14:ん。これが太古の魔王(ツァトリー視点)
「ん……ほんとにおっきい。でも封印されてた訳だし、ボクでも倒せるでしょ」
『貴様……我ヲ見下シタナ? ソノ傲慢サ、モシヤ――!』
「うるさい。隕石」
生意気にも見下されたとか言って騒ぐので、とりあえず一発隕石を打ち込んでみる。も、もちろん小手調べの意味もある。
『クハハハッ、コノ程度カ? 所詮ハ生意気ナタダノ小娘トイッタトコロカ。魔力刃!』
巨大な青白い刃がボクに向かってまっすぐ飛んでくる。
これくらい避けるのは容易いけれど、ネビュトスの島を荒らすのは怒られちゃいそう。だったら選択すべきは防御。
「魔力盾っ……!」
魔力の量で無理やり止めてるから消耗が激しい。しかも広い面積で展開しているのだからなおさら。
「天翼!」
防御するよりは、と魔術により純白の翼を広げ空中戦にすることにした。それなら被害も抑えることができるだろう。さっすが賢いボクだ。
それにしても、島の全景が見れてとっても綺麗だ。今度ネビュトスにも見せてあげよっと。
『フン、余裕ソウダナ? 黒矢雨!』
「ん、そんなの大人しく食らう訳ないでしょ。天鎧」
魔王が発動した魔術により、黒い矢が大雨のように《《前から》》降り注ぐ。数千もの矢を前にしたボクは、防御魔術である天鎧を展開する。
ボクの身体には金色を基調とした鎧が装着され、同時に周囲にボクを囲うように薄い水色のバリアも展開される。
『ホォ、ソノ魔術ハ……! 貴様、中々ドウシテ《《不可思議ナ身体》》ヲシテオル。面白イ。我ガ軍門ニ下ル気ハナイカ? 歓迎シヨウ』
「…………はぁ? もういいよ、そんなこと言うのならもういらない。容赦もしない。生ぬるいことはしない。ネビュトスを侮辱した罪、ここで贖え!」
ふん、不敬で無礼で失礼な奴だ。そんなやつにはボクの「とっておきで最強」を食らわせてやる。
『チッ、ナラバコチラモ出シ惜シミハセン! 神薙流太刀術奥義、落葉絶斬!』
眼前の敵の口調が突然変わったような気がした。その違和感に思わず一瞬手を止めるが、なんとかそれを抑えこちらも技を放つ。
「死ねぇっ! 縛鎖光輪! 蝕血流酸!」
しかしボクの方がやはり一歩遅かった。
魔王の腰の辺りに長い炎が生まれた。そこから、玉のように美しく輝く炎の――どこかで聞いた「刀」というものによく似ている気がする――剣を抜き、一閃。魔王の攻撃からは炎の斬撃が生まれ、ボクらの居城へと飛んでいく。
その直後、ボクの魔術が発動した。
光輪が魔王の両手首に巻き付き締め上げる。中空には対になるように光輪があり、両方とも鎖で繋がっている。その光景はさながら罪人を捕らえたかのよう。
――しかし、結局遅いのだ。
魔王の身動きを封じたところであの斬撃は止められない。あの居城へ、刻一刻と迫っていく。
世界の動きがゆっくりになっていく。冷や汗が止まらない。心臓の動きが激しくなっていく。血の気が引いていく。
それは失敗から生まれた現象ではない。そんな陳腐なものではない。ただネビュトスに怒られるのが怖いのだ。見放されるのが、見捨てられるのが怖いのだ。彼に特別な感情がないとは言い切れないが、それだけではない。
もしあの城が壊れてしまったら。もし彼らに危害が及んだら。弱っちぃアリアが死んでしまったら――――きっとネビュトスは……
現実逃避したくなった。全てを捨てて逃げてしまいたくなった。
けれど現実は残酷。斬撃が城へと迫り――爆ぜた。
爆音が鳴り響き、空中にいるボクに爆風が襲いかかる。
飛ばされる訳では無い。それほどボクは弱くない。
しかし頭の中は真っ白になる。そのせいでしばらく呆然としていた。
だが、苦痛に満ちた悲鳴が聞こえてきたことで現実に引き戻されてしまう。
それはあの魔王の声。原因は分かり切っている。ボクの魔術によるものだ。だってその苦しみの声は幾度も聞いたから。
この魔術を使うたび、皆同じような声を上げるのだ。これを使って苦しまなかった者はいない。だってこれは《《血管に硫酸を流す》》魔術。
体中に穴が開き、大やけどを負い大変な苦痛を受ける。相手が弱ければやけどじゃ済まず、全身が溶けて死ぬ。
城のことは一旦頭から追い出し、魔王のことだけを考える。
「さぁ……苦しみながら溶け去れ!」
『クッ……イダイ……シカシ……マダ……!』
「嘘だろっ!?」
苦しみもがいているはずだ。身体の中から耐えようのない苦しみが絶えなく襲い続けているはずだ。なのに。なのになぜっ!!!
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!」
いつもの自分ではないことくらい気づいている。でも内側に眠る傲慢で非道な――ボクの本性が、抑えられずにはいられなかった。
次の瞬間、ボクの視界いっぱいに現れたのは魔王――ではなく、骸骨だった。




