半導体をつくろう ~純シリコン~
「さて、これまで俺らは主に十九世紀以前の技術を開発してきた。いや、生産工程は二十世紀のも多分にあったが、つくってたもの自体は十九世紀までのものが多い」
「あたしらはまず『十九世紀』ってのがなんなのかわかんないんだけどね」
いつものごとく、俺の部屋へと勝手に上がり込んできたミリーに対し、とくに脈絡もなく俺が語り出すと、彼女も彼女で文句を言ってくるのだった。
いい子に座り続けるエリナとは大違いだ。
「ついに、俺らは二十世紀の技術へと着手していこうと思う!」
「もうその世紀ってのはおいとくとして、具体的になにつくんの?」
「半導体だ!!」
そう述べると、珍しくミリーが目を見開いてくる。
「……案外すぐだったのね。半導体ってのはもっと先にあるのかと思ってたわ」
実は俺ももう少し先だと思っていたのだが、創造魔法にもどうやら熟練度のシステムがあるようで、昔よりも微細なものがつくれるようになっている。
ダンバル遺跡にて窮地に陥ったとき、俺はこれまでできないと思っていた人型殲滅兵装『飛翔』を部分的にも創造できたのだ。
「んまあ俺も正直驚いてる。どうも創造魔法を何度も使ったおかげでマイクロサイズの物も作れるようになったみたいだ」
「ってことは、これができればネトゲってのができるのも近い話?」
「いや、半導体って言ってもグレードがあるからね。原始人が作ってた黒曜石のナイフと、鋳金窯でつくったナイフと、エミリュラの鉄工所で製錬されるナイフじゃ品質が段違いだろ? 半導体にも下から上までグレードがいーっぱいあるんよ」
「んじゃあまずは一番簡単な奴をつくってこうってわけね」
「その通りだ。そもそも、真空管を経なくていいってだけでめちゃくちゃ技術短縮になってるわけだからな!」
真空管という不明ワードを出したため、エリナから質問が飛ぶ。
「真空管とは何なのでしょうか?」
「ん〜、半導体の初期の形態かな。昔はトランジスタ構造を作るために真空にしたガラス管中に電子を飛ばすことでダイオードを作ってたんよ」
よくわからない単語だらけとなったため、二人がクエスチョンマークをいくつも浮かべていく。
「まあそれは重要じゃないから気にしなくていい。まずトランジスタの説明からだよな。半導体の用途ってのは基本的に計算機だ。計算――四則演算を自動でやってくれる電気機械をつくろうと思ったとき、どうやったらそれができると思う?」
二人はしばらく思考の上、紙にいろいろ書きながら議論を始める。
……のだが、これといった構造がなかなか思い浮かばないようだ。
「そしたらこんなんどうだ?」
豆電球と電池とスイッチを創造魔法で創り出し、それをオン・オフしてみせる。
「……オンオフで差を表現するってこと? でもそれだと二つしか――、一と二しか表現できないじゃない」
「オンオフが一組ならね。じゃあ二組あったら?」
二人が言葉の意味を察する。
「なるほど、オンオフを大量に組み合わせて数式を表現するってわけね」
「そう、まず基本的なところとして、電気回路はオン・オフが比較的表現しやすい。だから、二進数を大前提に考える」
「それはわかったけど、そうするとなんで四則演算ができるようになるの?」
「まあまあそう焦るな。そこで必要になるのがトランジスタってやつだ。まず単純な回路を考えて欲しいんだけど、この豆電球がついた回路を見てくれ」
二人に見せびらかすように回路を見せる。
「あるのはスイッチと電池と豆電球だけだ。電池は今回重要じゃないので無視する。入力を――スイッチを入れたら出力――豆電球がつく。これが一番単純な回路だ」
「電磁気学を教えてもらったときに何度も見てるわ」
「だな。んで、トランジスタにはこれに対して、もう一個『ベース』って入力があるんだ。普通なら『入力を入れれば出力が出る』だけど、このベースからの信号があるかないかによって出力を変えることができるのがトランジスタの特徴になるんだ」
「んーっと、つまり……?」
「ベースの入力によってオンオフが制御できるってわけですね!」
エリナから答えが述べられる。
「その通り。ただの入力と出力の場合、数字の表現しかできない。でもベース入力でオンオフが変えられると、組み合わせが組めるようになる」
「あー……、何となくわかってきたかも」
「この特性を生かすと論理回路がつくれるようになるんだ。そして論理回路がつくれりゃ四則演算もできるってわけさ」
「論理回路をあたしたちはまだ知らないんだけどね……」
「んじゃあ簡単なのからだな」
二人に論理回路のことを説明していくと、苦戦しながらも何とかついてきている様子。
「えーっと、アンドとエックスオアをこの形につけるから……? えぇ??」
「こっちから入力があって、えっと。うーん……」
エリナたちは俺が出した例題とのにらめっこに忙しいようだ。
「まあ論理回路はなれるまでに時間がかかると思うから、徐々に慣れていけばいいよ」
「そうですね。こちらは自分たちで勉強しておきます」
「よし! そしたらさっそくトランジスタ構造をつくるための原材料をつくるぞ!」
「そこはトランジスタ構造をつくるぞ、じゃないのね」
「まだ道のりは長い。が、簡単に説明だけしておく。さっき言ってたベース入力のある回路、つまり三端子の回路をつくる。そのためにこれから作ろうとしている純シリコンを使って行く」
創造魔法で円盤状のシリコンウエハーを創造する。
「シリコンってのは地球で二番目に多く存在する元素で、身近にあるもんだと砂とか岩だな。基本的に絶縁性なんだが、ドーピングと呼ばれる特殊な加工をした箇所のみ電気が流れるようになるんだ」
「ドーピング?」
「うん。絶縁性のシリコンをちょっとだけプラスやマイナスに帯電させる。具体的に言うとシリコンにリンやホウ素を入れてくんだ。リンとかホウ素は肥料に使ってるぜ」
「意外と身近なもんで構成されてんのね……。入れるって、でもどうやってやんの?」
「本当はイオン注入法を使いたいけど、さすがに作れないなぁ……。というわけで、リンやホウ素の薬剤を手塗して、熱拡散で入れてく」
「手塗、なんだ。なんかそこって原始的なのね」
「量産工程ではさすがにもっと自動化かつ細線ができるようにするけど、とりあえずのプロトタイプはそうするってだけだ。んで、今はその前にどうやって原料となる純シリコンをつくるかってところになる」
「長い話ね」
ミリーが若干うんざりし始める。
対するエリナは熱心に話を聞き続けていた。
「まずは純鉄をつくったときと同じ工程を踏む。採掘してきたケイ石――酸化ケイ素を木炭と一緒に高温で処理して酸素を除去する」
「鉄の時も同じだったわね。酸化鉄をコークスで処理して酸素を除去してた」
「そうそう。そんでできる金属シリコンには微量の金属不純物が含まれる。ここに塩酸を入れてすべてのシリコンと金属を塩化物化するんだ。ここがすごく特徴的で、他の金属塩化物が液体または固体なのに対して、シリコンと塩酸が反応してできるトリクロロシランだけは沸点が非常に低い」
「そうなんだ。じゃああとは蒸留するだけってわけね」
「そう。まあトリクロロシランは超絶危険な毒ガスだから扱いは気を付けないといけないんだけどね」
二人が青い顔となる。
「で最後に、取り出したトリクロロシランに水素を入れて、千二百度で加熱することで、今度は塩酸入れた時と逆の反応を起こす。するとシリコンが単離されるんだ。この手法はシーメンス法って呼ばれてるぜ」
「紙の上で書くと簡単そうね。んじゃあさっそくやってく?」
「いやいや、まだ終わってないよ」
「え゛!? まだあんの!?」
「今作ったのは多結晶シリコン。次はCZ法で多結晶シリコンを単結晶化する。って言ってもやることは熱して結晶生成させるだけだけど」
「単結晶って、前やったあのクッソ難しい奴?」
以前結晶のことを教える際に単結晶生成はやらせたことがある。
単結晶と言えば、自然物だとダイヤやサファイヤなどの鉱物がそれに当たるし、やろうと思えば塩なんかでも簡単にできはする。
「そうだなぁ。身近なもので言うと、多結晶と単結晶の差は、冷蔵庫でつくった氷と雪だな。同じ水が固化したものだけど、氷は多結晶、雪は単結晶でできている。いや、正確には雪も多結晶のことがあるけど」
「同じだと思ってたけど違うもんなんだ」
「まあだいぶ似てるけどね。多結晶は結晶界面が存在するから半導体に使うには不向きなんだ。だから今回は単結晶をつくらなきゃならん。そこで、多結晶シリコンを高温融解させて、ドロドロに溶けたところに種結晶を浸けてからゆっくりと引き上げていく。そうすると単結晶シリコンインゴットのできあがりだ」
「言葉に聞く分には簡単そうだけど……」
「んまあ実際は装置ありきだな。お前らは装置の原理さえ知ってりゃいいよ。実際にやるときはボタンを押すだけだし」
「でもその装置の量産だってできるようにならないといけないのよね?」
「そうだよ。今は俺が創造魔法でつくるけど、将来的には装置の製造もできないと意味ないからね」
そんな風に言いながら、俺は扉のところに行って鍵をかける。
「な、なぜ鍵をかけたのでしょうか?」
「さて。二人にちょっと聞いておきたいことがあるんだけど、二人とも、覚悟はできてるかな?」
「な、なにがでしょうか?」「なにがよ?」
不安気な表情となる彼女らの元へと歩み寄り、真剣なまなざしで見つめる。
「今晩は二人とも寝かさないつもりでいる」
「「んなっ!?」」
途端にエリナとミリーの顔がリンゴのように真っ赤になる。
「ちょ、ちょっと! あんたいきなり何言ってんのよ!?」
「ね、寝かさないとは、その、えっと、あの、つまりは、そういうことなのでしょうか??」
あたふたとするミリーとエリナ。
「これからたぶん、俺らは過酷な状況に身を置くことになる。そのために、互いの気持ちを確認しといた方がいいと思うんだ!」
「で、でも、あたしたちって、まだ……」
まずはミリーの両肩を掴む。
「ミリー、俺は真剣だ」
「あぅ。で、でもぉ……。ァ、アサヒがいいなら……」
次はエリナの両肩を掴む。
「エリナ。本気なんだ」
「か、覚悟はできております」
二人の了承を確認し、俺自身も覚悟を決める。
「よし! そしたら張り切ってい行くぞ! 次はレジスト材だ!!!!」
ノリノリに述べる俺に対して、真顔に戻る二人なのであった。
「えっと、そしたら夜遅いし、また明日ね。エリナのばいばーい」
「はい、ミリーさん、お疲れ様です」
「おい! ちょっと待て! 寝かさないって言ってるだろ!」
鍵を開けて勝手に出て行く。
「アサヒ様、それでは私もこれで休ませていただきますので」
「待つんだ! 二人ともぉぉ!!!」
スタスタと部屋を出て行くエリナなのであった。
……まあ、悪ノリなのでこうなる結果はわかっていたが。
たぶん二人もその悪ノリにさらに便乗してきたのであろう。
まったく、お互いアホなことしか考えていない。




