88話
シンフォニア伯爵率いる軍勢と共にわたし達は戦場に向かっていた。
見晴らしのいい場所まで辿り着いたとき、わたしとマリアに単眼鏡が渡される。
促された方角に向かって単眼鏡を覗き込むと――いた。
漆黒の鎖――おそらくこれが【遺物】に拘束された巨大なドラゴン、白竜王キーボードだ。
漆黒の鎖はまるで音が聞こえてくるかのように激しく軋み、いつ壊れるかもわからないように見える。
「【遺物】はおおよそ一日保ちます。我々は【遺物】を交換するための拠点を築き、襲撃してくるワイバーンを撃滅して戦線を維持しているのです」
「一日!?【遺物】ですらそれだけしか保たないのですか!?」
「ええ、残りは二ヶ月分といったところですか」
けっこうあるな!!
使用可能な【遺物】ってもっと貴重なもののはずなんだけど……
釈然としない気持を抱きつつ、単眼鏡で交換拠点の方も覗いてみる。
するとわたしの目に映ったのは、壮絶極まりない光景だった。
気の遠くなるほどの数のワイバーンが押し寄せてくる交換拠点。
そこを守る将兵達の装備は帝国の近衛軍と首都防衛軍の恵まれた装備を見慣れたわたしにとって頼りなさを感じてしまうような代物。
しかし彼らの士気は非常に高い。
傷つこうとも、隣の仲間が倒れようとも、一歩も退かずワイバーンに立ち向かい続けている。
そうやって交換拠点は維持されていた。
「こんなの……どうやって……?」
マリアが困惑の声をこぼす。
そう、どうやったって、こんな異常な士気の高さを維持するなど出来ないはずだ。
恐る恐る、シンフォニア伯爵の顔を見る。
彼は顔色一つ変えず、こう言ってのけた。
「あと二ヶ月は、このまま戦線を維持することだけなら出来るでしょうね」
「いや……これは【遺物】の在庫の前に兵達が保たないでしょう!?」
「出来ます。私には、いや、私達にはそれが出来ます」
シンフォニア伯爵は平然と言ってのける。
いや、怖いよ!!
なんだこの狂信的集団!?
公国出身の生徒達に特別な感じはなかったはずだけど、みんな戦場に出るとこうなるの?
それとも卒業後に何か、こう、ヤバいことされてああなっちゃうの?
どっちにしろ恐ろしすぎるよ【ピアノ公国】!!
「しかし今からメロディ殿が白竜王キーボードを討伐するのですからこれ以上の消耗の心配は必要ありませんね」
にっこりと微笑まれた。
まあそうなんだけどね……
わたしは単眼鏡を返し、佩いていた【宝剣ストラディバリウス】を鞘から抜く。
一見して業物とわかり、装飾も豪華だ。
だがそれだけのようにも見えるこの剣。
わたしは切っ先を白竜王キーボードがいる方角へ向ける。
すると【宝剣ストラディバリウス】の刀身が青い光に包まれる。
「これは……!」
「【宝剣ストラディバリウス】、斬るべきものを見つけると光を放ち、斬撃とともに滅びの概念を注ぎ込む二つと無い武具です」
マリアがシンフォニア伯爵に解説をする。
わたしは既に解説してもらっていたが、実際に光っているところを見るのは初めてである。
『滅びの概念』とかいうよくわからないものが正直怖いので、誤って何かに当ててしまわないようすぐに鞘の中へとしまう。
「この剣があれば白竜王キーボードも討伐できるはずです……ですが、あの交換拠点に向うということは……」
「毎日増援と補給を送り込んでいますが、まあ、ありますね。ワイバーンの妨害」
ですよねー。
まあそのくらいは覚悟の上。
実際の標的は拘束されて動けないのだ、ぐおーっと行ってさっくり済ませよう。
「では、マリアには安全なところで待機してもらってわたしはこの軍勢と……」
「わたしも行きます!!」
マリアに遮られた。
「試練はわたしとメロディ先輩で受けるもの、ですよ」
「そうだけど、あなたわかって……」
危険性をわかっているのか、と聞こうとしたのを飲み込む。
マリアの瞳には強い覚悟が宿っていたのだ。
わたしがしていた程度の覚悟、彼女だってしてきたに決まっていたのだ。
「そうね、いっしょに行きましょう!」
「はい!!」
*
白竜王キーボードに向けて前進する私達。
それに気づいて、襲いかかってくるワイバーンの群れ。
戦いは熾烈なものとなった。
「走れ!!足を止めるな!!!!」
「立ち止まった奴から餌食になるぞ!!」
「【聖女】殿に怪我一つさせるなよ!!」
公国の騎士達はもう慣れているのか、とても頼もしい。
わたしとマリアを守りながらワイバーンを討ち倒し進路を切り開いてくれている。
「上の敵、もらいます!!」
そしてマリアの【魔弾】が滅茶苦茶役に立っている。
射程と速射性に優れた衝撃波が次々とワイバーンを撃ち落とす。
ついてきてもらって正解だったなこれ!
そうこうしているうちに、なんとか交換拠点へと到着する。
公国の騎士達とマリアは一息ついてもらうが、わたしの仕事はこれからだ。
「メロディ殿、こちらへ!早く!!」
「わかっています!!」
指揮官に従い、白竜王キーボードのもとへ向かいながら【宝剣ストラディバリウス】を引き抜く。
その刀身は先程よりも強い光に包まれ、なんとなく冷たい空気も漂わせている。
【遺物】に拘束された白竜王キーボードは眼球だけをわたしに向ける。
その意思を理解できないのは、良かったのか、良くないのか。
ともかくわたしは【宝剣ストラディバリウス】を白いドラゴンに突き立てた。
青い光が突き刺したところからドラゴンの全身へと広がる。
白竜王キーボードはびくり、と体を震わせて、その衝撃で【遺物】は弾け飛ぶ。
ついでにわたしも弾き飛ばされたが、指揮官が受け止めてくれたおかげで大きな怪我をせずに済んだ。
「メロディ先輩!」
「大丈夫よマリア!それより白竜王は!?」
駆け寄ってきたマリアに助けられつつ立ち上がったわたしの目に映ったのは、脱力し微動だにしない白竜王キーボード、その亡骸。
どうやら今回もうまくいったようだ。




