63話
マリアといっしょに古びた地図を発見するのはリズムに任せ、わたしはレガートとクレシェンド公が逃げないように見張りつつみんなが見つけてくれた資料を精査する役を果たすことにした。
自分の論文に取り組みつつ不安のあるメンバーの面倒を見るつもりなのでけっこう忙しいのである。
特に見張っている二人にはまともなテーマを選ぶところから見なきゃいけないし。
「メロディ様、あちらの棚から使えそうな本を見つけてきました!」
「一年生のハーモニーちゃんでもわかりやすそうなものがこちらで……」
「メロディ様が好きそうな騎士剣術との関係性についての資料がこちらです!」
今回の親衛隊選抜メンバーはオクターヴが厳選してくれた理系分野を得意としている子達である。
あらかじめ誰向けか分類した上でわたしのところに持ってきてくれるとは気配りも出来る。
「ありがとう、とても助かるわ」
にっこりと微笑んで礼を言うと、図書館での礼儀を守りつつはしゃいでくれた。
統制もどんどん高まっていて本当にありがたい。
そんな風に資料の精査を進め、自分の論文のテーマを決めたあたりでリズムとマリアが戻ってきた。
マリアはそわそわしていて、リズムはわたしに成功の合図を送っている。
どうやら無事に古びた地図を発見できたようだ。
「みんな、とんでもないものを見つけてしまいました!」
「マリア、図書館であまり大きな声を出さない。なにかいいものでもあったの?」
わたしは何が見つかったか知っているとわからないように、演技をしつつマリアに尋ねる。
「あ、そうでした。でも本当にとんでもないものなんです、みんな見てください」
マリアは持っていた古びた紙――例の地図を自習用の机に広げ、みんなを呼び寄せる。
その地図に書かれているものは既に学校生活に慣れているものにとっては一目でこの【オラトリオ騎士学校】の地図だと分かる図と、飾り付きの文字で書かれたメッセージだった。
『騎士歴千四百二十二年のマリア・ヴィルトゥオーサへ
これから試練へと挑む貴方に宝剣と導きを授けます。
印を辿ってわたくしのところへといらしてください。
途中まではお友達のみなさんもごいっしょで構いません。
でも最後までついてこられるのはお一人だけ、誰と行くかはよく考えて。』
「これって……マリアに対するメッセージなのか!?」
ヨハン少年が戸惑いながら発言する。
少く見積もっても数十年、下手をすれば数百年は書かれてから経っていそうな地図に現在の年号とマリアの名前を宛名とするメッセージが書かれているのだから戸惑うのも無理はない。
どうやって遺したのか、神のすることだから考えるだけ無駄なのか。
「印……この赤いインクで書かれているものかな?第一校舎に入って……なんだこの通路、見たことないぞ」
ブルースの指摘する通り、地図の赤いインクが示す道は行き止まりのはずの場所から通路が延び、そして立入禁止の最上階へとつながっていた。
「どうしましょう、地母神が絡んでいそうですからまず教会に相談するという手もありますが……」
オクターヴがわたしに指示を求める。
確かに彼の言う通りわたし達の手だけで関わっていい問題ではないだろう。
しかしわたしには来たるべきときまで――【個別シナリオ】が確定する聖誕祭パーティーの日までムーサ師匠の目を欺く必要がある。
つまり【メロディシナリオ】に向けて進んでいるように見せかけなければならないのだ。
仮にここで【宝剣ストラディバリウス】を譲られないまま帰ってしまったとしたら、おそらくムーサ師匠はマリアに接触して後日わたしに【宝剣ストラディバリウス】を譲らせて帳尻を合わせる。
そしてわたしが【メロディシナリオ】に進まないようにあえてそうしたと疑われてしまったら……
土壇場で裏切るというわたしの計画は失敗してしまうだろう。
「いえ、このメッセージには『お友達』と行くように指定してあるわ。これが地母神の思し召しならばわたし達だけで行く必要があるでしょう」
「そうですか……ではとりあえずわかっているところ、ここの行き止まりのはずの場所まで行ってみましょう」
みんなが頷く。
特に論文のことは後回しにしていい流れになったと察したレガートとクレシェンド公は満足そうに。
*
行き止まりのはずの場所、第一校舎の音楽準備室は都合良く鍵が壊れていて簡単に入り込めた。
まずはみんなで通路があると書かれている壁側のものを運び、スペースを空ける。
そしてなにか仕掛けがないか探ってみるが……まあ簡単には見つからなかった。
壁を叩いてみても隠し通路がありそうな位置とかわからないものだなぁ。
「うん、やっぱりここに隠し通路があるはずだよ」
しかし一歩退いて見ていたリタはそう断言した。
「この部屋、前からちょっとした噂はあったんだよ。外から見た広さと実際の広さにズレがあるって」
「隠された空間そのものはあるってこと?でもそこへの道の開き方がわからないんじゃ……」
「メロディ先輩、ちょっと失礼」
クレシェンド公の頭が下からひょっと上がってきた。
思わず驚いて数歩後退してしまったところで、彼が見つけたものに気がつく。
古びた地図にあったメッセージと同じ飾り付きの文字で書かれた一文が壁の低い部分にあったのだ。
『右手で触れて、もう一人と一緒に』
「これは、きっと正解よ!」
「おー、クレシェンドたまには役に立つ」
「どもどもー」
レガートとクレシェンド公の緩すぎる掛け合いは一旦置いておき、これで通路はみつかった。
おそらくマリアともう一人だけがこの一文に触れたとき、隠し通路へと招かれるのだ。
さて、次はどうやってリズムと二人で向かわせられるかだ。
 




