58話
地母神の後継者候補。
いきなり飛び出たその言葉に周囲はどよめき、その反応は概ね不信だった。
「新たな地母神だなんて……いきなり何を言い出すんだ?」
「そんな話教会で一度も聞いたことありません!」
「人が地母神様に成り代わるなんて恐れ多いことにも程があります!」
そんな言葉と責めるような視線がイロハに浴びせられる。
わたしだって【道標】を見ることが出来なかったなら同じ様な反応をしただろう。
しかしマリアは違った。
「みなさん、落ち着いて下さい!詳しい事情も知らないのにそんな大勢で一人を責めるような扱いは駄目です!!」
マリアは毅然とした態度でイロハをかばったのだ。
こうなることも【道標】で知っていたわたしだが、実際に見てみると周囲に流されず衝撃的な事実にもまっすぐに向き合おうとするマリアの姿勢は感嘆に値した。
わたしはリズムに視線で合図を送ってから、マリアの言葉に賛同する。
「その通りね。イロハさん、詳しい話を聞かせてちょうだい」
「イロハさん、わたし、ちゃんと聞きますから詳しく教えてください」
わたしとマリアの言葉にイロハは頷いて、話を続けた。
「はい、この伝承は調査団の末裔と【シラベ国】の女王様しか知らないもので、ぼくも成人前なので全てを教えてもらったわけではないんですか……」
そうして語り始めたイロハの話をまとめるとこういうものだった。
ムジカ・オルガノ・コンチェルト一世は地母神の後継者候補だったが人として留まることを選んだ。
しかし次の後継者候補が神となることを恐れた。
そこで当時の【魔法使い】に命じて次の後継者候補――【シラベ国】の少女を暗殺するため調査団という名目でよりすぐりの騎士を向かわせた。
だが地母神の加護を受けた少女は信じられないような奇跡によって守られ生き延び、彼女もまた人として留まることを選び【シラベ国】の女王となった。
そうしているうちにムジカ・オルガノ・コンチェルト一世は亡くなり、【オルガノ王朝】が分裂して三国が興隆、その争乱の中で【ムジカ大陸】では後継者候補のことは忘れられてしまった。
【シラベ国】では任務を失敗したことで帰国できなくなった騎士達が女王に拾われ、後継者候補のことを秘密として守りながら過ごしてきた。
「ふむふむ、調査団の真実はそういうことだったんだね」
「うわっ、レガート!?いつの間にこっちに来ていたの?」
「だってこっちに全然来ないんだもん」
いつの間にかわたしの隣に来ていたレガートの言葉で気がついて辺りを見回してみると、三国の生徒全員が集まってイロハの話に耳を傾けていた。
みんな彼女の話をどう受け止めるべきか悩み、近くの者と相談しあっている。
そんな中、セバスティアン王太子が口を開く。
「その話をとりあえず信じるとして……なぜ今になって貴方達は大陸に戻ってきたんだ?」
「それは……当代の【魔法使い】を介して【ムジカの上王】から連絡があったらしいんです。『自分は後継者の誕生を恐れない。調査団の罪も問わない。再び交流を持てないか』と」
「【ムジカの上王】から……?いや、ならばなぜ王朝ではなく帝国に?」
「すみません、そこまでは教えてもらっていないんです。子供にはまだ早い、と言われて」
イロハの返答に周囲のざわめきが大きくなる。
権威のみの王であるはずの【ムジカの上王】が外交に介入した。
しかも帝国の有利になるように動いた可能性もあるというのだ、成人前のわたし達にも問題だということくらいはわかる。
華やかな演奏は流れ続けているが、もはやパーティーという雰囲気は消え去ってしまっていた。
そんな気まずい空気の中、マリアはイロハの手を取った。
「教えてくれてありがとう、イロハさん。まだ受け止めきれたわけじゃないけど、自分が後継者候補だってこと、信じてよく考えてみるね」
「マリアくん……ありがとう、信じてくれて」
「うふふ、じゃあパーティーを仕切り直しましょう。本当ならそろそろダンスの頃合いですし!」
マリアがそう提案するが、今の雰囲気の中でダンスに移れる者はいないようだった。
つまり、今がチャンスだリズム!
「ならまずは俺と君で踊ろう、マリア」
「えっ、わたし?じゃなくて、そうですね、こういう雰囲気を壊したいなら自分からです!」
「ああ、じゃあ手を出して」
よし、上手いぞリズム!
二人は昨年度の聖誕祭パーティーのときより上達した動きで踊り始める。
それによって雰囲気は少しずつやわらいでいった。
ここはわたしも誰かを誘って加勢してしまうとしよう。
誘う相手は……まあブルースでいいか、と思ったところであることに気がついた。
「……」
セバスティアン王太子が所在なさげに右手を上げて立ちすくんでいた。
あー……これはマリアを誘おうとして出遅れたやつだな。
ちょっと可哀想に見えたので彼を誘うことにしよう。
「セバスティアン王太子、わたしも踊りたい気分なのですがエスコートをお願いしても?」
話しかけられて我に返ったセバスティアン王太子はちょっと落ち込んだ雰囲気を漂わせつつも快く受け入れてくれた。
そしてわたしとセバスティアン王太子とのダンスが始まった。
レガート程は上手くないけれどわたしだって侯爵令嬢、ダンスは教養として身につけているし何より体を動かすことには絶対の自信がある。
それなりに見栄えのするダンスを披露して会場の雰囲気を更にやわらげることに成功した。
「メロディ様踊っている姿も素敵……」
「でもやっぱりリードされてるところじゃなくてリードしているところが見てみたいですよね」
「というかリードしてほしい!そこ代わって!!」
作りたかったのは別の空気も作ってしまったが、とにかくパーティーは無事再開された。
しかし地母神の代替わりか……【リズムトゥルーエンド】でも起きない予定だし、これは永遠に起きないやつなのでは?




