77話
「かるまぽいんと……?一体何のお話を?」
上王陛下がいきなり口に出した言葉に当然マリアは戸惑う。
わたしだってまるでみんなわかっていて当然、という話し振りにちょっと困惑しているくらいだ。
おかしいな、上王陛下は側近であるムーサ師匠を通じてわたしが裏切りかけていたことも、マリアには何も告げずにここまでやって来たことも把握しているはずなのに。
……ムーサ師匠?
「あー、その話はまた今度でいいだろう?さあ陛下もマリアくん達も急いで次の行動に移そう」
目が完全に泳いでいる。
明らかな話題逸らしだった。
「ムーサ師匠……もしかして都合の悪いことは報告せずに隠してました?」
「は?なんのことだよ。あたしが陛下にそんなことするはずないだろうきちんと報告しているに決まって……」
「ムーサ」
上王陛下の声にムーサ師匠がびくりと震える。
「わたしは【メロディシナリオ】に進むことを皆納得して、協力出来ていると聞いていたが?」
ムーサ師匠の笑みがひきつり、冷や汗がだらだらと流れている。
うわ……この人やらかしてるよ!
「わたしは【リズムシナリオ】に進むつもりでしたしマリアには何も説明してませんね……」
「わー!わー!!何を言っているんだメロディくん、陛下、今のはちょっとした行き違いで……」
「何も行き違ってませんよ!陛下、この人報告ごまかしてますよ!」
臣下としてやっちゃいけないことだよこれは!
少し尊敬していたムーサ師匠のやらかしに衝撃を受けて騒ぐわたしと、止めようとするムーサ師匠。
その光景を見て事情をまるで知らないマリアはあっけにとられ、おおよその事態を察したらしい上王陛下は頭を抱えた。
「つまり、あれか。ムーサ、君は今まで自分の失敗をごまかしていたと?」
「それは違います!」
強い意志のこもった叫びでムーサ師匠は否定する。
「……はじめから、陛下のお望み通り全てを彼女達に理解し納得してもらうなど不可能だと判断し、あたしの判断で彼女達を利用する形でことを進めてきました」
「最初から、わたしの願いを肯定してくれたわけではなかったと?」
「いいえ、陛下の願いを指示するがゆえに、陛下の望まない手段をもってしてでも確実に実現しようとしたまでです」
上王陛下の表情が歪む。
ムーサ師匠の行いは臣下としてあってはならないことだが、わたしが【リズムトゥルーエンド】をこっそり目指していたことが上王陛下のやり方では上手くいかなかったことの証明になっている。
そしてマリアだって、始めから全てを話していたら心からわたしに「好き」と言ってくれたかわからない。
マリアは、騙されてここにやって来た。
「みなさん、何の話をしているんですか……?」
マリアは縋るようにわたしを見つめる。
ここまで来れば彼女だって自分の知らない、わたし達は知っていることが重大なことだと嫌でも気づく。
わたしの中に相反する二つの感情が湧き上がる。
この場もなんとかごまかして、【メロディトゥルーエンド】を目指して進みたい気持ち。
マリアに全てを打ち明けて、そのせいで試練を乗り越えられず人類が滅ぶとしても楽になってしまいたい気持ち。
二つ目を選ぶなんてありえない。
でも、なぜだろう。わたしの心は、マリアを騙していたくないと叫んでいる。
「ムーサ師匠、【道標】をマリアにも見せるように出来ますよね?」
「メロディくん!?それは……」
「ムーサ、【道標】をマリアくんにも見せるんだ。最初からそうするべきだったように」
ムーサ師匠は一瞬戸惑ってから、観念して呪文を唱え始める。
するとマリアの前にも半透明の浮いている板――道標が浮かび上がる。
「これは……?」
「マリア、これは【道標】。上王陛下が地母神の祝福として授かった未来の啓示で、ムーサ師匠が魔法でわたしにも見えるようにしていてくれたもの」
「メロディ先輩も見えてるんですか?」
「ええ。どう使うのか、教えるわね」
わたしはマリアに【道標】に何が記されているかを一通り説明した。
自分達が『登場人物』のページに並んでいること。
これまで起きたこと、これから起きることが正確に記されていること。
選ばれなかった、マリアが他の生徒と親しくなる未来もあったこと。
そして、これを読んでわたしが今までやって来たことも。
「わたしは帝国が大陸を統一し、わたし自身も幸せになれる未来を目指してあなたとリズムを近づけさせた。わたし自身が近づいたのも、それを後押しするためよ」
「そんな、じゃあ、パーティーのときのメロディ先輩がくれた手紙は……」
「あなたとわたしが結ばれる未来を望んだムーサ師匠が用意したものよ」
マリアの瞳に涙が浮かぶ。
それを見ているとわたしも泣きたくなったが、泣く資格なんてないのだ。
彼女を騙したのはわたし。
彼女を騙し続けることを放棄して、今真実を明かしたのもわたし。
わたしは始めから、マリアの尊厳よりも帝国の騎士としての使命を選んでいた。
「こんな状況の中でいきなりばらして悪いけど、わかったでしょう?ここにいる人間はみんな……いいえ、わたしはあなたを利用していたの」
わたしはなにをしているんだろう。
これからドラゴン達と戦わなきゃいけないっていうときに。
どう考えたって彼女を上手く使って試練を乗り越えるのが最優先のこの状況で。
どうしてわたしは彼女をもう騙さなくていいことに安心しているんだ?
「そうだったんですね……」
マリアの声は震えている。
【聖女】の重責を共に背負ってくれると選んだたった一人に騙されていた衝撃はどれほどのものだろう。
リタ達なら彼女の支えになってくれるだろうか?
現実逃避のようにそんなことを考えるわたしを見つめマリアは――泣きながら微笑んだ。
「それでもわたしは、メロディ先輩が大好きです」




