75話
やってしまった。
未来が決まってしまった。
どうする、もう諦めて【メロディトゥルーエンド】を目指すか?
いや、まだもう少しなんとか出来るんじゃないか?
わたしはもう頭の中がごちゃごちゃになってしまった。
そんなわたしを見ているマリアは、頬を赤らめたまま。
ぐらり、と倒れた。
「はっ!?大丈夫!?」
咄嗟にマリアと彼女が背負っているリズムを抱きとめる。
そうだ、そもそもなんで二人はボロボロなんだ?
「大丈夫……じゃないですね……剣技の反動を甘く見てました……」
「反動って、何をやったの?何かと戦ったの?」
マリアは視線を彷徨わせながら答える。
「えっと、わたしにもよくわからないんですけど、リズムと戦いまして……」
「あなたとリズムで!?」
それはつまり、マリアがわたしのところに来ないようにリズムが止めようとしたということだろうか?
じゃああの不気味な音がマリアの言う反動のある剣技?
なにそれ知らない!めちゃくちゃ気になる!!
「あー、君達。とりあえずあたしの魔法で治療をしよう」
状況を飲み込めずうろたえているわたしにムーサ師匠が呼びかける。
【メロディシナリオ】に入ったからか、もう緊張感は全くない。
裏切ったあとなので気まずいが、怪我をしているリズムとマリアを放っておくわけにはいかない。
わたしはゆっくりと二人を地面に寝かせ、ムーサ師匠に託した。
ムーサ師匠は両手をそれぞれリズムとマリアに向け、目を閉じて念じる。
すると淡い光が手のひらから放たれ、寝ている二人を包み込む。
「よし、怪我とついでに服も直しておいたぜ。もう少ししたらリズムくんも目を覚ますだろう」
その言葉通り、ボロボロだった二人は何事もなかったような姿になっている。
リズムに駆け寄って様態を確認すると、本当に眠っているだけで胸を撫で下ろす。
その横でマリアがムーサ師匠の魔法の力に驚きながら身を起こし、わたしを見た。
「あの、リズムと戦っちゃったことなんですけど……彼なんだか様子がおかしくて。わたしとダンスすることがメロディ先輩の未来のためとかよくわからないことを言い出したんですよ」
本気で困惑した口調でマリアは語る。
うん、確かに因果関係が全く無いはずのことを繋げて戦いも辞さないのは様子がおかしいよね。
どうしよう、いっそのこと【道標】のことマリアに言っちゃおうか。
【リズムトゥルーエンド】の道が絶たれて大分やけになっているわたしの頭にそんな考えがよぎる。
帝国の繁栄のためにリズムと付き合わせようとしてましたって言っちゃおうか。
そうしたらマリアはわたしに幻滅するだろうな。
……あれ、なんだろう。そう考えると何故か胸が痛むような。
「マリア、試練を共に越えたいと思う相手は決まったのですね」
透き通るような声がわたしの思考を遮る。
声がする方を見ればそこには、後光を背負った美しい女性がいる。
初めてその姿を見るが、ずっと前から知っていたかのように彼女が何者なのかわかってしまう。
【地母神ヴィルトゥオーソ】、この世界を統べる神。
「地母神様……はい、わたしはメロディ先輩といっしょにいたいです」
マリアははっきりと口にした。
地母神は静かに頷き、ムーサ師匠は満足気に笑みを浮かべる。
わたしは、なんだろう。
目的が完全に潰えたのになぜかその言葉がうれしく聞こえて。
その言葉を騙して受け取っていることが少し苦しくて。
ただ、そこに立っていることしか出来なかった。
「それは最も険しい道……あなたの、そしてメロディ・ドミナント・テンションの覚悟、見極めさせてもらいます」
地母神が右手を高く掲げる。
そして、大地が震えだす。
「【ドラゴン】が目覚めます。【ドラゴン】が目覚めます。聖都に暮らす皆様、【オルガノ大聖堂】まで避難してください。繰り返します、聖都に暮らす皆様は【オルガノ大聖堂】まで避難してください」
どこからともなく声も響き出す。
これは……ムーサ師匠が準備してたっていう警報?
そうだ、【メロディシナリオ】は地母神と五体の【ドラゴン】が人類に試練を与える物語!
「マリアくん、メロディくん!まずは避難だ、魔法で一気に飛ばすぞ!」
ムーサ師匠の叫びと同時に景色が歪む。
そして気がつけばそこは【オルガノ大聖堂】前で、わたしとマリア、まだ眠っているリズムだけでなく学校にいたおそらく全員が魔法で転移させられているようだった。
いきなりのことに誰もが戸惑っている。
「愛しい人々よ、わたしの声を聞いてください」
そこに透き通るような声――地母神の声が響き渡る。
わたしがそうであったように、誰もがその声の主の正体を悟ったらしい。
皆一様に空を見上げ、言葉の続きを息を呑んで待つ。
「これからあなた達にわたしがまだ必要か、そうでないのか試させてもらいます。マリア・ヴィルトゥオーサとともに全ての【ドラゴン】を討ち倒してみせなさい」
その言葉とともに五つの光の柱が立ち昇る。
そのうちの一つ、黄金の光の柱は【オラトリオ騎士学校】のあった場所を完全に吹き飛ばしていた。
遠くに見える他の四つの光の柱もおそらく同様の破壊をもたらしているのだろう。
人々の中に恐怖が溢れ出す、そのとき。
「【ムジカ大陸】の全ての者よ、我ら全てが、一つの旗のもとに集うときが来た!」
空に壮麗な衣装を身にまとった人物の幻影が映し出され、声が頭の中に鳴り響く。
「このわたし【ムジカの上王】、ムジカ・オルガノ・コンチェルト十五世は【ドラゴン】を打ち倒せる者、即ち【剣帝】フォニム・メイジャー・トライアドに全ての権限を受け渡すことを宣言する!」
正直なこと言っていい?
展開についていけない!!




