79話
夜が明けて、旅立ちのときが来た。
騒ぎにならないように、リズムとハミィにだけ別れを告げて集合場所へ向かう。
護衛の一団は既に揃っていて、わたしは彼らに丁寧に挨拶をする。
「メロディ・ドミナント・テンションです。この度はお世話になります」
「ああ、君が【聖女】様の付き添いの……準備はもういいのかい?」
「はい、マリアはまだ?」
「【聖女】様は上王陛下とお話中だよ。この辺に腰掛けて待つといい」
わたしは言われた場所に座って待つことにした。
うん、気持ちを切り替えることにしたのはいいけどマリアに会ってまず何を言うか悩むね!
マリアの許しにただ甘えるだけではいけない。
ここは騎士として立派に、償う意志を示さなければ。
「【聖女】様が参りました!」
報告の声が響く。
おっと、もう来たのか。よし、潔く、頭を下げて……
「マリア、これまでごめ――」
「メロディ先輩、お願いが――」
がつん、と頭と頭がぶつかった。
ぶつかった衝撃と驚きで間が抜けた顔をしてしまうわたし。
あれー?なんでマリアまで頭を下げてるの?
「あいたたた……」
「あーっと、大丈夫マリア!?ごめんなさい、よく見てなくて……」
「大丈夫です……わたしこそごめんなさ、あいたたた」
マリアはぶつけた頭を抱えてふらふらとしている。
あれ、わたしってそんなに石頭!?
ってそうじゃない、まずマリアにこれまでのことを謝らなければならないのだ。
「えーっと、マリア、これまでのことなんだけど……」
「わかってます!」
「へっ?」
マリアがすごい勢いでわたしの言葉を遮ってきた。
「メロディ先輩にもうわたしに構う理由がないこと、わかってます。でも世界のために試練に協力してくれるんですよね?」
うん?これはよくない流れでは……
「だからもう、無理して構ってくれなくて大丈夫です!今までありがとうございました!!」
「ちょっと待って、一旦わたしの話を……」
「さあ、みなさんお待たせしました。帝国首都【トリニティ】に向かって出発しましょう」
そう言ってマリアは勢いよくわたしの前から去っていった。
護衛達はいそいそと出発の準備を始める。
これは……マリアめっちゃ傷ついている!!
当たり前だ、あんなにきっぱりと「利用していた」と告げたのだから。
……いや、こんなことでへこたれていてはいけない。
わたしは絶対に、彼女へ償いをして、騙した責任を取るのだ!
「メロディ嬢、出発するんだけど……大丈夫かい?」
「あっすみません、今行きます!」
*
帝国首都【トリニティ】は【聖都オラトリオ】から北西にある。
入学するときは馬車でゆっくりと一週間かけて移動したほどの距離がその間にはある。
今回は急ぐので徒歩だが、ドラゴンとワイバーンとの遭遇に気をつけながら進むので五日ほどの時間がかかるという見立てである。
今日は出発して三日目、幸運にもここまでアクシデントなく順調に進んでいる。
しかしマリアとの対話の方は、まるで上手くいっていなかった。
というか避けられていた。
挨拶はするし、話しかけたら返事はもらえるのだが、すぐに逃げられてしまう。
わたし達の関係がぎくしゃくしていることに気がついた護衛達に心配そうな目を向けられるほどである。
「君は【聖女】様と共に試練を受けるパートナーなんだよね……?大丈夫?」
「ちょっと大丈夫じゃないですね……」
何をやっているんだわたし、とっても情けないぞわたし!
まるでフッた相手に未練を出したはいいものの袖にされ続ける情けない軟派男のような……
ようなじゃなくてそのものっぽいけど、このままじゃ駄目だぞわたし!
気を取り直して、さっき声をかけてきた護衛の騎士に質問する。
「あの、今の質問、マリアにもしました?」
「ああ、したけど……」
「あの子、なんて答えました!?」
護衛の騎士はわたしの必死の形相に引きつつも答えてくれた。
「『やるべきことはちゃんとこなせます』って寂しそうな顔で答えてたよ」
「そうですか、寂しそうな……」
そうだ、マリアは言っていたじゃないか。
「それでもわたしは、メロディ先輩が大好きです」って。
なのに、わたしの方を慮って構わなくていいと身を引いているのだ。
ちょっと避けられているくらいでへこんでいる暇なんてない。
全力で謝らなければ!
「よし、一旦ここで休憩をするぞ!」
ちょうどよく、護衛の部隊長が休憩の指示を出した。
わたしは質問に答えてくれた騎士に軽く礼をして、マリアの方へ突き進む。
「マリア、話したいことがあるの!」
彼女の肩がびくんと震える。
「なんで、しょうか……今ちょっと疲れてて……」
「すぐ終わるわ、だから聞いて」
わたしはマリアの瞳を真っ直ぐ見つめる。
「わたしはあなたとずっといっしょにいたいと思っているわ」
「へ……?」
マリアの目がぱっちりと見開かれる。
驚いて逃げるのを忘れているようだ、このままちゃんと伝えるぞ!
「利用するために近づいておいて、あなたのことを本気で気に入っちゃったの。だから自分勝手だけど、これからもあなたと仲良くしたい!そして騙してた償いになんでもしたいと思ってる!」
よし、言えた!
さあマリア、勝手だと怒鳴るなり、酷い女だと罵るなり、なんでもいいから答えてくれ!!
「そんな……いきなり都合のいいこと言われても困りますよ……」
うん、そうだね。都合のいいことを言ってるよね……
ってあれ、マリア、泣いてる!?泣かせちゃった!?
マリアの潤んだ瞳に、慌てふためいてしまうわたし。
「わたし、メロディ先輩のこと好きだって言ったじゃないですか。そんなこと言われたら、気を使われてるってわかってても、信じたくなっちゃう……」
「えっ、そこは信じてくれても……」
「おい見ろ!黒いドラゴンが【トリニティ】の方角に!」
叫び声が休憩中の緩んだ空気を切り裂く。
北の空を見上げれば、確かに遠く離れた空にドラゴンの影が。
……あ、そういえばドラゴン襲来するって【道標】にあったな。




