85話
会談の翌日、マリアに客人が訪れた。
その客人とはヨハン少年とヨハンナ少女、そして宰相……いや、マリアの父であるウェーバー伯爵だった。
会って早々、ヨハン少年とヨハンナ少女はマリアを挟んで心配したと騒ぎ出す。
「本当に心配したんだ!マリアがいつの間にかいなくなったと思ったら大変なことが起きるわ、使者として出発したって後から聞かされるわで!!」
「帰ってきた王国もこんな感じだし、もう何が何やらです……」
マリアはそんな二人をあたふたとなだめているが、表情からは彼らの無事な姿を見て安心したことが伺えた。
束の間の安息に過ぎないが、平和な光景を見られてわたしの心も少し安らぐ。
きっとウェーバー伯爵が手を回してこの再会を用意してくれたのだろうと彼の方を見てみる。
するとわたしの目に入ってきたのは、彼の見た目の幼さを強調する大きな瞳を潤ませて今にも泣き出しそうな――なんて思っているうちに実際泣き出してマリアに抱きつくウェーバー伯爵だった。
「マリア~~~!パパだってとっても心配したんだぞ!!」
「わっ、お父様!?」
「なのにパパには話してないなんて言われて泣きそうだったよ~!!」
「あれは会談をうまく進めるためで……というかほっぺた擦り付けるのやめて!先輩が見てる!!」
マリアの本気で嫌そうな顔を初めて見てしまった。
ウェーバー伯爵こういう人なんだ……帝国では有能って噂しか聞かなかったけどな……
いや、公私の切り替えが激しいって意味では皇帝陛下やお父様と似た感じではあるのか?
そんなことを考えていたわたしを、ウェーバー伯爵が振り返って見る。
「先輩……彼女のことかい?」
「うん、一つ上の学年で帝国出身のメロディ先輩。手紙にも何度も書いたでしょう?」
ウェーバー伯爵はわたしとマリアの顔を交互に何度も見つめる。
そしてはたと気がついたように、ヨハン少年が口を開いた。
「そういえばなんでメロディ先輩もマリアといっしょに?」
「確かに、どういう事情でマリアについていくことになったんです?」
まあ謎だよね。
一応上王陛下公認で付き添いやってるんだけど、さてどう説明したものか……
「メロディ先輩は……わたしのパートナーとしていっしょに試練を受けてくれてるんだよ」
マリアは何故か照れつつしかし率直に事情を説明した。
だったらわたしも正面からウェーバー伯爵にご挨拶するとしよう。
「遅くなりましたが、【トライアド帝国】大将軍ビート・ドミナント・テンション侯爵が娘、メロディ・ドミナント・テンションです。マリアとは親しくさせて頂いています」
「親しく……いや手紙でそこそこ話は聞いていたけど、パートナー……」
何故かウェーバー伯爵は固まってしまった。
そしてヨハン少年とヨハンナ少女はというと、ものすごく大げさに驚いた。
「えっ、マリア!どういうことだ!?」
「リズムくんは!?よりによってそのお姉さんとです!?」
そうか、マリアとリズムをくっつかせようと色々やって来たからそれを見てきた彼らはマリアがリズムではなくわたしを選んだことに困惑するのか。
うーん、これはどう説明したものか。
うっかりするとリズムがなんか可哀想な印象を持たれてしまう。
「リズムとは喧嘩しました!」
「いつの間に!?」
息の揃った声でまた驚く二人。
ここはマリアのざっくりとした説明に任せてしまうのがいいだろう。
そう思ってもう一度固まってしまったウェーバー伯爵の様子を確認する。
「もう家を離れたんだから立場の違いは一旦置いておくとして婚約者のいる同性……情報だと将来有望な人材らしいが【聖女】という極めて特殊な立場にあるマリアを支えるには同世代では心もとない……そもそも向こうはどの程度本気で……?」
なんかぶつぶつ言ってる!
めちゃくちゃ品定めされている!!
「えっと、ウェーバー伯爵?わたしに何か問題があるのかもしれませんが……」
「メロディ先輩に問題なんてないです!お父様は黙ってて!!」
マリアがさっと飛び込んできてわたしと腕を組む。
満足気な表情で、ウェーバー伯爵に対して見せつけるような態度だった。
かわいいけどちょっとこれは嫌な予感がするぞ!?
「黙ってて……?マリアがパパにそんなことを……?」
ひゅっと、重い威圧感が降り注ぐ。
怒らせてしまったか!?わたしは反射的に帯びている剣に手を伸ばす……が。
「ごめーん!!!!もう何も言わないからパパを許してマリア!!」
ウェーバー伯爵はだばだばと涙を流しながら跪きマリアにすがり始めた。
この人娘に対して弱すぎる!!
*
その後マリアの「いいよ」の一言で即座に復活したウェーバー伯爵。
今度は上機嫌でマリアとの思い出を語り始めたので適当に聞き流す。
これはいつものことらしくマリア達も完全に聞き流して雑談を始めていた。
それがちょっとうんざりするくらい続いたのち、ウェーバー伯爵はこほんと咳払いをした。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
「え、あるんですか本題……」
もう完全に娘にデレデレしに来ただけの人だと思い込んでいたわたしだった。
「それがあるんだよ。君達、次は【ピアノ公国】に行くんだろう?」
「はい、公国へは道が険しいので時間がかかると思いますからその間に皇帝陛下が援軍に来れるよう色々と話し合っておいていただきたいんですが……」
今はまだ二匹のドラゴンも王国南部に留まっていてくれるようだが、いつ北部、あるいは他の国に矛先を向けるかわからない。
実際に協力体制を整えるのは大変なことだから早めに取り掛かって欲しいものである。
「そのことは言われるまでもないさ。私が伝えておきたいのは、おそらく公国摂政フォルテ・シンフォニアは君達に共に白竜王キーボードを討伐するように要求してくるということだ」
「わたし達に、ですか?」
「ああ、君が持っているその【宝剣ストラディバリウス】を使ってね」




