ガラスをつくろう!
「さて、紙により基礎共用の教育が開始したわけだが、そろそろガラス製造に着手して行こうと思う」
いつものごとく自室で次なる計画を立てていると、勝手にミリーやエリナがあがり込んできていたため、彼女らに説明していくことにする。
こいつらにはプライバシーという概念がないのだろうか。
毎日のように俺の部屋に入り込んできて、勝手にこちらの作業を覗き込んできたりしている。
「ガラスってあんたが前に魔法で創って奴でしょ? あれって魔法じゃなくてつくれるの? あたしもガラスは首都で見たことがあるけど、あんまり量産できるもんじゃないわよ」
「いやいや、ガラスは材料を混ぜて高温で焼いて溶融するだけだから、やろうと思えば量産はできるはずだぜ。問題は任意形状のガラスをどうやって大量生産していくかにある」
「あ、それ知ってるわ。吹きガラスってやつでしょ。板にするのが難しいんだっけ?」
ガラスは製造よりも加工の方が難しくなる。
彼女の言う吹きガラスでは大きなサイズの板ガラスをつくることはできないし、ツギハギなんかで作ろうものなら、間違いなく不格好なものとなるであろう。
そもそも大量生産するものがツギハギというのはナンセンスだ。
「おお! 蛮族でも吹きガラスは知ってんだな!」
「殴るわよっ!?」
「ミリーの言う通り、吹きガラスだと板ガラスをつくるのが難しい。とくに大きな板ガラスをつくるのはまず無理と言ってもいいんだ。だからちょっと特殊な方法を今回は使って行く。その名も、フロート法だ!!」
怒りマークをつけているミリーを無視して、今回もガラス量産工場予定地となる掘っ建て倉庫に移動して創造魔法で必要な部材をつくり上げていく。
「お前ら、ガラスの原料って何か知ってる?」
「えっと、砂かな? なんて言う砂なのかは知らないけど」
「うーん。まあ半分正解かな。珪砂っていう砂が主成分だね。あとはソーダ灰と石灰も入れる」
「石灰は知っているのですが、ソーダ灰とは何なのですか?」
エリナから質問が飛ぶ。
「炭ナトだよ。炭酸ナトリウム。うーん、知ってるかな? 洗濯とかに使われてるかもしれないけど」
「むむむ、知らないです……。灰というからには木を燃やすとできるんですか?」
「少し違うかな。灰の主成分は炭酸カリウム。肥料の三要素の一つだね。対して、海藻類を燃やしてできた灰をソーダ灰っていうんだ。まあ、海藻ならなんでもいいってわけじゃないんだけどね。工業的にはソルベイ法でつくる。石灰石と塩とアンモニアがあればできるんだ」
石灰石は任意生産物として採掘可能だし、アンモニアはすでに量産できるようになっている。
「珪砂を溶かす高温の炉はすでに作り方を考えてある。問題はどうやってそれを板状に成型し、かつ大量に製造できるようなプロセスにしていくかにある。ドロドロに溶けたマグマを想像してくれ、これを綺麗な板状しながら、かつ大量に生産する方法のアイデアって何か思い浮かぶ?」
いつものように問いかけを振ると、二人は必死に頭を回していく。
最初のころはただ俺が話しているだけだったが、何度も繰り返すことでこの二人はめきめきと成長を遂げてくれている。
こうやって問いを振るだけで、いくつもの選択肢を頭の中で取捨選択しているに違いない。
その中でも彼女らが納得できるものが発言として飛び出してくる。
「「鋳型成型!」」
二人が同時に口を開き、そして視線をぶつけ合っていた。
この二人は俺の問いに対してどれだけ早くかつ正確に回答できるかを競っている節があり、最近は思考速度まで洗練されてきているのだ。
「うーん。不正解。大板の鋳型を用意して成型することもできるけど、もっと効率のいい大量生産法がある。そもそも、お前らってガラスの製造プロセス知ってたっけ?」
「……えっと、原料を高温で溶かして、それを成型した後、徐々に冷却させる、だっけ?」
「そうそう。ポイントは徐々に冷却させるところなんよ。急冷するとガラスは割れちゃうからね。鋳型を使うと鋳型も徐冷させなきゃいけないだろ? 冷却している間、鋳型は他の製造に使えない。すると大量生産するためには大量の鋳型を持たなきゃならんくなる。不向きだと思わない?」
二人がムスッとした顔となるも、反論を飛ばしてくるわけではない。
だが、しばらく時間をおいても答えが出てこなかったのでこちらから提示することにする。
「答えはこれだよ」
創造魔法で適当にトレーを用意し、そこに水を張ったあと、油を垂らしていく。
すると、水に浮かぶ脂の膜ができるのであった。
「イメージとしてはこれかな。フロート法。溶けた液体のガラスを別の液体の上にフロートさせて浮かせることで、液体同士の表面張力を使って成型していくという方法。これなら平らな膜が作れるんだ」
「ちょっと待ってよ。徐冷が必要なんでしょ? 水の上になんて浮かしたら急冷されちゃうんじゃないの?」
「その通り。だから浮かせるのは水の上じゃない。錫の上なんだ」
「錫……!?」
突拍子もない発言にミリーたちは眉をひそめる。
「そう。はんだの主成分であり、融点が低いこの材料は水と油のように液体ガラスと混合することがない。高温で溶融させた錫のバスをつくって、その上に液体ガラスをフロートさせることで板状のガラスを連続成膜することができるんだ」
「はへー。なんか……すごい発想ね。まったく思いつかなかったわ」
「私もです。そんなやり方、よく思いついたものですね」
「よし! んじゃあ今日はその製造ラインをつくっていくぞ!」
作業を行いながら、ガラスの特性に関して二人に質問していく。
「二人ってガラスがなんで透明なのか知ってる?」
そんな風に問いかけると沈黙しか返ってこなかったので、説明していくことにする。
ここらへんは基礎知識がないとわけがわからない話であろう。
「ガラスが透明になるのは非結晶だからなんだ」
「非結晶……? ってなに?」
「まあそこからだよな。例えば、ビー玉があったとする。……って言ってもビー玉がわからんか」
そう言って、色のついていない透明なビー玉を創造魔法で創り出して二人に手渡して見せる。
「その玉を瓶いっぱいに詰めたら、向こう側は見通せると思う?」
しばらくの思考の後、二人は首を振って来たので、実際に創造魔法で瓶とビー玉をつくって実演してみせる。
彼女らの予想通り、ビー玉の敷き詰まった瓶では向こう側が見通せなかった。
「ビー玉は、一個一個は向こう側を見通せる透明なものだ。でもビー玉の界面で光は屈折する。光ってのは物質の界面で必ず曲がる習性がある。ビー玉をたくさん入れてしまうと、ビー玉→空気→ビー玉→空気……と何度もビー玉と空気の界面を通ることになってその度に光は曲がることになる。すると向こう側は見通せなくなってしまうんだ」
「うーん……いまいちわからないんだけど」
「例えば雪って白いだろ? 雪も実際一個一個の結晶自体は透明で向こうが透けて見えるんだ。けど、積もった雪は白く見えるだろ? あれは結晶の界面がたくさんあるからなんだよ」
二人とも首を捻っているが、そのまま説明を継続する。
「んじゃあ、雪の代わりに水を瓶の中に入れたらどうなると思う?」
「見通せると思うわ」
「だな。瓶に水を入れたら向こう側は普通に見える。水の中に界面は存在しないから、光が曲がる現象は液体表面のみになる。ガラスも同じように、非結晶のような不規則かつ連続性のある状態にすれば透明になるんだ」
「うーん……わかったようなわかんないような……」
「まあ現段階では非結晶だからガラスは透明ってことを覚えておけば大丈夫さ。光学は滅茶苦茶奥が深いから、ハマるとヤバいことになるよ」
「どうヤバいのかは聞かないでおくわ」
肩を竦めてくる。
「うーん、そうだなぁ。そしたら宿題出しとくよ」
「宿題?」
「近いうちに鏡を量産できるようにしていくつもりなんだけど、鏡はさすがに知ってるよな?」
「持ってるわよ」
そう言って手の平サイズの手鏡を取り出してくる。
この世界では比較的高級品であるというのに、さすがは元貴族と言うだけある。
「じゃあ問題ね。鏡はなぜ姿を見ることができるのでしょうか? という問いに科学的に答えられるようになっといてね。正解できたら、そうだな……。なんでも一個、言う事を聞いてやるよ」
その言葉を発した途端、ミリーとエリナの目つきが変わった。
二人とも殺人鬼のようなオーラをまといながらこちらを見てくる。
「アサヒ様、何でもと言いましたね? 本当に何でもですよ。訂正できませんからね」
「なんでもってことはなんでもよね。なんでもいいのよね」
えぇぇ……。
「いや、二人ともこえぇよ。そうは言ったけど、できないことせがまれても無理としか言えないからな。あくまで俺のできる範囲でのことだ」
「わかりました。ミリーさん、勝負です。私、絶対に負けるつもりはありませんから!」
「こっちこそ、エリナに後れを取るつもりなんてないわ!」
火花を散らせる二人を横目に、作戦が上手くいったと小さくガッツポーズをつくる。
鏡の反射を説明するには電磁気学と化学の両者を理解している必要があり、難度はかなり高い。
二人がこの問いに正解するのは恐らく不可能であろう。
一方で、問題を解くためにこれらへの理解が進めば、今後二人に任せられる仕事も多くなるというわけだ。
我ながら悪いことをしている。
「そしたら、俺が適当に書いた電磁気学と化学の本を置いとくから、自由に呼んでいいからね。本を独占したらその段階で不正解とするから、ちゃんと譲り合えよ」
かっさらうように二人は二冊の本を一つずつ奪い取っていき、貪るように読み始めていた。
さてこの問題をいつ出すことにするか。
あんまり早いと意味がないけど、遅すぎても仕方がないから、一か月後くらいかなぁ、なんて思うのだった。




