エミリュラ包囲網
エミリュラ国の急速な近代化はこの国に対して良い面と悪い面を生み出していた。
良い面は生活水準が劇的に改善していること。
元ロド村も含め、属国化した周辺都市に対してもインフラ整備を施していったため、生活水準はテコ入れしたところとそうでないところで雲泥の差が生まれていた。
それが悪い面――つまりは格差につながっている。
すべての街々を一斉に改善できれば問題ないのだが、さすがにそこまでの人的、物的、経済的余裕はなく、順番に手を入れていっているのである。
「車に鉄道にコンクリート建造物。だいぶ近代化が進んできたなぁ」
「ですね。教育の普及も進んでおりますし、科学技術もかなり発展しているように思います」
エリナとそんな話をしているところに、サラがいそいそとやってくる。
「アサヒ様、少々ご相談させて頂きたいことがございます」
サラのこの切り出し方は、結構ヤバめの話だ。
彼女は物凄く優秀な子なので、大抵のことは自身の力で何とかしてしまうのだが、それでも手に負えない場合には俺へと相談に来る。
つまり、サラの手にも負えないような重たい話なのであろう。
「どした?」
「ベルメド国が我がエミリュラへと宣戦布告しました」
「……は?」
あまりに想定外の返しがやってきたため、構えていたというのに素っ頓狂な声を出してしまう。
「すでに報告しておりましたが、『燕』の知らせによりますと周辺国が対エミリュラ包囲網を構築しているらしく、ベルメド国は先走った行動をとったようです」
「あーっと、ごめん。いろいろツッコみたいところがあるんだけど、まず『燕』ってなに?」
「わたくしが新たに設立した諜報専門の部隊です。報告書に記載いたしましたが……」
「そうだっけ……」
サラからはただでさえ毎日のように大量の報告書類があげられてくるため、いちいちすべてに目を通せるほど暇ではない。
「……まっ、それはいいとして、包囲網ができてんの? そんな報告あったっけ?」
「そちらもすでに方向書にて報告しておりますよ?」
それは口頭報告してよ。
超優秀なくせになぜそこでポンコツになるんだ、サラよ。
……などと人のせいにするわけにもいかず、ちゃんと読まなかった自分が悪いので素直に反省することにする。
「えと、すまん、よく読んでなかったわ」
「そうですか。では簡単に説明しておきますと、エミリュラでは現在様々な物品を大量生産できるようになっており、生産性の高さゆえに安価なものとなっております。生産されたものはエミリュラを中心に供給が行われ、遠方になるほど物が減り、価格も上昇傾向となります」
併合してきた国々はちょうどその価格影響が及ぶ範囲だ。
「ですが、最近輸送インフラを整備したこと、および併合した国にもいくつか生産拠点をつくったことで、遠方の国の経済にも影響を及ぼすようになっております」
「つまりは、戦争をしたペルート国と同じようなことがまた起こると?」
「はい。加えて言えば、エミリュラは急速に国力を増大させておりますので、軍事面で見ても周辺国からは脅威と映ることかと思われます」
戦国時代に織田信長が急速に勢力を拡大させた結果、信長包囲網ができたのと同じってわけか。
「やはり、また戦争になってしまうのでしょうか……?」
エリナが不安げに述べてくる。
「通常ならばまず関税で国内経済を守りに行く。けど、生活水準が大きく違うと、他国民はエミリュラの生活を羨んでこちらへ移民してきちゃうだろうなぁ」
「おっしゃる通りでして、今回宣戦してきたベルメド国はとくに我が国への人口流出が酷く、それを危険視したものと思われます」
現在エミリュラは他国からの移民を全面的に受け入れているため、治安は悪化傾向だが経済は好調だ。
一方、それは他国側の国力衰退を意味する。
「うーん……。一国ならまだしも、多方面戦闘になるとさすがに困るかなぁ」
「それと『燕』からは国内でも周辺国に加担する者たちがいるとか」
「エミリュラは格差社会な上に治安もそんなにいいわけじゃないから、不満がたまるばかりだしね。いやぁ、対処すべき問題が多すぎる」
「はい。それでどのような方針で行くべきかを相談させて頂きたく参った次第でございます」
「どうしたもんか。ペルート国での悲劇は宣伝してるんだよね?」
神経ガスの使用によりペルート国軍に甚大な被害が出たことは敢えて周辺国に伝えている。
その方が周辺国を抑止できると考えたからだ。
「はい。ですが、逆効果になってしまったようですね」
「ふーむ。なら戦うしかないね。サラがこうやって相談してくるってことは、もう外交努力はしたってことでしょ?」
頷きを返されて、最後の希望も潰える。
「すでに属国の旧ペスト国のラマレルカンという都市にベルメド国軍は侵攻を開始しております」
「都市への到着はまだってこと?」
「はい」
「そっか。なら野戦で片を付けてしまおう」
さっそく現地へと出発する。
ついて来きたいとやたらうるさかったミリーとエリナには留守を任せ、サラだけを連れて、ラマレルカンへ出発するのであった。
*
アサヒがエミリュラを去って一日が経った。
実験室にてミリーとエリナは二人で作業を行いながら、ぶつくさ文句を言い合う。
「まったく、アサヒ様は酷いです。私たちを連れて行ってくださってもよいと思います」
「まあねー。はぁ……全くあいつは。何をあんなにぐちぐち悩んでんだか……」
含みを持たせたつもりはなかったのだが、ミリーのその言葉にエリナが鋭く反応する。
「ミリーさん、アサヒ様と何か進展があったのですか?」
「え゛!? べ、別に何にもないわよ!」
「嘘です。私が気付かない間にピゼルケンへ勝手に行っていたくせに」
「な、なんもなかったわよっ! セイラたちも一緒だったわけだし」
思わず目をキョロキョロとさせてしまったのをエリナは決して見逃さない。
「別にいいですけどぉ。お互い競争してるわけなんですし」
「ちょ、ちょっとアサヒの過去話を聞いただけよっ!」
「……。いいですよね。ミリーさんはアサヒ様と心を通わせられていて」
エリナは不貞腐れたようにそんな言葉を発してしまう。
「べ、別に普通よ。そういうエリナこそっ! アサヒとなんかあったでしょ! あんたの態度が変わってんのにはちゃんと気付いてんだからね!」
ミリーが問い詰めると、エリナはため息をつきながら、途端に覇気のない表情へと変わってしまった。
「ミリーさん、私、間違えてしまいました」
「まちがえる? なにを?」
「間違えたんです。絶対に間違えちゃいけない選択肢を、私は間違えました。たぶんもう、一生アサヒ様に好かれることはないのではないかと思っています」
アサヒのことともなると全力になるエリナではあるが、今の表情はその自信をすべて喪失してしまっているように見える。
「あいつはそもそも女性を好きにならないと思うわよ?」
そうですよね……、とエリナは小さく応える。
そんな態度にミリーなことさら首を捻ってしまった。
「ミリーさんは、好きでない男性――例えば、ゼノン・ゼイベルアに体を迫られたらどう思いますか」
「嫌に決まってんでしょ」
「ですよね。私もそう思います」
その言葉でミリーは彼女が言わんとしている意味を何となく理解する。
「……あんた……まさかアサヒに体を迫ったの?!」
ミリーの問いにエリナが答えようとしないものだから、ミリーは自然と彼女の肩を掴んでしまった。
「ちょっと! どうなのよっ! 答えなさい!」
「迫りは……しました。ですが……、思ってもみない結果が返ってきました……」
「思ってもみない?」
「その……落ち着いて聞いて下さいね。アサヒ様と……、その……、体を、重ねはしてたんです。ですが……」
「現段階で落ち着いてられない内容なんだけど……」
というミリーのツッコみはスルーされて。
「アサヒ様はっ、その、なんと言いますか、すごく無頓着だったんです。私は本来それが、もっと楽しくて良いものだと思っていたのに、アサヒ様のその顔を見て……、すべてが嫌になりました。途中でやめて、部屋を抜け出してしまったんです」
エリナの拳が握られて、自然と涙が浮かんでしまう。
「卑しい自分に酷く後悔してしまいました。もっとうまくやれると思っていたのに、私は何もかもを間違えていたみたいなんです……っ。彼のあんな顔を見るために、自分は頑張ってきたんだろうかって……」
そんな風に泣き出してしまうエリナをどうしたものかとミリーは眺めてしまう。
さすがにここまで大胆なことをしているとは思っていなかったため、内心ではかなり驚いてはいるものの、エリナの行動もそしてアサヒの行動もミリーにとっては自然なもののように思えた。
アサヒに関して、理由は未だに判然としないが。
なので、ミリーは彼女の頭を優しく撫でることにした。
「そっか」
「アサヒ様に嫌われてしまいました。チャンスだと勘違いして、是が非でも我が物にしないとって必死になって。でも、チャンスでもなんでもなかったんです。アサヒ様が結局なぜそのような行動に及んだのかはわかりません。ですが、私を好く方に傾いたとは思えません……」
「はぁ。あたし一応あんたの恋敵なんだけどね。なんでエリナを慰めてんだか」
と言いながらも、大好きなエリナのことを抱きしめてしまう。
「エリナ。間違えたんなら、ちゃんとごめんなさいをしなさい。人間だれしも失敗はするもんだわ。って言ってもあんたは兎人だけどね。なら、ちゃんとそれにごめんなさいって言えないと、一生後悔したままになるわよ?」
おでこを突き合わせながら、彼女の目に訴える。
「ですが……。アサヒ様は許して下さいますでしょうか……」
「それを決めるのはアイツよ。許してもらえないとわかっていたら、あんたは謝らないの?」
「そういうわけでは……ないです」
「ならやることは決まったわね」
「はい。……その、ありがとうございます、ミリーさん」
笑顔を向けて少し彼女の元気が出てよかったと思った瞬間――、
ドガァァァンン!
二人はすぐ近くで、大爆発の音を耳にするのだった。




