70話
野外演習が終わり、夏真っ盛り。
去年と一昨年なら剣術トーナメントの参加資格者が発表され、わたしは優勝を目指してよりいっそうの鍛錬に励んでいる季節である。
しかし去年黄金竜ヴォーカルが武闘場を吹き飛ばしたおかげで今年は剣術トーナメントは中止。
少し暇な時期が出来てしまったわけである。
「というわけで暇つぶしに鍛錬を増やそうと思うの」
「どうして……」
リズムとマリアがいい雰囲気だと噂が流れ始め、自分はハミィが構ってくるのでマリアに近づけず、マリアにふさわしい剣の腕を身に着けようと始めたわたしとの鍛錬だけが続いているブルースがわたしを信じられないという顔で見つめる。
「騎士に時間が出来たら己を磨くことに費やすのは当然でしょう?」
「磨かなきゃいけないのは剣だけじゃないと思うんですが……」
「例えば?」
「それは……結婚の準備とか?」
何を言い出すかと思えば、言われなくともそのくらい既にこなしている。
「わたしを誰だと思っているの?ストレイン家に嫁いだあとの為に領地の経営、使用人の差配、他家との交流のための社交の常識もきっちりもう勉強しているわ」
胸を張って答えるわたしに、ブルースは呆れたような顔をする。
「いや、そういうのじゃなくて。メロディは花嫁衣装の準備とか自分でするつもりないのかい?」
「するわけないじゃない」
きっぱりと答える。
確かに古式ゆかしいやり方では結婚式の衣装は花嫁自ら仕立てることになっているが、今時そんなことをやっている家はほとんどない。
簡単な小物だけ自分で作って、残りはデザインの注文だけ出すのが普通である。
デザインを決めるところだけは『乙女の夢』と今でも言われたりするが、わたしはそれもお母様のお下がりを使って済ますつもりである。
「結婚式に夢とか憧れとかないの?」
「ない。格式通りのものをつつがなく行えればそれで構わないわ」
「……まあ、メロディらしいか。でも僕は少しだけ憧れがあるんだ」
そう言ってブルースは空を仰ぐ。
「父上と母上がしたように、指輪の交換をやってみたいんだ」
「指輪の交換?」
聞いたことのない儀式だった。
きょとんとするわたしの顔を見ながら、ブルースは困ったように笑って続ける。
「知らないよね、本当に古い習慣だから。お揃いの指輪を用意して、結婚の誓いとして左手の薬指に嵌め合うんだ。そしてそれを肌身離さずつけて暮らすのさ」
ふむ、誓いを形で残すというわけか。
指輪を普段からつける習慣はわたしにはないが、一つくらいなら邪魔にもならないだろう。
「いいんじゃない?やりましょうよ」
「えっ、意外……邪魔になるし面倒だって言われるかと思った」
「いやこのくらい普通に付き合うわよ。じゃあ話は決まりね」
わたしは手を叩いてにっこり微笑む。
「ブルースの提案通り結婚式のとき指輪の交換をする、そしてわたしの提案通りしばらく鍛錬の量も増やす」
ブルースは苦笑いをして、はいはいとわたしの決定を受け入れた。
*
そういうわけで激しい鍛錬で気持ち良い汗を流すことが増えた夕方。
寮へと帰る途中、武闘場跡でわたしとブルースはマリア、そしてイロハと鉢合わせをした。
二人は最近始まった瓦礫の撤去作業を眺めている様子だった。
「マリア、イロハ、こんなところで何をしているの?」
「あっ、メロディ先輩にブルースくん……いや、大したことではないんですけど、どうして今までここの瓦礫を片付けてなかったのか気になっちゃって」
「それが今日いきなり撤去作業が始まって、不思議だなと」
確かに不自然なことだが、わたし……というかムーサ師匠と交流のある生徒はだいたい理由を知っていることだから、交流のある側であるはずのマリアが知らないので少し意外に思った。
「カメーナエ卿がこの辺でいろいろやってるの見なかった?」
「そういえば見かけたような……もしかして二人は理由を知ってるんですか?」
わたしはこくりと頷く。
そして隣でブルースもこくこくと頷いていた。
「カメーナエ卿が新しく張り直した黄金竜ヴォーカルの封印の結界の中心点だから、調整の作業が終わるまで周囲のものを下手に動かせなかったらしいの」
「今度は破られたら警報が鳴るようにもするって言ってましたよ」
わたしの解説にブルースが補足する。
ムーサ師匠は【メロディシナリオ】に進むつもりだからすぐにまた結界が破られて黄金竜ヴォーカルが目覚める想定で準備をしているのだ。
「黄金竜ヴォーカルですか……ぼくは見ていませんけど、出てきてすぐ封印されただけなんでしょう?それなのに建物をこんな瓦礫に変えちゃったなんて……」
イロハは信じられないという顔で武闘場跡を見つめる。
そしてぴくっと、何かに気がついたような顔をする。
「なんでしょう?あそこに光っているものが……」
そう言ってイロハは瓦礫の山の一部を指差す。
そこには確かに手の平サイズの光るもの――黄金色のなにかがあった。
一人でこっそり見つけておこうと思っていたが、もうこのまま拾ってしまうか。
「ちょっと取ってくるわ」
「えっ、メロディ?」
ブルースの少し困惑した声をよそに、わたしは瓦礫の山に飛び込み黄金色のなにかを拾う。
それは最後の【メロディポイント】――【黄金竜の鱗】である。
拾ったあとはさっさとマリア達のもとに戻って【黄金竜の鱗】を差し出す。
彼女達もその形と色、輝きからこれがなんであるのか理解したようだ。
「これって黄金竜ヴォーカルの鱗ですよね?どうしましょう、【魔法使い】さんに渡したほうがいいでしょうか?」
「……あー、そうね。じゃあマリアから渡しておいて」
そう言ってわたしは【黄金竜の鱗】をマリアに託す。
これで【メロディポイント】は全て貯まり、【メロディシナリオ】への選択肢が開かれた。
……開かれてしまった。
まあ開かれたって進まなきゃいいのだ。
決戦は聖誕祭パーティー。
ムーサ師匠には悪いが進ませてもらうぞ【リズムシナリオ】!
 




