92話
「今回の計画……ハミィを拉致するにあたってあなたにお願いがあるの」
「えっと、改まってなんでしょうか?」
お母様の面接を切り抜けて、やっとわたしの部屋で二人っきりになれたのでマリアに頼み事をすることにした。
「【魔法使い】さんの力を借りるしハーモニーちゃんには決して乱暴なことはしませんけど、やっぱり拉致なんて手段は過激ですよね。別の方法を考え……」
「あ、そういうことじゃないの」
「違うんですか!?」
妹を怖い目にあわせたくない気持ちはあるし、忌み嫌われている【死霊術師】の力を見込んでくださった皇帝陛下の計画を邪魔する申し訳無さは苦しいほどだが、この計画を阻止しないと【トゥルーエンド】に行けない以上そこは諦めなければならない。
だから今頼みたいことは一つだけである。
「ハミィの拉致に関してわたしが関わったという証拠を隠滅してドミナント・テンション家は一向に被害者ということにしたいのよ」
「直球に保身ですか!?」
ずばり言い切られてしまった。
いや、わかってるよ?その通り保身でムーサ師匠並みの背信行為だって。
でも仕方ないじゃないか、主君の信頼を失ったら没落への道が開けちゃうんだから!
わたしだって出来ることなら皇帝陛下に真の忠誠を尽くしてドラゴン使い【死霊術師】万歳したいよ!!
「この件でお父様への信頼が揺らいでしまったら被害を受けるのはドミナント・テンション家だけじゃないの、縁戚や親交のあるオクターヴとブルースの将来にも影響するのよ。わたしにはそんな責任とても背負えないわ」
「そんなこと言われましても……大体証拠を隠滅ってどうやるつもりなんですか?」
それは簡単な話である。
ムーサ師匠の力を借りて計画を実行するということは既存の捜査方法で犯人を特定するのは不可能ということ。
被害者であるハミィにはこの際全ての事情を話して口裏を合わせてもらうことにする。
そうすれば架空の犯人をでっち上げることが可能となる。
「つまりあなたに神座を譲ってこの世界からいなくなる【地母神ヴィルトゥオーソ】に罪をなすりつけてしまえば犯人逃亡で話を終わらせることが出来るのよ」
「神様相手になんてことを……」
「でもドラゴンの死体を兵器化する計画を見抜いて阻止のために動くっていう犯人像を満たせる相手なんて他にいないじゃない!そうじゃなかったら【大将軍派】を陥れるために【宰相派】の人間が仕組んだっていう体にするしか思いつかないけど……」
「ここで対立派閥を陥れる材料にしたら本物の外道ですよ!!」
だから流石にやらないよ?
本当だからそんなに詰め寄ってこないで。
うん、思ったより説得に手こずってしまっている。
考えてみればマリアに事情を説明してからは【メロディトゥルーエンド】を目指すための行動しかしてなかったから、いきなり私利私欲に走ったように彼女には見えているのかもしれない。
本当はずっと全力で私利私欲のために【リズムトゥルーエンド】を目指していたのにね……
「ごめんなさい、幻滅したわよね。でもどうしてもわたしにとっては、家が一番大事なのよ……」
「メロディ先輩……わたしだって騎士として育ちましたから家を大事に思う気持ちはわかりますけど……」
マリアはうんうんと悩みだす。
なにか、なにか彼女の気持ちを動かせるものを提示出来ないだろうか?
「お願い!この頼みを聞いてくれたら、二人っきりの剣術特訓一日中コースやったっていいわ!!」
「へ……?」
マリアが呆気に取られた表情をする。
しまった、ついマリアじゃなくてわたしがやりたいことを言ってしまった!
えーっと、わたしがしてほしいことじゃなくて、マリアがしてほしいだろうこと……
「なんで……わたしのやって欲しいことがわかったんですか!?」
「え……?」
今度はわたしが呆気に取られてしまった。
「そこまで言われちゃったら、このくらいのお願い聞くしかないじゃないですか……!でも本当に、今まで一度もそんな話したことなかったのにわかったんですか?」
きゃっきゃっと頬を赤らめて上機嫌のマリア。
なんでわかったというか、偶然にもやりたいことが完全に一致してただけというか。
……でもそれって。
「わたしとあなたの心が通じ合ってるから……かしら?」
「きゃー!そんなこと……あるかもですね!!」
二人共ちょっと興奮してしまった夕べだった。
*
リズムとハミィは夕食の時間前に連れ立って帰宅した。
わたし達はまだ若干興奮した気持ちをなんとか抑えて、二人と再会する。
久しぶりの再会、リズムは【リズムシナリオ】に行けなかったことをまだ気にしているんじゃないかと心配だったのだが。
「姉上!!!!お元気そうでなによりです!!!!」
「久し振り、リズム。あなたは元気だった?」
「はい!!!!姉上のことが心配で頭がおかしくなりそうでしたが、元気そうな顔を見て回復しました!!!!一瞬で!!!!」
なんか想像以上に心配なことになっていたようだ。
顔を見てからというもの大型犬のように喜びはしゃぎまわっている。
「うん、元気なのはいいんだけど……マリアとのことは、もう気にしてない?」
リズムがぴくん、と固まる。
しかし一瞬ののちにはまた笑顔になってこう答えたのだ。
「姉上がもう受け入れていることに、俺が文句を言うつもりは一切ありません!」
おお、なんて潔い答え。
やっぱりリズムはわたしの自慢の弟だな!!
「マリア先輩、お兄様はお姉様大好きだからああ言ってるけどいびりには気をつけたほうがいいよ」
「あはは、もうさっきからメロディ先輩が見えない角度でちょくちょく睨んできてます……」




