80話
黒いドラゴン――黒竜王ギターの襲撃を受けた帝国首都【トリニティ】。
皇帝にして【剣帝】フォニム・メイジャー・トライアド陛下が近衛軍と首都防衛軍を直々に率いて黒竜王ギターを迎え討った。
これに合流せんと強行軍で【トリニティ】に向かったわたし達が翌日目にしたのは。
「皇帝陛下万歳!!!!」
「ドラゴンなにするものぞ!!」
「【トライアド帝国】に栄光あれ!!」
大勝利に湧く帝国市民と黒竜王ギターの亡骸だった。
そう、我らが皇帝、フォニム陛下が一対一の戦いの末に黒竜王ギターを討ち破ったのである。
「いや、おかしいでしょう!?」
マリアの絶叫が響き渡る。
まあ皇帝陛下の実力を噂でしか知らない王国出身のマリアだからこのくらいで驚いてしまうのも仕方ないか。
「驚くのも無理はないけど、【道標】通りの展開でしょう?それに勝ったんだからいいじゃない」
「『熾烈な戦いの末帝国は黒竜王ギターに勝利する』って確かに書いてありましたけど、こんな完全勝利だとは思いませんよ!?というか、ドラゴンは鱗にある魔法の護りのせいで【宝剣ストラディバリウス】じゃなきゃ命を奪えないんじゃなかったんですか!?」
「その通りだけど……鱗にだって隙間はあるでしょう?」
皇帝陛下にかかれば鱗の隙間をぬって致命の一撃を与えることも可能なのだ。
ただやはりマリアには理解し難い領域の話のようで呆然としてしまっている。
「えー……そんな……だったらもう帝国だけというか、フォニム帝だけでいいじゃないですか……」
「そうはいかないのだよ、【聖女】殿」
割って入ったのは、わたしにとってはよく知った人物の声。
オクターヴの父親、お父様の友人、皇帝陛下の信頼厚い寵臣、秘書官長ブレイク・ダイアトニック・コードのものだった。
【オルガノ王朝】からの使節である【聖女】マリアを迎えに来たのだ。
「ブレイクおじさま、お久しぶりです」
「ああ、メロディ。会わないうちにまた背が伸びたようだね、色々と話したいことは多いが……まずは【聖女】殿の用件を伺わなければ」
ブレイクおじさまはにこやかに、しかし一切隙を見せない態度でマリアとわたしに相対する。
そう、マリアはこれから政治のプロと交渉を行わなければならない。
そしてわたしも、お前はどっちの味方なんだ?という立場で参加しなければならない。
……きっついな!!
*
通された会議用の広間。
一方には皇帝陛下とブレイクおじさま、後ろに控える秘書官達。
もう一方にはマリアとわたし、後ろに護衛として通された数人の騎士達。
今から五体……あと四体のドラゴンに対抗するための同盟に帝国が参加するかを問う交渉が始まる。
こちらから提示できるのは【ムジカの上王】からの禅譲と、次なる地母神であるマリアからの祝福。
そして【道標】による選ぶべき選択肢のカンニングという武器。
緊張した空気の中、まず口を開いたのは皇帝陛下だった。
「未曾有の危機の中、【聖女】殿におかれましてはよくいらっしゃってくれました」
余裕の微笑み、交渉相手として座っているのでなければ見惚れてしまいたいほどだ。
しかし今は気を引き締めて、皇帝陛下の次の言葉を待つ。
「上王陛下のお望みは先日の魔法によって出された宣言とあなたがお持ちになった親書で理解致しました。対ドラゴン同盟、喜んで参加いたしましょう」
「本当……ですか?」
恐る恐る尋ねるマリアに皇帝陛下はゆっくりと頷く。
「もちろん。【剣帝】たるわたしが動かなければならないほどの大陸の危機、座して待つなど出来ませんからね。しかし……」
皇帝陛下はブレイクおじさまに目配せをしてから再び言葉を続ける。
「ドラゴンと実際に戦うのがわたしである以上、同盟の盟主との認定は頂けるのですよね?」
「えっと、それは……」
同盟の盟主、もちろんただ名前を欲しがっているわけではない。
王国と公国が帝国の下についた、その実績でもって形ばかりのものである【ムジカの上王】の位に実体を持たせ、今後の大陸統一に向けての名分にするつもりのはずだ。
わたし個人としては喜んで盟主になって欲しいところだが、【メロディトゥルーエンド】に進むためにはここでマリアにはがんばってもらわなければならない。
……【メロディグッドエンド】か【メロディノーマルエンド】だとそこそこ死人がでるからね。
わたしは机の下でマリアの手を握り、彼女に目配せをする。
まだ関係は修復できていないけど、伝わってくれ応援の気持ち!
はたしてマリアは、真っ直ぐな瞳で皇帝陛下を見つめ直した。
「皇帝陛下、それはこれから人類同士で戦うためにお求めになっているのですか?」
直球の質問、それに対して皇帝陛下は満足気に答える。
「当たり前でしょう、それが何か?」
こちらも直球の回答、おそらくマリアがどう反応するのか楽しんでいる。
ドラゴンとの戦いに皇帝陛下は必要不可欠、そんな相手に【聖女】が何を示せるのか。
強い者いじめも弱い者いじめも大好きな皇帝陛下にとって、【聖女】が傑物でもただの小娘でも面白がれる絶好の機会というわけだ。
「でしたら、盟主の称号は認めますがそれは無駄になります。わたしは神座についたら、戦いのない世界を作りますから」
対するマリアの答えは、引き下がるのでも説得しようとするのでもなくそんなものに意味はなくなるのだという卓袱台返し。
次代の神という次元の違う相手を前にしているのだぞ、という位置づけの宣言だ。
「ほう……」
これに対して、皇帝陛下はどう出るか。
【道標】にはこう言えばいいとは書いてあるけど細かい流れは書いてないから安心できないんだよね!
「でしたらその素晴らしい未来、楽しみにしていましょう。秘書官長、返書の準備を」
あれっ、すごくあっさり受け入れられた?
なんでだろう、正解を選んだからなのかな……
まあ上手くいったなら別にいいはずだよね。
「では今夜はこちらで【聖女】殿をもてなさせて頂きましょう。お付きの君とも、ゆっくりお話を」
あっ、これはまずい予感。




