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SI単位系をつくろう!

エミリュラと周辺属国が超好景気へと突入したのは、エリナ製またはミリー製のエンジン販売を開始してからであった。

これまでほとんどの労働は人手、あるいは馬や牛を用いたものであったのに対し、鋼鉄と動力による労働力上昇は劇的なもので、さまざまなものの機械化が進んでいったのである。

中でも劇的に変化したのは交通関連で、馬車に変わる技術として、自動車や列車の開発は非常に盛んに行われていった。

そんな激動の時代を迎えたエミリュラ市長官邸におけるとある日。


「ミリー、ついにこの日が来たな。お前にとってはものすごく名残惜しいと思うけど、これはどうしても必要なことなんだ……! どうか受け入れてくれっ!」


非情に心苦しい面持ちとなりながら、ミリーへとお願いしていく。


「あー、はいはい。あたしとしては大喜びしたいくらいよ」

「だよな。やっぱヤダよな。本当に申し訳ないと思ってるが……、けど、これからエミリュラはどんどん発展していく。変化とは時に残酷で、時に儚いものでもある!」

「あっ、このリンゴ美味しいー。けっこう好みかも」

「だが! 旧来のやり方にしがみつくのは結果的に発展の妨げになるんだ! だから、変えるべきものはちゃんと変えなければならない!」

「エリナー、今から新しくできた喫茶店に行ってみないー?」


俺はミリーの両肩を持つ。


「ミリー! ついにSI単位系卒業だ!!」


感動の瞬間とばかりに言い放つも、ミリーはまるでウシガエルの鳴き声でも聞いているかのような表情となっており。

事態を見守っていたエリナは、ははははと笑って一切合切を誤魔化そうとしていた。


「さて、そういうわけで、今日は真面目にSI単位系をつくっていく。というかもう答えは知ってんだけどね」

「前からずっと気になってたんだけど、そのSI単位系ってなんなの?」

「国際単位系だよ」


国際単位系? と同じ言葉を繰り返しながら、二人の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいく。


「物理学における世界の基準みたいなもんだ」

「基準ねぇ。あるに越したことはないと思うけど、そんなに重要なの?」

「例えば、ミリーが一メートルの鋼鉄の棒が欲しかったとする。その時に、何を以って『一メートル』とすれば正しい値になるかってわかるか?」

「え゛!? 定規で測ればいいんじゃないの??」

「うわぁ……蛮族だ……」


イラッ!


「蛮族言うな!」

「はぁ……。ミリーさ、教えたと思うけど、物質には熱伸縮があるんだ」

「も、もちろんそんなの知ってるわよ! けど、熱伸縮なんて微々たるもんじゃない!」

「いやいや、これから俺らはミリからマイクロの世界に入っていこうとしている。知ってると思うけど、マイクロってのは髪の毛一本分くらいの太さね」


ミリーの銀髪を手に取って彼女の目の前に持っていく。


「熱伸縮だってそのオーダーになると結構影響あるんだ。今日と明日で定規の長さが違いますってのは困るんよ」

「むぅぅ。そ、そうかもしれないけどぉ……。と、というか勝手に触んないでよ……」

「え? 減るもんじゃないし別にいいだろ。っていうかお前髪の毛めっちゃ綺麗だな。まともなリンスすらないのに」

「「んなっ!!」」


二人して驚愕の声をあげながら、ミリーは恥ずかしさのあまり逃げるように離れていく。

それと入れ替わるようにエリナが眼前に迫って来た。


「アサヒ様は私の髪はどうなんですか?!」

「え? いや、エリナも綺麗だと思うk――」

「どっちが綺麗なんですか!?」

「いやいや、知らねぇよ。俺のボサボサの髪と比べたら綺麗だって話だよ」

「ちゃんと白黒つけて下さい!」

「つける必要性なくねっ!?」


迫りくるエリナを横によけてため息をつく。

なんだか無駄に疲れてしまった。


「はぁ……それで話を戻すんだが――」

「も、もぅ、アサヒは不意打ちでそういうこと言ってくるからズルいよ……」

「え? なんか言った?」

「なんでもない!」


蛮族ミリーにはたかれた。


「そう言うわけで、単位の基準ってのは絶対に確からしい値を使って行きたいんだ」

「具体的に言うとどんなのなのよ?」

「まず、単位を定めるために七つの定義定数を設ける。実はこの七つがあれば、世の中の基準はほぼすべて網羅できてしまうんだ」

「ちょっと待ってよ、単位ってあんたに教わっただけでも山のようにあるじゃない。オームとかモルとかケルビンとか。それも全部書けちゃうの?」


そうだよ、と言いながら、紙に七つの定義定数となるセシウムの遷移周波数、光の速さ、プランク定数、電気素量、ボルツマン定数、アボガドロ定数、視感効果度を記載していく。


「これらは絶対に確からしい値だってことがわかっていて、これによってSI単位を一義的に定めることができる」

「どれも見たことのある定数ですけど、そんなに重要だったんですね」

「うん。この定数が決まると、7つのSI単位である長さ、時間、重さ、温度、電流、光度、物質量が定まる」


二人が紙に書かれたSI単位を眺めていく。


「この光の速さというのは何なのですか?」

「おっ、エリナいいところに目をつけたね。これは長い間命題となっていた、『物の長さはどのようにして基準を設けられるべきか』って問題への答えなんだ」

「物の長さ、なのですね。先ほどミリーさんに一メートルの棒の話をされていて、いろいろ考えてみたのですが、私も答えが出ませんでした」

「だろ? だって物質ってのは環境に応じて長さが微妙に変わっていくもんなんだ。だから厳密な長さを規定するものとして物質は適切ではない。そこで、光の速さを使うことにしたんだ」

「私は光に速さがあるというのを始めて知りました」

「光ってのは滅茶苦茶速いから人間が視覚的に速さを捕らえることはできない。速さで言うと、月まで約1.3秒、太陽まで八分ってところだ」


あまりに突拍子もない話だったのか、エリナたちは難しい顔をしている。


「んで、一番重要なのは、『光速が一定である』ってことなんだ。これはアインシュタインっつー天才が見つけ出したすんげぇ法則なんだぜ!」

「いまいちよくわかんないんだけど」


ミリーが文句を言うように述べてくる。


「んまあ今は光速が必ず一定になるってことだけ覚えてりゃいいよ。んでそっから長さを計算してるってな」

「何となくわかったけど、速すぎる光をどうやって測定すんのよ? まさか定規で測るってわけじゃないでしょう?」

「そうだな……。んじゃあこれは宿題にしよっかな。光の速さを測定するためにはどんな実験をすればいいか? 必要なら俺が創造魔法で器具をつくってやるから、ちょっとやってみてよ。この前みたく、先に正解した方の言う事をなんでも聞いてやるぜ。あ、ただし俺のできる範囲でだからな!」


そんな風に焚きつけると、二人のやる気が業火のように燃え始める。


「ちなみに、俺が知ってる大昔のやり方だと、星を観察することで光の速度を計測したりしてたぜ。けどこれは誤差が大きくてあまりうまくいかない。割と簡単な実験手方で光速は測れるから、考えてみてくれ」

「負けないわよ、エリナ」

「そっちこそ、あとで文句言わないでくださいよ」


おでこをくっつけ合わせて視線で火花を散らせる二人は、俺からすると何とも頼もしい限りだ。

しかし彼女らは化学、物理、機械、電気と割と万能人間に育っている。


やっぱ才能あるんだなぁ、と感心してしまうのだった。



「ぐぬぬぬぬぬ……」


勝負の結果はエリナの勝利となった。


「ついに、やりました。私の勝ですね、ミリーさん」


にんまりと微笑むエリナはミリーにたっぷりと勝者の余裕を見せつけた後、俺の元へとやって来る。


「あーっと、先に言っとくけど、できる範囲のことだからな。ダメなもんはダメだからな」

「はい。わかっております。勝った時に何を願うかはすでに決めています。アサヒ様――」


存分に溜めをつくった後、エリナは上目遣いに願いを述べてくる。


「私と同棲してください」

「え?」

「はぁ!?」


一瞬思考が停止したかと思ったら、ミリーが猛反発してくるのだった。


「ちょ、ちょっとエリナ! エロいのはダメって言ってるでしょ! アサヒがそんなの認めないわ! 絶対にダメ! 同棲なんて絶対ダメ!」


俺とエリナはいちおう婚姻関係を結んでいるが、一つ屋根の下で暮らしたことが一度もない。


「ミリーさん、どうして同棲が卑猥なことと同義になるのですが?」

「だ、だって! そ、それはっ、その、えっと……」


声がどんどん小さくなってしまう。


「いや、そうは言ったってミリーの言ってることは半分くらい正しいと思うぜ? 一応年頃の男女だろ?」

「アサヒ様。私はそういった行為を一切行わないと約束します。ですので、同棲してください。単にアサヒ様と生活圏を共にしたいというだけで、互いのプライベートは守るつもりです」

「現時点でお前らは勝手に俺の部屋に上がり込んできてんだろ……」

「では今後許可なく部屋には入らないことにします」


エリナの改まった態度を見て、確認を行っていく。


「……ふーん。どういう心境の変化?」

「以前、セイラさんに言われた言葉に言い返せなかったので、素直にそれを認めて反省しただけです」


言われた言葉というのは、おそらくセルムの街を二人とデートしてた際に言われた言葉であろう。

押し引きが重要だとか何とか言っていたっけ?

なるほどたしかに、エリナのこの態度は押し過ぎとならないギリギリのポイントを攻めている。


「うーん……。変なことしたら追い出すからね」

「えぇ!? ちょっと! マジで認めるの!?」


ミリーが悲鳴を上げながら反対の声をあげるも、彼女を押しのけるようにしながらエリナは俺の目の前へとやってくるのだった。


「それでは、本日よりよろしくお願い致します。晩御飯は私の方で用意しますので」

「あー……うん」


なんだろう。

不安だらけだ……。

けど、ここまでしっかりと守るべきラインを言われてしまうと、断るに断り切れない。


こうして俺とエリナの同棲生活が始まるのだった。


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