺との関わり合いをもち、効率的に人間を殺すことを考えているサクラであれば、悪魔の封印を解こうとする可能性は十分にあり得る。
「……どうされましたか?」
「いや、何でもない。んじゃ行くか」
「我々だけで行くのですか?」
「うん。それかサラも残る?」
「……いえ、行きます」
*
車での移動を開始し、サラが何かを言い出そうと迷っている。
先ほどから口を開けて声にしようとするも、なかなかそれを発せずにいるのが、運転している横目にもわかる。
なので、当たらずとも遠からずな話題を振ることにした。
「サラは封印なんてできるんだな」
「……ク、クレイグラス学園長に特別与えられる魔法でして」
「ふーん。既存の魔法にはないもんね。今は別の人が学長やってるんだっけ?」
「いえ、学長の席は現在空席となっております」
「そっか。今度封印魔法教えてよ? 俺にもできそう?」
「いえ、学長でない者では、ちょっと……。アサヒ様、一つ、お聞きしてもよいですか?」
「ん? なに?」
「どうして、わたくしには戦うなと言っては下さらないのですか? 他の方々には須らくそう言われているそうじゃないですか。わたくしだけ何か、アサヒ様に悪いことをしているでしょうか?」
「いや、そうじゃないよ。サラには戦うべき理由があるって思っただけ」
「戦うべき理由、でございますか?」
「それは俺の口からは言わないよ。サラが言いたいときに言えばいいから」
そう述べると、俺は彼女の方こそ見ていないが、サラが悲し気な瞳をこちらに向けているのは雰囲気だけで読み取れた。
「……どうして、あなた様はそこまで見通せるのですか?」
「俺も同じだからさ。俺の事もう聞いてるでしょ? サラのことは出会ってすぐにわかったよ」
「……そうだったのですね。言って下さればよかったのに。わたくしは、あなた様のことなぞ露も気付きませんでしたよ」
「そりゃまあ、隠してたからね」
しばらくそこから黙ってしまったが、やがて彼女は昔話でもするかのように話し始める。
「アサヒ様は、周りの方が出来ることが自分だけ出来ない、という経験がございますか?」
「ああ、ある。すごくそれに悩んだし、一番俺が苦しんだことだ」
人間になりたくて、人間のように振る舞いたくて、でもできなくて。
それに何度も苦しんだ。
「そうなのですね。わたくしもです。皆できることがわたくしにはできない。それに何度も涙しました」
「想像できないな。サラって何でもできるイメージだったから」
「一番できて欲しいことができなかったんです。だから私はそこから逃げ出しました」
やっぱり。
俺とサラは似ている。
「もう隠さなくていいよ。お前が人間じゃないってことはだいぶ前から気付いてた。サラは毎回人間のことを『人間』って呼んでいたからな。人間は自分たちのことを人間とは呼ばない。俺らとか私たちって言うもんだ」
サラはゆっくりと息を吐きながら小さな笑みを返してくる。
そして、背中にあるであろう純白のソレを出現させてくるのであった。
「敵いませんね。あなた様には」
「お前もまだ諦めてないんだろ? なら戦おう。俺もまだ諦め切れない」
自分が自分であろうとすることを諦めたくない。
「アサヒ様がなぜ五分の戦いに勝負を挑もうとしているのか、なんとなくわかってきました」
そんな会話をして、俺たちは煙を上げながら人々が逃げ惑うクレイグラスへと入っていくのだった。




