内乱
ベルメド軍を旧ペスト国領から追い散らし、ラマレルカンへ戻って来ると、サラが突然こんなことを言ってくるのだった。
「アサヒ様、大変です。『燕』の知らせで、エミリュラ本国において内乱が発生しているようです」
「……マジかよ。電信技術も持ってないくせに、よくこんなタイミングを狙えるもんだな。いや……予めそう計画されていたと考えるべきか」
まず旧ペスト国にベルメド国軍をぶつけて俺を誘い出し、手薄になったエミリュラで内乱を発生させる。
これに付随して予想される相手の攻撃手段は――、
「ベルメド国も含め、今のエミリュラには包囲網が構築されつつあります。それらの国々が一斉に宣戦布告してくる可能性があるのではないでしょうか」
なんてサラの言葉とともに、レイケル将軍が大慌てでやってきた。
「アサヒ様、大変です! ベルメド国に続いて、モルソ、アーティニアス、ウルタルと周辺国が続々と我が国へと宣戦布告し、旧ペスト国――ここへと進軍を開始しています!」
サラと顔を見合わせてしまう。
「いやぁ、感心するよ。こちらが困ってしまうあの手この手を考えてくるもんだ」
「どのように対処致しますか?」
あくまで冷静な反応を続けるサラ。
「相手はこちらの脅威性を理解しているはずだよ。束になったところでまともにぶつかれば勝てないとわかっている」
「では、この陽動はアサヒ様を奇襲や不意打ちするためのものということでしょうか?」
「その可能性もあるけど――」
敵勢力はなぜ旧ペスト国に一点集中してくるのか。
戦略的に重要そうな位置には見えないし、国境線の形から考えれば、この戦い方は明らかに不自然だ。
「奴らの狙いはたぶんエミリュラ本拠地だと思うよ。あそこには数多くの生産設備がある」
「……旧ペスト国を一旦攻撃することでアサヒ様を誘い出す。そして引っ張り出されたところを狙って更なる兵力投入をすることでアサヒ様をこの場に張り付かせ、本国では内乱を発生させると」
「そういうことだね。救援に向かわせないようにするのが魂胆かな」
「ですがそれとて彼らには限界がありましょう。アサヒ様と対峙すれば蹴散らされるのは目に見えておりますし、兵力も無限に湧いてくるわけではありません」
「たぶん人的リソースを攻撃しようとしているんだよ。本国にいるやつらは工場の動かし方とか基礎科学を学んでるやつらだから、失うわけにはいかない」
「なるほど。では、エリナさんたちが危ないですね。エミリュラへと戻りましょうか」
「いや、この国に侵攻しているやつらをそのままにしていくわけにはいかないだろ」
「……優先順位が低くありませんか? この国の街を救うことよりも、本国の救援に向かう方が重要かと」
いや、レイケル将軍の前で言わなくとも……。
「だろうね。けど、そんなに長くはかからないよ」
「そうでしょうか? 旧ペスト国もそれなりの広さをもっております。すべてを回っていては時間がかかりますよ?」
「まあ見てなって」
目を見張るサラを横目に、安堵のため息を吐くレイケル将軍へと指示を出す。
「地図を持ってきてくれる? あと現状得られている情報も。サラ、すぐ使える……鳥さんはいる?」
燕が諜報部隊ならレイケル将軍の前で名前を出してはならないかもと思ったのだが、
「燕ですね。すぐに呼びますよ」
なんて具合に普通に呼んでた。
情報を整理したところ、やはり敵軍は旧ペスト国の複数拠点へと軍団を進めているというものであった。
「そしたら、燕にこれを預けてもらえる?」
「……これは?」
「通信機だよ。遠方にいても相互に会話できる」
使い方を簡単に伝えて、燕のみなさんには相手軍が進行している街道に行ってもらう。
「何をされるのですか?」
「長距離砲ってのは本来こうやって使うもんなんだ。敵軍団を目視観測しながら着弾位置を逐次修正していく。効力射と呼ぶ」
「効力射……?」
「人の目でとらえられないほど遠方の敵に対して、射手は照準を定められない。けれども、照準をつける者が別にいて、相互に会話可能であれば照準が可能になる」
「……なるほど。何となくわかってきました。つまり、燕はさながらアサヒ様の『目』といったところなのですね?」
「そういうこと。これで進軍中の敵を撃滅していく」
燕が到着するのを待って、射撃を開始する。
「こ、こちら燕◯三。敵軍を目視で確認しました」
通信機越しに燕の一人から連絡が入る。
おそらく通信機の扱い方になれていないのであろう。
本当にこれでいいのかという態度が声に表れている。
「よし。射撃開始」
ダァァンン!!
「ご、誤差修正〇〇二、〇〇四」
「ほいよ。効力射開始」
「て、敵陣直撃、こ、効力射の継続をお願いします」
うん。
初めてにしては上出来だな。
燕の者たちは通信機を扱うのも初めてだし、訓練をしたわけでもなしに、効力射の伝達もよくできているではないか。
しばらく長距離砲六門で射撃を継続する。
「て、敵軍、目視二割が壊滅、撤退を開始しました」
「よし。次」
こんな具合に、複数箇所から攻め込んでいる敵軍はあっという間に撤退してしまうのであった。
敵指揮官からしても、目視すらできない相手から重爆撃を受けているので、撤退しか選択肢がないであろう。
「さあ、エミリュラへ帰って今度は内乱処理だ。燕たちは?」
「彼女らは自分の足で帰りますのでお気遣いなく」
「……通信越しで思ってたんだけど、全員女性なんだね」
「はい。将来的にはアサヒ様の側室の末席に加えて頂ければと思っておりまして」
……何言ってんだこいつ。
「えっと、ごめん、よく意味がわからないんだけど」
「悪魔討伐の難度が高いことはわたくしも重々承知しており、アサヒ様がこれに対して尽力していることはよく存じております。ですので、当初話していた報酬であるクレイグラス学園での宣伝だけでは報酬不足かと存じまして、あなた様専属の諜報部隊兼側室をお送りできれば、見合った報酬になろうかと思っております」
「あー……っと。別にいらないんだけど」
「?? なぜでしょうか? この度のように効力射? というものを行うに際しても、彼女らは役立ってくれます。容姿も忠誠度も選りすぐりの者たちを選抜しておりますので、間違いなくお気に召すと思いますよ?」
……。
どうしよう。
すごく大真面目に言ってる。
「うーんとね、サラ。俺にとって女性っていうのはあんまり嬉しくないって言うかね。どちらかというと科学者とか技術者の方が欲しいんだけど」
「ご安心ください。そちらの才覚も十分でございます。戦場、工場、他国での隠密からアサヒ様とのベッドの上まですべて網羅可能ですよ」
ニッコリと微笑みながら言ってきやがった。
うーむ……。
たぶん彼女なりにいろいろと配慮してくれているんだろうけど、サラはどうも感性が他とは違うな。
悪気があるわけではないので別にいいが。
「ま、まあ考えておくよ。とりあえず帰るか」
サラの勢いに押されて、拒否すべきところを、思わず『考えておく』と言ってしまうのだった。
*
アサヒがペスト国にて戦いを推し進めていたころ、エミリュラでは火の手が街中に上がっており、市民たちが熾烈な戦闘が繰り広げていた。
貧富の格差から、周辺都市に住まう貧困層が一気に押し寄せているのに対し、大量生産の元締めとなる富裕層のエミリュラ市民が必死に都市を防衛していた。
数の上では貧困層が圧倒しているものの、エミリュラ市民には異種族の数が多く、中でもロド村の頃からここに住まう魚人族や蜘蛛人族は個体戦闘力が高い。
内通者の存在によって門はすでに破られており、街中に多数のバリケードを設けて、各所で一進一退の攻防が続いていた。
その中心人物たるエリナ、ミリー、ライカ、リューナはこの状況をどのようにして打破するかに頭をひねらせていたのである。
「西区の様子はどう?」
「かなり厳しい。礼拝堂はもうダメじゃ」
「こちらも支えきれない。セルム通りのバリケードはほぼ突破されたと思っていい」
「厳しいわね……。エリナ、外の方は?」
エリナは首を横に振って見せる。
「ダメです。通れる外門がなくて、街の外と連絡が遮断されています。アサヒ様と連絡が取れればよいのですが……」
「そっか……。でも大丈夫よ。あいつのことだから戦いはきっとすぐに終わらせてくるに違いないわ。ここで耐えていれば、いつかはあいつが来てくれる」
「問題はそのいつかがいつなのかじゃ。わらわたちに残されておるのはここ北区のみじゃ」
「そうね。さすがにここを取られたら後がないわ」
「降伏という選択肢はないのかの?」
「あたしたちはアサヒに近しい人物だったから、タダでは済まないでしょうね。よくて幽閉。悪くすれば男どもの玩具にされたあげく殺されるわ。異種族なんかは問答無用で殺されると思うわよ」
「それは勘弁してほしいの」
リューナが肩を竦める。
「まったく、勝手な話よね。別に餓死者が出ているわけでも、住むに困っているわけでもなしに、自分たちにも富を分配しろだなんて」
「貧富の格差とはこうも問題を生じるものなのだな」
「今までは学がなくともある程度頑張れば勝ち組になれたけど、アサヒの工場が現れてからは、それじゃあなかなか逆転できなくなってるからね。一旦こちらの輪に入らないといけないってのが保守的な人からすると嫌なんでしょ」
「だからってここで内乱を起こしたところで意味などないのに……」
四人してため息をつき、真面目にどうすべきかを話し合っていく。
「いずれにしても数が多い。おまけにやつらはマスケット銃を手にしている」
「命中精度はいまいちじゃが、脅威は脅威じゃ。当たればそれなりの傷を負うことになろうて」
「マスケット銃は連射が効かないし、弾をたくさん持ち運ぶこともできないわ。可能な限り打たせてから攻撃していく戦法でいきましょう」
そんな風に話しているところで部屋の扉が開かれる。
カシュアが血まみれの状態でヨタヨタと入ってきた。
「カシュアッ!!」
すぐさま補助に入るも、彼女は息も絶え絶えの状態だ。
「ごめん、下手打った。脇のバリケードが潰されてる」
「リューナ、ライカ、今すぐ行って!」
二人にバリケードを任せて、エリナとミリーはカシュアの治療を開始する。
「大丈夫よカシュア、諦めないで」
彼女を励ましていくも、その表情は曇り空だ。
アサヒが来てくれるまでの時間稼ぎが果たしてできるのかに疑問が湧いてしまう。
内乱者たちは死をも厭わずにこちらへ突貫してくる。
バリケードで何とか持ちこたえてはいるものの防衛にも限界はあろう。
「アサヒ……早く来て」
思わず漏れ出るその言葉に、エリナとカシュアも同じ思いを抱いてしまうのであった。




