命の灯
断続的に押し寄せる民衆を撃退しながら、徐々に徐々にとエリナたちの勢力範囲は狭まってしまっている。
元々この都市は都市最外部にある外壁とアサヒの兵器群により鉄壁の防御を誇っていたのだ。
片方はあっさり内通者により突破され、もう片方がいないともなれば、好き放題されてしまうのも当然のことと言えよう。
そんな中、ライカとリューナはとあるバリケードを死守すべく奮闘していた。
「ここも放棄かの。後がないぞえ?」
「じゃあ踏みとどまるか? いや、踏みとどまれるか?」
断続的にやって来る鉛玉をギリギリにやり過ごしながら、押し寄せる民衆を撃退していく。
リューナに至っては体中に弾痕があり、だいぶダメージを負っていることが伺えるのであった。
「ふっ、まさか蜘蛛なんかと肩を並べて戦う日が来るとはな」
「アサヒが言っておったではないか。過去の遺恨なぞ将来なんの役にも立たんと」
「だが、理屈でそうわかっていても、心はなかなか従ってくれないだろう?」
ライカは愛用の槍を幾度も突き出して、バリケードを突破してくる者を軒並み突き倒していく。
「そうじゃな。忘れたわけではあらん」
「けど、リューナ。……もしかしたら、もうこれが最後かもしれないから言っておく。いろいろと、すまなかった。今ではもう、お前のことを悪くないと思っている」
リューナが珍しい者でも見たかのように目を見開く。
「な、なんだ。恥ずかしいから見つめて来るな」
「ふふっ、すまんの。わらわも同じじゃ。おぬしと分かり合えてよかったと思おる。かつて血で血を洗う争いをしておったころが嘘のようじゃの」
「ああ。本当は、もと前に伝えるべきだった」
「何を殊勝なことを言っておる。まるでもうこれで終いかのようではあらんか」
「ふっ。蜘蛛に励まされる時がくるとはな」
「是が非でもこの局面を乗り切るぞえ」
「言われなくともっ!」
そんな風に張り切るも多勢に無勢である状況に変わりはない。
生傷は徐々に増えていき、体は段々と動かなくなっていく。
*
「ライカよ、まだ生きているかえ?」
「ああ。だいぶ、やられた、がな」
左腕がだらりと垂れさがり、もはや自分の血なのか返り血なのかがよくわからないレベルで汚れている。
「おぬしはもう無理じゃ。ここはわらわが受け持つ。官邸へはよぉ行くんじゃ」
「嫌だな。行くなら一緒だ」
「はんっ、相変わらず強情じゃのぉ」
「そっちだって」
もはやバリケードを保つには至っておらず、二人は包囲されてしまう。
なかなか攻撃してこないのは、この二人が一筋縄ではいかない強敵であると知れわたっているからであろう。
「おいおぬしら、少なくとも最初の十人は道連れにする。死にたい奴から順に来るがよい」
「なら私は十五人にしておこう。蜘蛛なんかに後れを取るわけにはいかないからな」
「ふっ。強がりを」
そんな風に、最後とばかりの言葉をかけあう。
「うろたえるな! もう虫の息だ! 一斉にかかれ!」
「いや、油断するな、魚人族と蜘蛛人族の長だ!」
そう言って彼らが取り出したのは何丁ものマスケット銃だ。
整列射撃をされては、さすがの二人も逃げ切れない。
「はぁ……こんな最期か……。アサヒの子種がほしかったのぉ」
「お前はまだそんなことを言っているのか。まあだが、もし生き残れたらねだってみてもいいかもな」
目と目を合わせて、二人は覚悟を決める。
「リューナ、お前と最期を共にできて嬉しく思う」
「ああ、わらわもじゃ。行くぞ! ライカ!!」
雄叫びと共に無謀な突撃を敢行する。
これがいかに意味のない行為であるかは本人たちが一番よくわかっている。
けど、彼女らにとってはそんなことよりも大切なものを見つけられたからそれでよかったのだ。
だから、臆せず前へと踏み出すことができた。
彼女らの命はもう――。
*
市長官邸へと逃げ込んだミリーとエリナは最後の籠城を続ける。
他の者たちは囚われてしまったか死んでしまったかのいずれかであろう。
自分たちの無力さを呪いながら、今までいかにアサヒ頼りとなっていたかを痛感してしまう。
「ミリーさん、頑張って下さい」
ミリーは足を大きく負傷しており、歩行や戦闘は困難な状態だ。
エリナに支えられながら、何とか市長室にまで逃げ込み、鍵をかける。
これとて大した時間稼ぎにはならないであろうが、無抵抗のままにやられるわけにはいかない。
「エリナ。捕まっても絶対に抵抗しちゃダメよ。男どもがこういう時にやってくることなんて知れてるわ。でも、どんなにされても抵抗しないでただただ耐え忍ぶの。そうすれば生き残れる可能性が高いって貴族の学校で習ったわ」
「そうなんですね。私もエリナさんも、残念なことに見た目はいい方ですからね」
諦めたように苦笑いする。
「男どもには勿体ないわ」
「肝心の方には全然効きませんけど」
「何言ってんのよ。アサヒに対して何度も色目使ってたくせに」
「別にいいじゃないですか。私だって、アサヒ様とは共に歩みたいんです」
「そうね……。は~ぁ。なんであんな奴好きになっちゃったのかなぁ……」
「魅力的な方だと思いますよ?」
「そうかしら? 何考えてんだかわかんないし、こだわり強いし、いきなりわけわかんないこと言うし」
「でもいつでも窮地には私たちのことを助けにきてくれる。今も、もうすぐそこまで来てくれているんじゃないかって、思えてしまうんです」
「ふふっ。そうだったら嬉しいわね」
扉に何か重い物を打ち付ける音が聞こえてきて、ついには破られてしまった。
幾人もの武器を掲げた男どもが部屋へと乱入して来て二人をねめつける。
「抵抗しないわ。お願い、殺さないで」
そう言って両手をあげる。
「ミリーとエリナだな。よし、重要人物だ。捕えてアサヒ・テンドウに対する人質とする」
すぐさまミリーたちは縄をかけられてしまい、身動きが取れなくなる。
「おいおい、初めて見るが、ずいぶんと上玉だな。人質ってんならちょっとは遊んでもいいだろ?」
「別に構わないが、壊すなよ。アサヒ・テンドウは凶悪な軍事力を持つ。まともにぶつかれば万が一にも勝ち目はない」
「へへ、わかってるって」
下卑た顔となる男どもがおもむろにエリナの体を触っていく。
エリナは非常に不快な顔をしているが、ミリーに言われた通りあからさまな抵抗はしないようにしている。
「あんた、エリナに手を出さないで。あたしが代わりをやるから」
「ひゅー。仲間想いだな。両方可愛がってやるから、黙って見てな」
「このクズがっ!」
反発すると、ミリーは別の男に殴られて黙らされる。
「おい、お前の相手は俺だって」
そのまま男どもが群がって来る。
このまま彼女らは抵抗も許されずに暴力を振るわれていくのであろう。
分かってはいたが、最悪の結末に絶望を感じてしまう。
「エリナ」
「ミリーさん……」
涙が流れそうになったところで、不自然な音を聞いた。
それは、何かが弾けるような音であった。
遅れて、水しぶきが飛んでくる。
いや、水ではなく血だ。
何事かと全員が振り返ると、入り口の一番近くにいた奴の――
首がなくなっていた。
「な、なんだ!?」
周囲に警戒を飛ばすも、誰か犯人と思しき者がいるようには見えない。
なのに、次の者の頭が消し飛び、その次の者ももぎ取られ、明らかな異常事態に、それまでの勝利を確信していた男どもの表情には焦りの色が浮かんでいく。
「なんだ!? なに――」
声を発した者の頭が弾け飛ぶ。
「ど、どうい――」
弾け飛ぶ。
「んなっ」
弾け飛ぶ。
それを見て、皆が皆、口を噤んでしまった。
声を上げたものから順に頭がなくなっていったため、声を発することが何かのトリガーになっているのではと錯覚してしまったからだ。
男どもは恐慌状態に陥ってしまい、身動き一つ取れずにいる。
すると、ミリーとエリナはふっと自分の拘束がなくなっていることに気が付いた。
いつの間にかロープが切られている。
そして、彼女らのすぐそばにいた男の頭も消し飛び、返り血を大量に浴びたマントのようなものの姿が顕わになった。
たしか、アサヒがメタマテリアルと呼んでいたものだ。
「保護対象を確保。さようなら」
彼の言葉とともに、部屋に押し入ってきたすべての者たちの頭が消し飛ぶのであった。
あまりの光景に唖然としながらも、姿を現わした彼を見て、二人とも大きな安らぎを得る。
――ちゃんと、来てくれたっ……!
「アサヒッ!」
二人して、彼に抱きついてしまうのだった。
*
あまりに深刻な状況となっていながらも、絶対に守りたい者の命を確保できたことで、俺は安堵の息をついてしまう。
間に合ってよかった。
あと一歩遅ければどうなっていたか分かったものではない。
涙を流す二人の頭を優しく撫でながら、声をかける。
「二人とも、遅くなってすまない」
「アサヒ、アサヒぃ。よかったよぉ」
「アサヒ様ぁ」
相当怖い思いをしたのであろう。
涙をポロポロと流す二人の姿は今まで見たこともないようなもので。
実際問題かなり危険な状態であった。
自分のしでかした失態を猛省する。
「ミリー、怪我しているのか?」
「……っ。う、うん……っ。でも、こんなの大したことないよ……っ」
鼻をすする彼女を撫でながら、今回の件は本当にいろいろとダメだったな、とまたも反省してしまう。
「ねぇ、他のみんなは?」
「大丈夫だ。リューナとライカもギリギリのところで間に合った。カシュアや他の重要人物もこちらで確保していて、今はサラが見ている」
「そっか、よかったぁ……」
「本当にすまない。俺の完全なミスだ」
「ううん。いいの。今までアサヒにばっか頼ってきちゃったから」
エリナがこちらへ真剣な表情で向き直って来る。
「アサヒ様。今回の件で私は痛感しました。やはり私たちも戦うための武器が必要です。アサヒ様は頑なに私どもが戦闘することを嫌ってますが、私は戦います」
「……反対だ。許可できない」
「なぜ戦うことがいけないのですか? 今回だって、私たちがアサヒ様の武器を使えれば、やりようはあったように思えます」
「俺はそうは思わない」
「なぜですかっ!? 現に私どもやリューナさんたちも危険な状態に陥っているではないですか!」
「たしかに、今回に限っては役に立っただろう。でも、人間が武器を持つようになれば相手も相応の物を用意するようになる。そして、人同士の争いは一度始めたら損しかしない」
「なぜです?」
「例えば、エリナが今日、誰かを殺したとする。その子どもはエリナを恨むだろう。次の日その子どもがエリナを殺したとする。きっとミリーはその子どもを恨むだろう。さらに次の日、ミリーがその子どもを殺したとする。すると、その子どもの住む国の国民はミリーを恨むだろう。そうやって、永遠と続く」
「そんなの詭弁です! 人が複数人いれば争うのは避けられないことです。ならばそれに対する抑止力を持つことは悪いことだとは思えません」
言い切る彼女には強い覚悟があるのであろう。
だからこそ、俺はこれを認めることができない。
「俺もそう思う。人は争うものだ。これは変えられない。けど、なにも人間同士で殺し合いをする必要性はない」
何のことを言っているのかわからなくなったエリナに、ミリーから言葉が差し出される。
「以前あんたが言ってた、兵士を無くす技術ってやつのこと?」
「ああ。人は争いこそすれど、互いの命を懸けることに意味がないのは理解できている。ならば、人間同士で戦わない技術さえあれば、この問題は解決する。間違いなく人を幸せにする技術だ」
そうだ。
これを変える必要なんて、ない。
「兵士ってのは基本的に割に合わないんだよ。命を懸けているのに、恨みを買うし、怪我はするし、怖いし、痛いし、勝っても名誉しかもらえないし。人は戦わなくていい」
「じゃあなんでっ! なんでアサヒ様は戦われるんですかっ!」
虚しく響く彼女の言葉に、俺は左腕を掲げ、腕まくりをして内部の状態を見せる。
先ほど破損してしまった腕ではあるが、今までは服に隠れて傍からはどうなっているのかわからなかった。
「……ぇ?」
二人は息を呑み、その状態をマジマジと眺めてしまう。
おおよそ想像とは異なる様相に言葉を失ってしまった。
表面有機層となる疑似人間表皮は完全に剥げ、内部の自己修復セラミック層が剥き出しになっている。
「俺は――俺たちは、人類が創り出した技術の最高結晶体だよ」
「そん……な……」
「技術は人を幸せにするものでなければならない。火薬も、石油も、製鉄も、半導体も、人を幸せにするために生み出されたんだ。決して兵器をつくるためではない。俺たちもまた、人を不幸にするものであってはならない」
現実を直視できなくなったエリナがへたり込んでしまい、それでも視線だけは俺の腕から離すことができずにいる。
「アサヒ……。あんたは……」
「戦術武装ヒューマノイドインターフェース。製品名ルミナベータ、個体名テンドウアサヒ。それが俺だ」




