紙をつくろう!
クレイグラスから帰って来て、だいぶ時間が経ち、季節は秋。
ロド村の発展は軌道に乗りつつあり、流入人口もだいぶ増えてきた。
生物重機の魚人と蜘蛛人は開墾作業と、土木・建築作業で大きな成果をあげてくれており、生活状況は安定してきたと言えよう。
水は浄水設備を拡大することで問題なく確保できており、生産設備群に関しても、クレイグラスからやってきた生徒たちに学をつけさせて何とか面倒を見させている。
鋳金技術に関してはピカールたちと共に改良中だ。
鋳金はまだまだやるべきことが多くあって、現状では俺の創造魔法頼りとならざるを得ない。
最低でもステンレスくらいはつくれるようになってもらわなければ困るが、それはもう少し先の話だ。
「次は何と言っても紙だな!」
書き上げた設計図を満足気に眺めていると、ミリーが覗き込んでくる。
「前に創造魔法で作ってたじゃない? あれじゃダメなの?」
「はぁ……。相変わらずミリーはミリーだな。たしかに蛮族は情報化社会を生きないその日暮らしの奴らだから、それでいいよな」
イラッ!
「なんであたしがいきなり貶されなきゃいけないのよ!」
「ミリーさ、創造魔法に限界があることくらいはわかってるよね?」
「そ、そりゃあもちろん」
「なら今後起きうる紙の使用量に対して、創造魔法では明らかに供給量が足りないってわからんかね」
「で、でも、ロド村は今紙なんてほとんど使ってないじゃない!」
はぁ……、とわざとらしくため息をつく。
「今後大量に使うようになるんだよ。お前らやクレイグラスからやってくる生徒だって増えるんだ。そいつらが勉強するために紙があった方が断然効率がいいだろ? それに教科書はどうする? 人を配置するよりも、本を量産できる方が教育効率も圧倒的によくなる。そいつらが新たな発見をした時、さらに新しい本が出れば、より教育の質が高まる」
「む、むぅぅ……。そ、そうかもしんないけどぉ」
「紙の量産は文明発展に必須のアイテムなんだよ。それに対して、今のこの世界における紙は粗悪で生産量も脆弱ときた。おまけに値段も高い」
すでに入手済みのこの世界で生産された紙を取り出して見せる。
「上質とまでいかずとも、普通の品質の紙を大量に生産できるようにして、世界中に安値で普及させる。これでロド村のみならず世界全体の文明レベルは向上ができるってわけさ」
そう説明すると、ミリーは渋々とそれに納得していく。
「よし、そういうわけで紙の製造工場を今日も創造魔法でつくっていくぞ!」
エリナも加えて、生きた重機ことライカにまたも掘っ立て倉庫を立ててもらい、製造ラインをつくっていく。
「さて、二人は紙がどうやってできているか知っているか?」
「麻か羊皮ね。アサヒの言う通り、生産量はそこまで多くないわ」
「さすが高等教育受けてるだけあるな。現状だとその通り。まあちなみに、羊皮紙は定義で言うと紙じゃないんだけどね。じゃあ問題。紙に必要な機能って何だと思う?」
藪から棒の質問に二人は首を傾げてしまうが、やがてミリーが答えてくる。
「……インクで字がかけるとか?」
「正解。じゃあ、字が書けるって技術的にどういう事?」
「え゛?! うぅ~……さすがにわかんない」
「インクが染み込めるということではないでしょうか」
エリナが代わりに回答する。
「正解。インクが紙に染み込めないものは紙としての機能が果たせない。ホントは、染み込むって技術的にどういうこと? って深掘りをさらにやってくんけど、今は後回しにしよう。じゃあ他に必要な機能って何がありそう?」
「薄い、とかはどうでしょうか?」
エリナがすかさず回答。
「正解かな。文字を書くだけなら実は紙じゃなくても、板でも何でもいい。けど、紙はやっぱり薄くあって欲しい。本にしたいし、持ち運びも考えると薄い方が便利だからね」
こんな具合に、紙に必要な機能を彼女らに挙げさせる。
「いいかミリーとエリナ。ものをつくる手順ってのは必ず今やったステップになってる。今回はすっ飛ばしたけど、まず使いたい人たちの『要望』ってのがある。本当は聞いて回るべきだ」
「紙の要望を聞くの?」
「ちょっと違うな。強いて言うなら生活への要望や課題かなぁ。まあでもロド村は全てが足りてないから、ここは今はだいたい飛ばしていい。そんで、それが意味するところの『機能』を洗い出す。次に機能を実現するための『技術』をつくる。ものづくりってのは必ず要望→機能→技術って順番になるんだ」
「要望→技術ってやっちゃダメなの?」
「あまりお勧めはしない。機能を実現する技術は必ずしも一つとは限らないからだ。視野を狭めないためにも、まず何を実現したいのかを明確にした方がものづくりはうまくいくことが多い。技術から要望に当てはめていくなんて絶対にやっちゃいけないことだ。……まあ、往々にしてあるんだけどね」
二人して俺の言葉を噛み砕きながら思考を重ねているようだ。
「さて、そしたら一番重要な機能となる『インクが染み込む』だけど、これはどういうことだかわかる?」
「うーん……。布みたいに、隙間がいっぱいある、とか? そういえば、ガスマスクのときに言ってたじゃない。凹凸がいっぱいある方が物が囚われやすいって」
「おおっ! 半分正解! ミリー今日は冴えてるな」
「今日はって一言が余計よ」
なんて言いながらも、ミリーは嬉し気にしていた。
対するエリナは、隠そうとしているが、悔しさが顔に出ている。
最近気づいたが、エリナはこと勉学に関してかなり負けず嫌いだ。
こだわりを持つのは科学者として悪くないことだぞっ、と心の中で彼女を励ましておく。
「インクのような液体は布に限らず細かな穴であればどこにでも入っていける。人間の皮膚も、木や植物も、基本的には多孔性――細かな隙間がいっぱいある状態となっているから文字が書ける。一方で、真っ平なプラスチックとかはかなり書きづらい。まあ、油性なら書けちゃうんだけどね」
プラスチックとか油性とかいう見知らぬ言葉に眉を寄せながらも、二人ともそれをスルーしていく。
「金属とかに文字が書けないのってそれが理由なの?」
「親和性の問題だね。インクに馴染みやすい材料と弾きやすい材料ってのがあって、当然弾くものはうまく書けないんだ」
「ってことは、インクが染み込むために必要な状態は、隙間があって親和性が高い材料と言うわけね」
「そう。ここまでわかればさっきの機能と技術の話がわかるだろ? 紙の技術と言えば麻か羊皮だと思っている人間だと、どうやっても麻か羊皮を改良しようとしちゃうんだ。けど、今ミリーの言った機能を実現する技術、という考え方をすると、最善の答えは必ずしも麻か羊皮とは限らない」
「なるほどねぇ……。でも具体的にはどうやるの?」
「ホントはそれを探索するフェーズがあるけど、今回は俺が答えを知ってるからすっ飛ばすと、木材を使う。木材って実は細かいセルロースっていう繊維がガチガチに結合してできたものなんだ。この結合を解いて行って、バラバラになったセルロースをつくる。それをうすーく成膜して乾燥させれば、目には見えないほどの多孔性の薄膜、すなわち紙の出来上がりだ!」
そんな風に説明しながら製造ラインを創造魔法で作っていくと、二人は興味深げにその装置群を眺めていた。
「最初からずいぶん大きいのですね」
「最初は木材を細かくチップ状に破砕して、それを化学蒸解していく。さっき言ってたセルロース同士の結合を薬品で破壊してく感じかな」
「セルロース、とはどのようなものですか?」
「ものすんごく小さい糸みたいなもんかな。目には見えないレベルの小さい糸だとおもってくれ。それを次の工程で洗浄していって、比較的綺麗なセルロースを取り出す」
しばらくの作業の上で、綿状になったセルロースを手渡して見せる。
「ほへー。木からこんなのができるんだ」
「私も驚きです。綿花に似てますが、綿花だと紙はつくれないのですか?」
「おっ! いいとこに気付いたね。つくれるよ。綿花も主成分はセルロースだから。紙を使うのは単純に生産性がいいからなんだ。ちなみに木材から衣服をつくることもできるよ。効率が良くないけどね」
「木の服ってあまり着たくないですね」
「触ったことないけど、まあまあいいらしいよ。……んで、これだとまだ茶色いだろ? これを白くするために、漂白装置で薬品を使ってある程度脱色をしていく。正直完璧な白をつくろうとすると大変だから、今は多少茶色くなるけど、そこは我慢する」
できあがったものはだいぶ白に近づいたが、茶色がかった綿状のセルロースだ。
「次は抄紙工程。正直複雑なロールトゥーロール工程は創造魔法だと微妙なのしかできないから、ここらへんは簡易なものとしていく。セルロースを水に分散させて、ほとんど水のセルロースウェット膜をつくる。それをシートの上にのせてプレスロールして水を絞ってくと」
「プレスロール……ですか?」
「見た方が早いよ」
彼女らの目の前でつくっていく。
二つのローラーの間にシートが入っていくようになっており、紙の厚さへと絞られるようになっている。
「濡れた膜をロールとロールで挟むことで、水を絞っていくんだ。これなら水を切りながら、紙を所望の厚さに成膜できる。……ただ、ロール間のギャップ調整が創造魔法だと限界があるんだよなぁ……」
なんて言いながら、試行錯誤を繰り返すこと二時間。
ようやく満足のいくロール間ギャップとなる。
「よし! これで行くぞ」
「ずいぶん長かったわね……」
「仕方ないだろ。膜厚調整がむずいんよ」
「さいで」
「あとは乾燥させればロール紙が完成だぞ!!! 加えて最後に、これを裁断していけば普段使いの紙の出来上がりだ。じゃじゃーん!」
そう言って、できあがったものを二人へと手渡す。
「……すごいわね。私がこれまで見てきたどんな紙よりもよくできてると思うわ」
「私も紙をそれほど見たことがあるわけではないですが、記憶にあるどの紙よりもよくできているように思われます」
「だろ! んまっ、この工程もどうせ動かしてみると不具合だらけだろうけど、そこらへんの調整はまた今度だな。良品率をあげて教育をどんどん広げていくぞ! ついでに余った分は外に売り払って外貨の獲得だ!」
「あんたもう既に衣類の販売でかなりの儲けてるんでしょ? セルムの街で聞いたわよ? ほとんどの衣服屋が商売あがったりになってるって」
「だろうな。生産速度が段違いだから、価格で圧倒的に有利になるからね。職にあぶれた奴らはみんなロド村にくればいい。そうすれば俺がいくらでも仕事を斡旋してやれるからな!」
「……はぁ。なんて言うか、前向きね。これって必ずしもいい話だけとは限らないわよ」
「知ってるよ。既得権益を持つ人からすれば面白くないってことくらい。いつの時代も、支配者階級の特権が脅かされると戦争が発生してきたからね」
そんな風に答える俺に対して、ミリーは訝し気な視線をよこし続ける。
「……そう。まあ、わかってるならいいわ」
「うん。まあ、心配すんなって。何かあったら対処するからさ」




