69話
篝火を焚いてから少し経った頃。
きらり、と一筋の流れ星が暗闇の中を走った。
そしてそれを追いかけるように一つ、また一つと流れ星が落ちてくる。
流星群が始まったのだ。
「おー、綺麗」
レガートがそう呟いた通り、それは美しい光景だった。
しかし日食と同じく、この流星群も起きるはずのないものである。
単純にその美しさを楽しめる者はそれほど多くないようである。
とはいえわたしにとってこれは『事件』が次の段階に移った証――リズム達がここに帰り着いたという証である。
実際に少し離れたところから、ヨハン少年の声が聞こえてくる。
「メロディ先輩!マリアが!!あとリズムとイロハも、二年生の行方不明者帰ってきました!」
「良かった!みんな怪我はない!?」
そう叫びながら声がした方に走っていくと、ヨハン少年に引き連れられて三人がやって来る。
三人とも怪我はなく、つまりリズムはちゃんと仕事をこなしてくれたようだ。
「大丈夫です、姉上。かすり傷ひとつありません」
堂々と報告しに来たリズム。
言葉通りみんな無事だが……なんだろう、ちょっとマリアとイロハの挙動がおかしくないか?
同じことをヨハン少年も思ったのか、不思議そうにマリアへ尋ねる。
「マリア、何かあったのか?様子がおかしいっていうか……そもそも三人でどこ行ってたんだ?」
その言葉になぜかイロハが大きく反応する。
「いや、ぼくはちょっと迷って通りがかっただけで、マリアくんとリズムくんの邪魔はしてないっていうか……」
「マリアとリズムの邪魔?」
なんのことだろう?
わたしとヨハン少年が首をひねっていると、眼の泳いでいるマリアが話し出す。
「な、なんでもないよ!まだなんにもしてなかったから!ね、リズム!?」
「……?確かになにもしてないけど」
「そう!なにもなかったの!!」
む?なにもなかったのになぜマリアは慌てているのだろうか?
ヨハン少年の方を伺ってみるが、彼も何もわかっていないようでしばらく顔を見合わせる。
すると一連の流れを見ていたヨハンナ少女とリタがため息をつきながら会話に入ってきた。
「ヨハン……わかんないなら気にしなくてもいいです」
「はあ?お前にはわかるのかよ!?」
「普通わかります……ほら、いいからこっち」
ヨハンナ少女はヨハン少年を引っ張って行く。
仲いいよねあの子達。
そしてそれをぼーっと見ていたわたしにリタがこそこそと耳打ちをする。
「こらこら、メロディ。弟くんはどうやら好みもあなたに似ているみたいだよ」
「……?なんのこと?」
わたしも小声でリタとひそひそ話を始めるが、その答えは更にリタを呆れさせるものだったようだ。
「弟くんもマリアのこと好きっぽいってことだよ。いやあ、弟くんがメロディに向ける好意の方がずっと大きいからちょっと疑ってたんだけど、こういうときに二人っきりになろうとするってことはね」
あ、なるほど。
今回リズムとマリアが二人で陣地を離れたことが二人っきりでデート的なものに客観的には見えるってことか。
これはまあ、いい傾向である。
リズムとマリアがいい感じだと周囲に認識してもらうとマリアもよりリズムを意識するだろうからね。
しかし問題はリタの「弟くんも」という発言で……
「リタ、わたしは別にマリアのこと狙ってないって」
「またまたー、弟がライバルになるからって今更遠慮しなくてもいいんだよ」
「遠慮もしてないわよ……むしろわたしはリズムとマリアの関係を応援するわ」
嘘偽りなく、二人をいい感じにするべくここ何年かがんばっているわたしである。
「えー、本当かなー?」
リタは疑り深かった。
仕方ない、彼女は放って置いてムーサ師匠へのアリバイ作りに移行するとしよう。
わたしはすたすたとマリアの方へ寄って行き、声をかける。
「マリア、とりあえずあなたが無事で良かったわ。それと夕食のとき話があるから時間をもらっても?」
「えっ、はい、喜んで!」
喜んで?
どうやらマリアはまだ慌てている状態のようだな……
*
流星群が降る中、ユニコーン狩りから帰って来ていなかった一年生達も続々と陣地に戻ってきた。
彼らの話によると、流れ星がまるで篝火の方へ導くように降っていて真っ直ぐに陣地に帰ることが出来たそうだ。
そして全員が返ってくる頃にちょうど流星群も日食も終わり、夕暮れの空の下に生徒全員と、完成した夕食が揃ったのである。
「とりあえず怪我人が出なくて良かったわ」
「すみません、ご心配をおかけして……」
「ああ、責めるつもりはないの。今日はただこれからの話しを少ししたかっただけ」
そしてわたしとマリアは二人きりで、夕食を取りながら話をしていた。
ここはわたしもさっきはリズムといい感じになっていたと勘違いしているふりをして、お義姉さんは応援しているよ!と伝えてしまおう。
「入学してから、あなたがリズムと仲良くしてくれていることにわたしとても感謝しているのよ」
「感謝ですか?わたしの方がいろいろと彼にはお世話になってるんですけど……」
「謙遜しないで、あなたとリズム、とてもお似合いよ」
そう言うとマリアはわかりやすく焦りだす。
「あの、わたし達まだそんなのじゃないっていうか!」
「『まだ』ね」
「あー!いや、そういう意味じゃなくてですね!!」
うん、照れている顔ってなんかかわいいな。
機嫌よく彼女の表情がくるくる変わるのを見ていると、いっぱいいっぱいになったのか俯向いてしまった。
ちょっとやりすぎたかな?
「ごめんなさい、ちょっとこういう話は早すぎたみたいね」
「はい……待ってもらえるとうれしいです……」
そう言いながらマリアはゆっくりと元通り背筋を伸ばす。
さて、恋を応援するお義姉さんモードはこの辺にしてあとは適当に今後についての相談を……
「あの、メロディ先輩」
マリアの真剣な声がした。
「……なにかしら?」
「わたし、【聖女】なんてものになっちゃっいましたけど……それでも好きな人を持ってもいいと思いますか?」
それはきっと、重大な質問だった。
しかしその問いにわたしが出せる答えなど一つしかない。
「もちろん、誰にだって『好き』って気持ちは抑えられないものよ」
だからマリア、リズムのことを好きになってねお願いだから!




