過去の想い
その後、四人して何を喋るでもなく歩き続け、ピゼルケンの街へと帰り着くのだった。
セイラは状態が良くなったわけではないため、宿で休ませている。
回復魔法も当然使ってはいるが、この魔法は所詮自己治癒力を高めてくれるだけで、折れた骨をくっつけたり、割けた肉を繋ぎ合わせるには至らない。
しばらくは空き時間となったため、俺はあてもなく街をぶらぶらと歩くことにした。
普段ならこんなことしないのに、なんとも自分らしからぬ行動だ。
そんな時間が過ぎて、最後にたどり着いたのは小高い丘の上にある公園であった。
公園と言っても、子どもが遊ぶような遊具が置いてあるわけではなく、ただ広い草原があって、そこで家族がレジャーを楽しんだり、カップルが仲良くお喋りをしている。
ベンチに腰掛けてその様子を茫然と眺めていると、ミリーが隣に座って来るのだった。
「珍しいわね、あんたが公園なんて。明日は槍でも降るの?」
「……そうかもな。槍が降るなんて自然現象があるならぜひとも拝んでみたい」
「そんなこと絶対ないって思ってるくせに」
おどけてくる彼女に鼻で返事をして、また景色を眺める。
しばらく待ってみたのだが、彼女は何を聞いてくるでもなく俺を待ち続けている。
たぶん、このまま宿に帰ったところで、ミリーは何も聞いてこないのであろう。
彼女はちゃんと俺との距離感を理解してくれている。
――やっぱ優しいんだな、ミリーは。
だから、少しくらいは話しておくことにした。
「さっき、遺跡で見せたのが、俺がかつて使っていた兵装だ」
「……けっこうごついんだね」
「可愛い方だぜ? まだ装甲モジュールとか電磁兵装とか駆動系はつくれないから、ホントに最小限の部分だけだもん」
「まだあるんだ」
「創造魔法が不完全だからね。戦闘機にも余裕で勝てる地上最強ユニットだったんだよ」
「あたしはその戦闘機ってやつをまだ見たことないんだけど」
「はは、そうだな。戦闘機はまあその内見せると思うよ」
過去のことを思い返し、多くの戦いを脳裏に浮かべる。
「人型殲滅兵装、第一世代『飛翔』。俺たちの希望を込めた機体名なんだ。これが世界を変えてくれるって信じてた」
「……変えてくれなかったんだ?」
その返しが来るのは分かっていたのだが、それでも心臓に棘が刺さったような思いをしてしまう。
「最初は俺たちが優位だったんだ。でも、徐々に勝てなくなって、そのうち負けが続いて、ついには戦争に負けた」
空を見上げて、そこにある雲へと手を伸ばす。
その先にある過去の自分に向かって。
「そのあとはただ漫然と無色な生活を過ごしていたよ。そんなとき、俺はネトゲに出会って熱中したんだ」
手に何か触れたと思って視線をやると、そこには彼女の手が重ねられていた。
彼女の温かな手を感じながら、自身の胸へと手を当ててしまう。
そこにある冷たさとは大違いだ。
「ミリー……。その、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
そこから言葉が止まってしまい、戸惑う。
本当は言うべきではないことだが、それでも、彼女にはちゃんと説明しておいた方がいい。
ミリーのことを、もうただのNPCで済ませるわけにはいかない。
「この世界は、俺がやっていたネトゲっていうゲームの世界なんだ」
「ゲームの……?」
「ああ。俺は別の世界からやってきた。この世界のことをゲームとして何度もプレイしていて、だからどこにどんなクエがあるかを知っていて、誰が何を考えているかがある程度わかる」
「……創られた、世界だってこと?」
不安気な表情となる彼女の手を握り返す。
「そうだ。けど、俺が保証する。お前たちは間違いなく自分の意思で生きている。システムが残っている部分もあるけど、もうここは俺の知っている世界とはだいぶ変わってきているから」
「……そっか」
また黙ってしまい、ミリーは微笑むわけでも悲しむわけでもなく、ただただ漫然と景色を眺めていた。
「わりとすんなり受け入れるんだな」
「うん。アサヒが言うんなら、あたしは信じる」
「どうして?」
「だって、アサヒは嘘つかないもん」
「割と誤魔化すときもあるぜ?」
「そうかもしれないけど、基本は誠実だもん。……でも、そっかぁ。あんたはもうここに来たことがあったんだ。……ねぇ、あたしってそのネトゲには出て来てたの?」
「いや、エリナ、ライカ、カシュア、サラに、たぶんリューナもゲーム内で出会っているけど、ミリーには一度も会ったことがないと思う」
「ふーん。じゃああたしだけ初めましてだったんだ」
顔をほころばせて笑って来る。
「そうだな。こんなお転婆娘もいるんだとびっくりしたくらいだったぜ」
「誰がお転婆よ。会ったころはけっこう素を隠してたでしょ?」
「そうだったっけな?」
「何で適当なのよ」
手を握ってそんな風に小笑いしながら話し続ける。
彼女とは夕方くらいまでただただ駄弁ってしまった。
昔話をしたり、他愛もないことを言い合ったり。
そんな俺に彼女は小さく聞いてくる。
「あたしね……、あんたのこと、好き」
「それになんて返答するのか、ミリーはもうわかってるんだろ?」
「うん。でもちゃんと伝えておきたかった」
「そっか。……酷い男だな、俺って」
「そんなこと思わないわ。だって好きなんだもん」
なんて言ってくるものだから俺は「そうか」としか、答えられなかった。
「ねえアサヒ、言いたくなかったら答えなくていいんだけど、アサヒはかつて、何を変えたかったの?」
ふと彼女の方を見てしまう。
そこには、この問いの真の意味がわかっているかのような、ミリーのまなざしがあった。
だから、俺は答えるのが怖くて。
また同じ後悔をしてしまうかもしれないと思って。
それに、他ならない人間の彼女にそれを答えなければならない。
俺の手は自然と彼女の手から逃れてしまい、おまけに背まで向けてしまい、
「もう、変えなくてもいいことだよ」
と答えるのだった。
彼女の表情は見えないが、きっとミリーのことだ。
この答えが嘘であることもバレているのであろう。
でも、そう答えるしかなかった。
「……そう。じゃあ、当面はネトゲね。これからも文明レベルの引き上げを頑張らないとねっ!」
「ああ、そうだな。さっ、そろそろ宿に戻ろうぜ。セイラの容態が良くなり次第エミリュラに戻るか」
そのまま、彼女とは二度と手をつなぐことなく宿へと帰っていくのだった。
*
二日の休憩を経て、俺たちはエミリュラへと帰ることにした。
セイラの怪我からすると、本来であればもう少し休んでいた方がいいのだが、どちらかというと――、
「ああっ! いいっ! すごくいいわっ!!!」
セイラの嬌声が部屋中に響き渡り、三人してため息をついてしまう。
「あいつ、いちおう骨折してんだよね?」
「そうよ。本当は絶対安静なんだけど、セイラはむしろあれやってる方が元気になりそうね……」
「もうすでに苦情が何件も寄せられている」
セイラがそこいらにいる男を片っ端から食っていく始末であったため、さっさとこの街から離れた方がいいと考えたからである。
「おいセイラ、帰るぞ。お前もう元気そうだし」
「あらアサヒちゃん、ついに来てくれたのね。さあ、お姉さんとまぐわいましょうぉ!!」
見知らぬ男に馬乗りとなりながら、とろけた顔でそんなことを言ってくる。
「もう置いてこっかな……」
「ダメに決まってんでしょ。ピゼルケンの住人に迷惑がかかるわ」
「だよなぁ。よし、三人とも、やるぞっ!」
三人してセイラの元へと突撃し、セイラを袋の中に詰めていく。
興奮状態の彼女は当然俺やアルス目掛けて襲い掛かって来るのだが、過去に何度も襲われている俺らは対処方法をよく知っている。
俺たちの自由を奪わんとするセイラに対し、俺とアルスは二人がかりでそれを防ぎ、すかさず背後からミリーが彼女を捕らえて袋の中に詰め込んでいくのだった。
まるでプロの人さらいかのような手際の良さだ。
「まったく、なぜ車に乗るだけでこんな苦労をせにゃならんのか」
「仕方ないでしょ。こうなったセイラは独房にでも入れとかなきゃおさまんないんだから」
「前はそれで牢屋に入れてたら、見張りの男を言葉だけで落としたらしいな」
「思い出させないで。あんときはホントに阿鼻叫喚だったんだから」
牢屋を抜け出したセイラは溜まりにたまった性欲をぶちまけるべく、道行く男どもを手当たり次第に襲っていったらしい。
「今度性欲が鈍化する薬でもつくってみようかなぁ」
「頼むぞアサヒ。切実にそれは欲しい。お前とミリーがパーティから抜けたときは本当に大変だった」
セイラと二人っきりのパーティ。
「あー……。なんかごめん」
「あんときはミイラになるかと思ったよ」
なんて三人で談笑していたら、布を引き裂く音が聞こえてきた。
バリッ、バリッ、バリッ!
「う、うそ……」
「おいおい、マジかよ。ケブラーを千切れる奴がいるかよ」
袋詰めにされたセイラが卵からかえった魔物のごとくこちらへを睨みつけてくる。
「みんなったら酷いわ。行為の最中にいきなり止めに入るんだもん。そのせいで体は火照ったままだわ」
うっとりと頬を染めながら、俺たちを獲物のように眺めてくる。
「セ、セイラ、落ち着きなさい。場合によっちゃあ殴ってでも止めるからね!」
「ふーん。最初はミリーちゃんがお相手をしてくれるんだ。お姉さん、最近女の子でもいけるようになったのよね。可愛いミリーちゃんとなんて、ホント楽しみだわ」
「なっ! ちょっ! く、くるなぁぁぁぁ!!!」
その後、エミリュラへと帰るよりもセイラから逃げるのに必死となる俺たちなのであった。




