クレイグラス学園
翌朝、別の宿に泊まった俺は翡翠の隠月へと帰る。
部屋に入ると、二人ともすでに起床していた。
「あ! アサヒ様! どこに行ってたんですか!」
「どこも何も、お前らに身の危険を感じたから娼館に行ってたよ」
「しょ、娼館……っ!?」
エリナが青ざめながら膝から崩れ落ちてしまう。
「わたし……娼婦に……負けちゃったの……」
「なんじゃ、わらわたちでは不満じゃったのかの?」
「ちげぇわ! もう寝泊りできるとこがそこしか空いてなかったんだよ! 娼館は金さえ払えば絶対に手を出して来ない。むこうは商売だからな! でもお前らは金を払ったところで手を出してくんだろ!」
「ふーむ……。アサヒの男性としての機能が正常であるかに疑問が湧いてきた」
「人を異常者みたいに呼ぶなや!」
部屋へと入り込み、ドカりと椅子に座る。
「お前ら、今後許可なく俺に手出したら絶対許さないからな」
「アサヒは無欲じゃのぉ。人間の感性をよくわかってはおらんが、わらわやエリナは健全な男からすれば魅力的なのではないのかの?」
「リューナは平気で子種とか言っちゃうあたり痴女感があるけど、まあ確かにそうだね。でも俺そういうのに興味ないから」
「むぅ……。ならばアサヒをいかにその気にさせるかが今後の課題というわけか」
「そんな課題意識、持たんでくれ」
なんてことを話していたら、ノック音とともに扉越しに声がかかる。
「アサヒ様、おはようございます。翡翠の隠月の受付の者です。ペトリア国の外交官セオール・ティグマ様がお見えになっていて、アサヒ様にお取次ぎいただきたいとのことなのですが、いかがいたしましょうか」
さっそくお客さんが来たようだ。
「これが狙いじゃったのかの? コンテストに出場できなかったゆえ、人々の注目を集める行動をとっておったんじゃろう?」
「おっ、よくわかったね。そうだよ。さっそくそのお客さん第一号が来たってわけだね」
「では、話を聞いていくのかの?」
「いんや――、」
そのまま扉に向かって
「用はないから帰ってもらってくれ」
と述べるのだった。
「……なぜじゃ? 話だけでも聞かんのかえ?」
「国の外交官なんて、話さなくとも内容が見えてるよ」
「どのような内容じゃ?」
「国のために戦えとか、騎士になれとか、武器を売れとか、つくれとか、そんな話だよ、たぶん」
「前者はともかく、最後のは良いんではないかえ? 国がバックアップすれば金も人もつくことになろうて。アサヒが目指しておる科学者? とやらも手に入るんではないのかの?」
「ダメだね。そこで教育した人たちは将来その国に貢献しろって話になる。俺がやりたいのはそういうことじゃない」
「むぅぅ、そうなのかの」
同じような人物からのお誘いをことごとく断り続け、それが五回ほどあった後であろうか。
正午の金がなる手前くらいで、ようやく目的の人物が現れる。
それは純白のローブに金の刺繍が入ったとても美しい人物であった。
オーラとでも言うのであろうか。
別に視覚的に何かが見えているわけでもないのに、彼女からはそれが発されているように見える。
体のほとんどを修道服で包んでいるというのに、僅かに見え隠れする金髪やその絶えない笑顔からは、この者が絶世の美女であることを示していた。
「お初にお目にかかります。この度はお忙しい中お会いしていただいたこと、誠にありがとうございます」
「前置きはいいよ。俺も会いたいと思ってたから」
そう。この人こそ、俺の目的の人物だ。
まさかこんなに早く会えるとは思っていなかった。
ミストラルバースオンラインでも世話になった、このクレイグラスにおいて最も重要なNPC。
「わたくしはサラ・ストューナと申します。クレイグラス魔法錬金学園の学長を務めております」
学園都市クレイグラスという名の通り、この都市には巨大な学園が存在している。
そのクレイグラス学園には多数のクエストが配置されており、普通にゲームをプレイしていれば、ここで数多くのイベントをこなすことになるのである。
中でも、学長サラとは関わる機会が多く、NPCの名前をいちいち覚えないようなプレイヤーであろうとも、サラの名前くらいは覚えていることであろう。
ゲーム内では、この世界で最も美しい人物という設定となっていたが、それも嘘ではないようだ。
かつてイエス・キリストはかめに入った水を葡萄酒に変えるという奇跡を成したそうだが、絶えず微笑を浮かべる彼女の姿立ち振る舞いは土を小麦に変えてしまいそうなほど神々しいものであった。
「アサヒ・テンドウだよ。よろしくね」
「よろしくお願い致します。それでは、さっそくご用件をお話させて頂こうかと存じます。アサヒ様は複数の凶悪な魔物をお一人で倒されたとのこと。単刀直入にご用件を申させて頂きますと、どうしても倒して頂きたい神敵がいらっしゃいます」
……。
あー、そのパターンか。
何が来るかと思ったら、一番難度の高い奴かよ……。
「すまんがその依頼はすぐに達成できない。他の依頼でお願いできないか?」
そう述べると、サラは目を細めてこちらを品定めするように見つめてくる。
「……まだ何を討伐するか申しておりませんよ?」
「アサヒは未来を予知する力を持っておる」
横にいたリューナからそんな忠告が入る。
間違ってはいるが、ゲームでやっていたから知っているなんて言い訳は意味不明であろうし、わざわざ訂正するのも面倒なので、その勘違いにあやかることにしよう。
俺は何も言わずに彼女を見つめ続ける。
「では、わたくしが何の討伐を依頼しようとしていたか言い当てて頂けますか?」
「悪魔でしょ?」
サラがややも目を見開く。
彼女の着ている修道服が示している通り、彼女は神を強く信奉している。
その敵対勢力となる悪魔は、サラからすれば意地でも滅ぼしたい存在なのだ。
「……さすがでございますね。では将来的に倒して頂く、という依頼をさせて頂けないでしょうか?」
「将来的に?」
「はい。あなた様が倒せる状態になりましたら、その時に依頼をこなして頂ければ構いません。仮押さえ契約とでも言いましょうか。もちろん報酬に関しましては前金もご用意いたします」
「うーん……。他の依頼じゃダメなの? まあ別に悪魔でもいいけどさ。他にもあるでしょ? 天空塔の件とか、地下に封印してる魔物の件とか、あとは迷宮洞窟のとか」
サラが今度こそ目を大きく見開く。
「……そちらを知っている者はわたくしを除いて数名しかおりません。どのようにしてお知りになったのですか?」
「さっきリューナが言ってたでしょ」
サラは目を細めながら、こちらに対する評価を決めかねている様子。
だがその態度も、徐々に軟化していくのだった。
「そうですか……。ですが、これらの依頼をあなた様には致しません。わたくしは悪魔の討伐こそをアサヒ様にしていただきたいと考えております」
「断るかもよ?」
「そのようなはずはございません。先ほど『他の依頼でお願いできないか』とあなた様はおっしゃられておりました。あなた様もまた、わたくしとの関係を切りたくはないということでしょう?」
「その通りだよ。俺はサラとの関係を継続したいと思っている。わかった、じゃあその依頼を受けるよ。けど条件がある。まず、報酬として金は要らない。代わりに学園で定期的に俺らのことを宣伝させて欲しい。場合によっては生徒を俺たちの村に招くことも許可して欲しい」
「承諾致します。ただし、契約が履行されるまで、わたくしはあなた様に同行させて頂きたく。悪魔討伐のために進捗があるのかを傍で見させていただければと思っております」
「それは問題ないけど……、俺らロド村に帰るけどいいの?」
「ではわたくしもロド村へと移住いたしましょう」
いいのかよ。
学長が学園を放棄するとはこれいかに。
サラが同行するなんてパターンはゲームにはなかったが、何か通常とは異なるルートに入っているのだろうか?
そもそも悪魔討伐のクエストは前提のクエがいくつも存在してたはずなのに、いきなりそれが解放されているのも変な話だ。
……ただ、この世界はミストラルバースオンラインとは異なる点がこれまでもいくつかあった。
これもその差異なのかもしれない。
「エリナたちもこれでいいよね?」
「アサヒ様のお決めになったことでしたら」
「おぬしが決めることじゃ。わらわは一向にかまわん」
「よしっ! じゃあ、今後ともよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願い致します」
サラと握手をし、正式に契約書を起こしてサインをすることとなった。




