エミリュラの日々1
内乱が終わって一か月が過ぎた。
エミリュラは今日も平穏な日々を送っている。
そんなとある日、
「アサヒー、邪魔するわよー」
今日もいつものごとくミリーが窓から許可もなく俺の部屋へと不法侵入してくる。
「あのさ、窓から入んないで欲しいんだけど」
「最近生化学に興味が出てるんだけど、勉強道具もらえない?」
「無視すんなよ……」
ため息をつきながら、彼女の方を眺めてしまう。
「お前さ、俺のこと知った上でまだ普通に接してくんの?」
「はあ? 何の話?」
「だから俺がヒューマ――」
「それより生化学の本ってないの?」
俺の言葉を無視して勝手に本棚を漁り出す。
こいつ……、完全になかったことにして普通に接してくる気だ。
けど、これに文句を言ったところで意味はないし、別にどうでもいいことだ。
彼女と俺の関係性は今まで通り変わらない。
人間とヒューマノイドの関係はどうせ変えられない。
適当な本をミリーに手渡す。
「生化学なんて、なんで知りたいんだよ?」
「そう言えばあたし人間の身体のことをよく知らないなって思って、何となくどんなもんなのかと思っただけよ」
「勉強熱心なことで。そういや医療関連はあんまつくってなかったな。なんで感染症とか流行ってないんだ……?」
「魔法があるからでしょ。病気にならないわけじゃないけど、魔法で症状はかなり緩和できるわ。病気で死ぬ人なんて珍しいわよ?」
「へぇー、そこらへんはこの世界ならではだな」
「あんたは魔法に関して結構からっきしよね」
「いや、基本情報はわかってるし基礎的なのなら使うことだってできるよ」
ただ、熟練度を上げていないのでできることはかなり限られている。
「結構便利なもんよ。合体魔法とかならあんたのつくる兵器にも負けないし」
「そうかもしれないけど、連射性に乏しいし、射程も短い上に熟練の魔法使いが二人以上必要だ。兵器はその点扱いの才能は必要ないから、俺でも使うことができる」
「まあそうね」
「……っていうか医療上の問題がそんなに出ないんなら、別に生化学なんて調べる必要なくね?」
「うーん。まあそうかもしれないけど、見といて損はないかなって思って。この前もほら、別の技術が全然違う分野で役に立ったことがあったし」
銀髪をいじりながらそんな風に言ってくる。
なんとも真面目な奴になったものだ。
「ふーん。んまっ、そういうことなら他にもいっぱい参考書を作っといてやるよ」
「そっか、ありがとう」
「いやいや、俺としてはむしろミリーが自発的にそうやって興味を持って動いてくれる方が嬉しいからさ。そういやミリーってDNAとかって知ってんの?」
「DNA? なにそれ?」
「人間の遺伝情報が入ったものかな」
二重らせん構造の模型を創造魔法でつくりだす。
「ミリーの身体もこれでできてんだ。DNAってのは体中の様々なタンパク質をつくる役割を果たしている。そんでタンパク質があるから生き物の身体ってのはいろんな機能を発揮できるんだよ」
「タンパク質って肉とかに入ってる奴じゃないの?」
そりゃ三大栄養素の話だ。
「筋肉もタンパク質の最たるもんだな。それ以外にも、病気をやっつけたり、食べもんを消化したり、血をつくったり。あとは受精卵なんかでも役割が顕著かな」
「じゅ、受精卵?!」
「うん。いやいや、こんなんで恥ずかしがんなよ。DNAを知る上で一番重要なことだぜ。男と女がすることして、男側と女側のDNAが結合することで受精卵ができあがる。そいつはたった一個の細胞なのに、赤ちゃんの体になるまでに約三兆個の細胞に分裂するんだぜ」
そんな風に言いながら、二重らせん模型の組み換えを目の前でやってみせる。
「三兆個もあるんだ」
「そう。けど、一番重要なのは数が多いことじゃない。細胞分裂ってのは基本的に元の細胞と同じものができあがる。でもそれだとおかしいだろ?」
「そっか。同じのが分裂するだけなら、人間の形にはならないのか」
「その通り。ただ分裂するだけなら細胞の塊ができるだけ。でも生き物たちはちゃんと機能を持った形になっていくだろ? それはタンパク質がそうなるよう巧みに機能しているからなんだ。そして、そのタンパク質を設計してんのがDNAなんよ」
「今まで普通の事だと思ってたけど、命って結構すごいのね」
「ああ。一個の細胞から人間体にまで分化していく行程を見た時は感動したよ。俺の元居た世界の話では人工的に人間をつくるってこともできたんだ。まあいろいろと法的な問題が生じたけどな」
「ふーん。……とりあえずあんがと。ちょっと勉強してみて、またわかんないことがあったら教えてね」
「おう。任せとけ」
なんて見かけ上の会話だけして、ミリーが扉から去っていくと、今度は入れ替わるようにエリナがやってきた。
彼女も彼女でこの前を一切合切忘れ去ってしまったような態度を取ってくる。
「おはようございます、アサヒ様。今日も良い御天気ですね」
「エリナ……お前もか……」
「何がですか?」
「いや、なんでもない」
しかも彼女は、いつもと違ってノックも無しに勝手に入って来ている。
「はぁ……いい加減俺のプライバシーにも少しは気を使って欲しいんだけどな」
「ミリーさんが勝手に入っていいのなら、私も勝手に入ってもいいじゃないですか」
どんな言い訳だ。
「それで、アサヒ様に少しお願いがあるのですが、最近化学合成を多く扱っていて考えていることが――」
彼女から説明されたのは、いわゆる化学合成プロセスの合理化の話で、マテリアルズインフォティクスと呼ばれる奴だった。
「そういうのを総称してマテリアルズインフォマティクス――MIって呼ぶんだけど、MIをやるにはちょっとまだ早いかな。それなりのAIが必要なるから現段階の初期型半導体じゃとてもじゃないけど無理だね」
「MI、と呼ぶのですね」
「いやぁ、しっかしエリナはやっぱセンスあるね。MIに目をつけるとは。そっちは条件が整い次第用意してあげるよ。……というかMIでつくったデータベースをだいたい覚えてるから、そのまま結果だけを出せるかも」
「それはありがたいです」
「まあなんにしても、もう少しちゃんとしたコンピューターができたら教えてあげるから待ってもらえる?」
「わかりました。どうしても欲しいものですので、お願いします」
などと述べて、エリナが退室していく。
すると今度はライカが部屋へと無断で入って来るのだった。
ちなみに、俺がヒューマノイドであることは他の面々にもすでに伝えてある。
「あのさ、お前ら用があるんなら一人ずつ来るんじゃなくて一斉に来て欲しいんだけど」
「ん? 何のことだ? それよりアサヒ殿、少し頼みがあるんだが――」
次はロボット工学の技術を要求してきた。
「うーん。それもまだ少し先。精密じゃないのなら割とすぐできるけど、ライカが要求してるのは技術的に相当最先端の奴だ」
「そうか……。ではロボット工学を学びたいのだが、いい教材を用意してもらえないか? すまない、手間をかけさせて」
「別にいいよ。むしろこうやって自発的に何かをやってくれている段階でこっちは嬉し訳だし」
ライカに適当な書籍を与えて、部屋から見え送る。
そして、予想通り次はリューナが入ってくるのだった。
彼女は下半身の蜘蛛部分が大きいので扉をくぐることができず、扉の枠を破壊することになった。
「おい! 扉壊すなや!」
「す、すまんの。しかし狭いところに住んでおるんじゃな」
お前がでかいんだ。
とは思っても口にはしない。
身体的特徴を悪く言うのは良くないことだ。
扉は壊さんでほしいが。
「もうお前ら欲しいものを紙に書いて俺に渡せよ」
「一体何の話じゃ? わらわはたまたま偶然アサヒに用があって来ただけじゃぞ?」
「白々しいっ!」
リューナはとくに要求があるわけではなく、いつものように延々と子種が欲しいだのなんだのという話をしてきやがった。
「俺、暇じゃないんだけど」
「わかっておる。時間はかけさせん。子どもは何人がええかの。百人くらいかの?」
「多すぎだろっ!」
「何を言うておる。わらわは蜘蛛じゃ。蜘蛛は一度に大量の卵を産む」
「そりゃ生き物の蜘蛛の話であって蜘蛛人はちげぇだろうが! 知ってんぞ、蜘蛛人も人間と同じように一人ずつしか子どもが作れないってことくらいっ!」
「バレておったか。それで何人がええかの?」
「興味ねぇって話を俺はしてんだ! 前にも言っただろ」
「なぜじゃ? 子孫を残したいのはどの種族も同じなはずじゃ。アサヒは蜘蛛人じゃからと差別をするような輩ではなかろうて」
「そりゃそだけど、俺には子どもがつくれねぇんだよ」
性サービスのために性行為こそ行えるが、ヒューマノイドに生殖機能は備わっていない。
ここも人類とは大きな差だ。
子どもに未来を託せる人間と、何も残せないヒューマノイド。
「ふーむ……。そこに変わりはないのかの。もし気が変わったら教えてほしいの」
「たぶん一生ないよ」
「そうか。ならばアサヒよ、一つだけ教えて欲しい」
リューナが改まった態度でこちらに問いかけてくる。
「もしわらわに子どもができたら、その子にどんな風に生きて欲しいとおぬしは願う?」
「……俺の子じゃないんだよね?」
「そうじゃ。赤の他人じゃ」
「なんでそんなこと俺に聞くんだよ?」
「アサヒに特別聞いておるというよりも、この質問は他の者にもしておる。わらわも年頃じゃからして、そろそろ子どもを考え出す時期なんじゃ」
「蜘蛛人の生態はよく知らんが、そうなんだ」
なんて言いながら、生物がごく当たり前のように行うことができ、ヒューマノイドにはないその未来に想いを馳せてしまう。
もし子を成すことができたら。
それは何度も考えたし、ヒューマノイドの間にも子を成すことができないものかというのは何度も思考が重ねられた。
だが、生物の基本となるDNAを持たない俺たちには、特性を受け継いだ新たな生命個体を生み出すということが不可能なのだ。
俺たちは何も……命すら創ることができない。
「――まあ、自分の思ったままに、自由に生きられたらそれでいいんじゃないの?」
「うむ。そうじゃな。わらわもそう思う」
「……え? ごめん、なんか想定していた答えと違った?」
「そんなことはあらん。何となく、わらわもそんなことを思っておっただけじゃ。アサヒを無理矢理襲う日が近いかもの」
「そんときはナパーム弾をお前の頭上で使うから」
「ふっ、それはおっかないのぉ」
なんて言葉と共に、彼女は退室していくのだった。
さて、もはや言うまでもないが、残るはサラとカシュアだ。
どちらが来るかと思っていたら、カシュアは訪れることがなく、半日経った夕方頃サラがやって来るのだった。
「アサヒ様、少しよろしいでしょうか?」
壊れてしまった扉にノックをしてきて、サラは許可があるまで入って来ることはない。
何とも行儀のいい女の子だ。
「おう、どしたー?」
「半導体の製造を推し進めて頂きたく、参った次第です」
「えーっと、それは俺も目下推し進めているところなんだけど、なぜ急にそんなことを聞いてきたの?」
「アサヒ様は、私が討伐して欲しい悪魔が現在どのような状態にあるか、ご存知でしょうか?」
「うん、クレイグラス学園の地下迷宮の隠し部屋に封印しているんでしょ?」
「やはりご存知でしたか。ただ、少々問題が生じておりまして、そちらの封印に綻びが生じ始めています」
「え……?」
マジか、そんなことあるんだ。
ミストラルバースオンラインだと、サラから悪魔討伐クエを受注した後、あの部屋にサラと共に入らなければ悪魔はずっと封印されたままだった。
この辺りはどうもゲームと仕様が異なるようだ。
「まだしばらくは保つと思うのですが、早急に対応を考える必要がございまして」
「それはまずいな。現状で悪魔を討伐するともなると多大な犠牲を伴う事になる。それか……クレイグラスもろともなくなって良いならできなくはないけど」
冗談でそんなことを言ってみる。
「わかりました。ではそれでいきましょう」
「いや、ダメだろ。クレイグラスにどんだけ人が住んでると思ってんだよ」
「……アサヒ様が提案されたことです」
「冗談だよ!」
なんだか無駄に疲れた。
ため息をつきながら今後の方針へと思考をやる。
「まあそっちは俺が何とかするよ。もし封印の解ける時期がいつ頃とか分かったら教えてくれ」
「承知しました」
そう述べて、いそいそと出て行ってしまうのだった。
何とも来客の多い日だ。
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作者より
あと10話以内に本作は完結となります。




