62話
予想外の幕開けを迎えたわたしの学校生活三年目。
この学校で暮らす最後の一年間ということもあってか、これまでよりも時の流れが早く感じる。
いや、そういう心情的なものは関係なく単に課題の量がいっそう増えたからそう感じるのかも知れない。
レガートだけでなくリタさえ課題という単語を聞くと嫌そうにするくらいになったからね。
こんな風に振り返ってものを考える余裕が出てきたということは、年度最初の学校行事である論文コンテストが開催されるということである。
わたしは教室で今年の論文コンテストのテーマを確認する。
『論文コンテストテーマ:騎士種族の生物学的特徴について』
ふむ、今年のテーマはこれまで二年のテーマと違って理系分野のようだ。
どちらかといえばこれまで二年のテーマのような文系分野を得意とするわたしだが、理系分野だって苦手なわけではない。
今年もさくっと論文を書き上げてみせよう。
【メロディシナリオ】を目指すと見せかけて【リズムシナリオ】を目指す作戦も進めなきゃいけないしね!
*
「もう駄目です……おしまいです……」
というわけで今年も勉強会メンバーで図書館に行って論文の作業をしようと提案したのだが、それを聞いたマリアの反応はご覧の有様だった。
なんかこの前の王国と家から籍が外れるってときより絶望してそうに見えるのは気のせいだろうか。
「マリアおじょ……こほん、マリアは生物に苦手意識があるんです」
ヨハンナ少女が解説を入れてくれた。
確かに一番成績の悪い科目なのは知っているが……
「でも学力試験ではちゃんといい点取れていたんだしここまで絶望するほどじゃ……」
「学力試験は単語覚えればなんとかなる問題だったじゃないですか……論文書けって言われなかったじゃないですか……!」
マリアは涙目になりながらこちらに詰め寄ってきた。
そんなに嫌なの?とちょっと戸惑うくらいである。
そんなわたしの肩をリタがちょいちょい、とつつく。
そして振り返ったわたしに小声でささやくのだった。
「メロディ、これはマリアが甘えたがっているだけだよ」
「甘えたがっているだけ?」
「そうそう。マリアは諦めの悪い子だからこんなことでへこたれたりしないよ、ただここにいるみんなに甘えていいってわかったからちょっとじゃれてるだけ」
なんだ、つまりリタ達にだけ見せていた一面をわたし達にも見せてくれるようになっただけか。
だったらわたしも遠慮なくいくとしよう。
「えいっ」
「あいたー!?」
マリアの額を指でぱちん、である。
「手伝ってあげるからうだうだするのはこの辺にしなさいね?」
「えへへ、わかりました!」
リタの言う通りじゃれているだけだったようで、マリアはいつもの調子に戻った。
ふむふむ、優等生のような印象だったがこんな一面もあったのか。
新たな一面の発覚に言葉にできない感覚を抱いていると感じる視線。
「むー……」
レガートだった。
彼女のこういう一面は大分慣れてきた感覚だ。
「ずるい、メロディに甘える立場はわたしのもののはず……」
「いや、そんなこと決まってないからね?あえて言うならリズムかハミィの立場だから」
「お姉様!正直わたしも論文についてかなり甘えたい!」
「俺はそろそろ姉上から甘えられるような立派な男になりたいですね……」
*
というわけでその日の放課後。
図書館に集まったわたし達は論文のための資料集めを開始した。
もちろんわたしとリズムはマリアが古びた地図をすぐ発見出来るように誘導することも忘れていない。
そしてもう一つ忘れてはいけないのが……
「マリアさん、この本はどうでしょうか?」
「うーん、ちょっと難しそう。誰かに質問しながらじゃないと読み進められないかも」
「……なら僕が手伝いますよ!」
【攻略キャラ】の一人、ブルースである。
【帝国シナリオ】に入ったことでライバルはブルースとレゾナンスの二人に絞られたわけだが、ほとんど隔離に成功しているレゾナンスと違ってブルースにはまだ巻き返される可能性がある。
何より一目惚れしているから本人がノリノリである。
もちろん対策は済んであるのだが……悪いね我が婚約者よ。
「ブルースお義兄様!」
さっそく対策――課題をいくつか代筆することと引き換えにブルースが婚約者であるわたし以外の女子と仲良くするのを妨害しろと依頼しておいたハミィがやって来た。
ブルースの腕にしっかりとしがみつくハミィはまるで本当に彼の妹であるかのよう。
今までそんなことしてるの見たことないけど、将来的に実際義妹になるわけだからよし!
「わからないことがあるからこっちに来て手伝ってくれませんか?」
「ハーモニーちゃん!?いきなりどうして……」
「なにかおかしいですか?わたしがブルースお義兄様に頼ることが!」
ハミィの天使のような笑顔が光る。
有無を言わせぬ勢い、課題の代筆という邪道に手を出した甲斐はあったというものである。
「……お義兄様、か。じゃあブルースくん、わたしのことは気にしないでハミィちゃんをよろしくお願いします」
「えっ……」
「マリア、向こうの方の本棚を探すの手伝ってもらえるか?」
「あ、リズム。いいですよ、いっしょに行きましょう」
「えー……」
マリアに置き去りにされたブルースは、仕掛けた側ながら哀れに思えてくる空気を背負いながらハミィに引きずられていった。
うん、将来は彼に優しくしてあげようかな。
 




