7話
そしてわたしは【浮いている板】を、見なかったことにした。
未来のことは好き勝手書けるとしたって名門の跡取り息子が来年までに亡命するなんていくらなんでも滅茶苦茶過ぎる。
こんな質の悪いものには惑わされず、自分の生活に戻ることにしよう。
愛読している剣の理論書を読んで、いつもの就寝時間におやすみなさい。
明日は自由時間が多いから体をいっぱい動かして今日のことを吹き飛ばしてしまおう。
*
いつも通り侍女が起こしに来るよりも早く目が覚めた。
が、何やら様子がおかしい。
屋敷内のピリピリした空気がこちらまで伝わってくるような……
コン、コンとノックの音がする。
「メロディ、起きていらっしゃる?」
えっ、お母様!?
急いでベッドから降りて部屋の扉を開ける。
「おはようございます、お母様。何かあったのですか?」
「メロディ、おはようございます。まだ詳しいことはわからないのですが、何やら【宰相派】の者達がしきりに使いを送り合っているようなのです」
「……!何かの企みでしょうか!?」
お母様は静かに首を横に振った。
「いいえ、あちらがなにかの企みにあったかのように慌てふためいているのです」
「向こうの方が……?」
そんな風に話していると慌ただしく駆け寄ってきた家の者がお母様に耳打ちをする。
お母様はそれを冷静に聞いたあと小声で指示を出し、わたしにこう言った。
「マイナー・セブンスコード家の跡取り息子が行方知れずになっているようです。確かあなた達と同じ年頃でしたね……何か心当たりはありますか?」
*
その後今日は家の中で過ごすように言われ、その通りにしていると少しずつ情報が増えていった。
ノイズ・マイナー・セブンスコード以外の者はいなくなっていないこと。
首都中で捜索が行われているが成果は上がっていないこと。
身代金の要求などは届いていないこと。
【ピアノ公国】方面で何か騒ぎがあったこと。
結局その日の内に正式に発表されたのは「ノイズ・マイナー・セブンスコードが行方不明になった」ということだけだったが、
噂は首都中に広がっていた。
「ノイズ・マイナー・セブンスコードが【ピアノ公国】に亡命した」と――
*
本当だった。
本当に起きてしまった。
わたしは自室で頭を抱えていた。
この【浮いている板】には未来のことが書いている、いや、もしかしたら、
わたし達はこの【浮いている板】に書かれている物語の登場人物なんじゃないか?
混乱しながらわたしはもう一度『年表』のページを読んでみる。
騎士歴千四百二十年から先にも記述は続いていた。
『騎士歴千四百二十一年 主人公が【オラトリオ騎士学校】に入学』
『騎士歴千四百二十二年 【オルガノ王朝】が大陸の支配権を【トライアド帝国】に禅譲』
『騎士歴千四百二十三年 三国が覇権を争う【竜王戦役】が始まる』
『騎士歴千四百二十四年 【竜王戦役】終戦、選択したシナリオの国が【ムジカ大陸】を統一する』
げ、激動過ぎる!!!!
選択したシナリオの国って誰が選択した国!?
あ、いやそれは多分主人公だよね。
そうだ、そういえば主人公って誰なの!?
『登場人物』のページを確認してみる。
『マリア・フォン・ウェーバー 主人公 所属:【クラシック王国】
【クラシック王国】宰相の娘。
前向きで何があっても諦めない性格の少女。
【オラトリオ騎士学校】入学後、騎士としての才能を開花させていく。
様々な出会いが彼女を【ムジカ大陸】の覇権をめぐる戦いへと導いていく。
自軍ユニットとしての性能は遠距離攻撃に長けたアタッカータイプ。』
【クラシック王国】の人間……!
もしかしてこの子が選んだ国がこれから起こる戦争に勝利するってこと!?