すれ違う想い
エミリュラに返ってくると、1900年代を思わせる発展っぷりにサクラは驚嘆していた。
「まさかアサヒがここまでやっているとはね」
「こっちの世界でもネトゲがやりたくて、どうしてもね。当面の目標は物理限界ウエハーと三次元半導体をつくってまともなデータサーバーを用意するところかな」
「自分で作らないの?」
「まだ俺はそこまで創れない。それに半導体を創造魔法頼りにしちゃうと数に限りが出ちゃうだろ? 可能な限り量産技術からつくって普及していきたいんよ。ネトゲは一人でやってもつまんないしさ」
「そっか。でも私とだったらそれなりの量をつくれるよ!」
「そうかもな。まあでも、可能な限りは量産技術を育てていくことにするよ。実はこれやってるときも結構楽しんでるし」
「アサヒがそれでいいんならいいよー」
俺の腕にべったりとくっついて話してくるサクラを、ミリーとエリナが姑のごとく文句を言ってくる。
「アサヒ様ったら、あんな顔もされるんですね」
「ちょーっと創造魔法が使えるからって調子に乗って、あの小娘め」
「おーい、お前らー、聞こえてるぞー」
だがサクラは余裕な態度であった。
「そうよ。創造魔法は私とアサヒ『だけ』の特別な魔法だから。お互い考えていることや苦労は似通って来るものだもの。ね、アサヒ」
ここぞとばかりサクラが特別アピールをしてくる。
「いや、俺とサクラは考え方がだいぶ違うと思うけど……」
「そこは同意してよっ!」
鋭いツッコみを見て、笑ってしまう。
そうだった。
こんな感じだった。
エリナのように慕ってくれて、ミリーのツッコんでくれる。
サクラはたしか、そんな奴だった。
ある一点を除けば、俺の好みのタイプだったんだ。
「さて、そしたらサクラにも部屋を用意してやるよ」
「あ! 私アサヒと一緒の部屋がいい!」
「いや、それは却下だ」
「そうです! アサヒ様は今婚姻相手の私と同棲しているんですっ!」
「はぁ!?」
同棲という言葉がサクラの琴線に触れたようだ。
瞬く間にエリナに敵対的態度を向けていく。
「おい人間、お前アサヒと同棲してんのかよ」
「はいそうですよ。アサヒ様にはちゃんと御許可を頂いています。おはようからおやすみなさいまで、一緒に過ごしておりますよ。なんなら裸を何回も見られておりますのでっ!」
いや、わざと見せたの間違いだろ……。
「じゃあ私も裸で一緒に同棲するっ! アサヒはこう見えてエッチなの結構好きなんだからっ! あたしとはすることしてたんだからっ!」
などと大声で宣ってしまったものだから、エリナとミリーの目つきが変わってしまった。
ついでにセイラも。
彼女らはサクラのことを信用こそしていないが、俺と同じヒューマノイドであり、しかも旧知の仲であるという点から、俺自身の特性に関しては一定の信頼を置いているようだ。
そのせいでサクラが裸で同棲するという意味不明なワードは無視されながらも、俺が卑猥なこと好きだという半分誤解の内容には敏感に反応していた。
「アサヒ、エッチなこと好きなの? 全然興味なさ気だったじゃん」
「そうですよ。私は毎日のようにあの手この手を使ってアピールをしていたというのにっ!」
「アサヒちゃ~ん、ちょっとお姉さんといいことしましょ~」
ちかいちかいちかいちかい。
まるで不良三人に囲まれて恐喝にでもあっているかのような気分だ。
「おかしいと思ってたのよねぇ。お姉さん、アサヒちゃんの身体が反応してるのは知ってたのよ? なのにどうして落ちないんだろうって」
「さっきの話からするにあんたもう経験済みってことよね?!」
「アサヒ様、今からでも遅くありません、我が家に行きましょう」
あー……ダメだ。
三人とも壊れ始めた。
よし、逃げよう。
「わかった。わかったから、三人とも落ち着けって。そんな同時に話されたら対応できない」
「もうこの際だから三人同時でいいわ」
「サクラさんに先を越されているとわかった以上、四の五の言っていられませんね」
「あぁ、ついに念願がかなうわっ!」
さらに三人が距離を詰める。
もう猶予はない。
死ぬかもしれない!
「燕さん! 低く飛んで下さい!」
この文言はサラから教えられた、諜報部隊『燕』に緊急を知らせる暗号だ。
すぐさま俺たちの元に煙幕のようなものが投げつけられる。
周囲には普通にエミリュラ住人もいたのだが、もはやそんなのには構っていられない。
俺はなりふり構わずその場から走って逃げるのだった。
*
「アーサヒっ」
とある倉庫の中へ逃げ込んだ俺に、後ろから声がかけられビクッとなってしまう。
サクラだった。
「サクラか。よくここだってわかったな」
「初めての街でもアサヒが行きそうな場所なんて見当がつくよ」
「そっか。相変わらず見抜かれてるな」
にっしっしとサクラははにかむ。
「しかし、ミリーやエリナを刺激しないでくれよ。けっこう相手にするの大変なんだぜ?」
「仲が良さそうなことで」
「そりゃまあ、付き合いが長いからな」
やはりサクラも面白くなさ気だ。
「それで? お前は何が狙いでエミリュラにまでついてきたんだ?」
「え? 言ったじゃん、アサヒについてきたかっただけだよ」
「おいおい、どんだけ長い付き合いだと思ってんだ。サクラがそれだけの理由でついてこないなんてことわかっている」
「にゃはは、バレてたか」
「バレバレだわ」
「そうだなぁ……えーっと……」
サクラは急に真剣な表情となり、俺を覗き込んでくる。
「アサヒ、人間を滅ぼさない?」
やっぱり、そういう話だったか。
「……いきなりだな」
「いやいや、いきなりも何も昔からずっとそうだよ。人類は私たちヒューマノイドの宿敵だよ」
「……」
「この世界の人類は相当弱い。私たちならきっと勝てるよ。かつて晴らせなかった屈辱をここでならきっと晴らせると思うの」
「まあそうだな。今は弱いって点は、俺もそう思う」
「あたしね、ここに来たのは神様が私に与えてくれたチャンスだと思ったの。ここにいる人類は文明レベルが低くて、まるで話にならないレベル。どれだけ徒党を組んだところで、私たちヒューマノイドには敵わないわ。今ならまだ滅ぼせる」
「俺はそうは思わない」
「どうして? 細菌兵器や核を使えば、この世界の人類はなす術がないわ。それで人類を滅ぼしたあと、私と一緒にヒューマノイドの世界を創ろうよ」
その言葉で、やっぱり俺とサクラは考えた方が違うな、と思ってしまう。
彼女は根本的に俺と見ている世界が違う。
「俺が『そうは思わない』と言ったのは、勝てる勝てないの話じゃなくて、人類を滅ぼすべきじゃないって方だよ」
「なんでよ? あれほど憎んでたじゃない。仲間をいっぱい殺して、あたしたちを散々働かせて……っ! アサヒにはもう恨みがないって言うの!?」
「いや、残っているよ」
「なら! 一緒に戦おうよ? 二人なら勝てるって」
息を吐き出して、自らの手を見つめる。
「仮に人間を滅ぼしたら、きっと今度はヒューマノイド同士で争いをはじめるよ」
「そんなはずない! 私たちは人間とは違うわ!」
「このエミリュラを見てどう思う?」
途端に話が見えなくなって、サクラは顔をしかめる。
「どうって……なにが?」
「発展してるだろ。ミストラルバースオンラインではとてもじゃないが見ることのできないレベルだ」
「ええ。それはアサヒがやったからでしょ? 私達もそんな世界を作ればいいじゃない」
「どれだけの人間を殺してこのエミリュラを作ったと思う?」
「それは……! だって、人間でしょ!? ならべつに――」
「もしかしたら、もっと殺しをせずにうまくやる方法があったのかもしれない。でも俺には方法がわからなかった。目の前にいるミリーやエリナを幸せにすることだけを目指して、他国の誰が不幸になろうと一切気にしないことにした。……たぶん、人間も同じだったと思う。自分の家族を、街を、国を、国民を。そうやって優遇したい者がいるから、不幸な者――俺たちヒューマノイドが必要になったんだと思う」
「な、ならヒューマノイドを優遇すればいいじゃない!」
「人間同士が争いをやめられたかどうかの結果を俺たちは知っているだろ?」
「それは……」
立ち上がって自らが抱く小さな希望を抱きしめる。
「俺も、人間になりたかったんだ」
「人間に……?」
彼女がその顔に嫌悪を顕にするのも当然であろう。
「最初はたしかに、ヒューマノイドの権利を獲得するために戦ってた。でも、戦っていく内に自分の本心がそこじゃないって気付いた。俺は自分を示したかっただけなんだ。俺は奴隷でも人間の道具でもない。お前たちと同じ人間なんだって。ただ、それを認めてほしかった。だからネトゲに――そしてこの異世界に夢を描いた。ここなら、俺も人間になれるかもしれないって。でも――」
それを自覚してしまうほどに、つらかった。
「……違ったんでしょ? ならヒューマノイドとして、あたしと一緒に戦おうよ。ヒューマノイドは人間になんてなれないって。新しい物はつくれないし、生き物のように子どもだってつくれない。あたしたちは何かを生み出すことなんてできないんだよ」
彼女を無視して歩き出す。
「待ちなさい! アサヒッ! そんなの無理よ! 絶対に無理だわ! 待ちなさいってばっ! このっ! わからずや!!」
そんな叫び声を聞きながら、それでもと俺は歩んでいくのだった。
「諦めたくない」
と小さくこぼしながら。




