49話
十月 剣術トーナメント 準々決勝戦
わたしはセバスティアン王太子が残像を出して繰り出す【飛燕剣】に対応している。
初対面のときとは違い、こちらの動きを制限しようとする的確な攻撃ポイント。これは文句のつけ様がない【幻影斬】だ。
つまり衝撃波だけに気を取られていてはここから来る本命の一撃を受けられない!
「もらった!!」
距離を詰めてきたセバスティアン王太子が【十字剣】をわたしに叩き込む!
……が、それは残像である。
「もらいました!!」
そして背後に回り込んでいた本体のわたしが【十字剣】をお返しする。
こちらは見事に決まり、倒れ伏したセバスティアン王太子は剣から手を離す。
「勝者、【トライアド帝国】二年生、メロディ・ドミナント・テンション!」
歓声と拍手が鳴り響く。
わたしがそれに手を振り応えている間にセバスティアン王太子は立ち上がり、わたしに話しかけてくる。
「俺も鍛えたつもりだったが、【幻影剣】を会得しているとは……流石だ、フロイライン・メロディ」
「わたしはまだ二人にしかなれませんけれどね。素晴らしい戦いをありがとうございます、『好敵手』よ」
わたしはそれに答えつつ、セバスティアン王太子と互いの健闘を称える握手を交わす。
そんなわたし達にさらに大きくなった拍手が降り注ぐのだった。
*
その後の選手控室。
応援として許されている五名――リズムとオクターヴ、ブルースにレガートと親衛隊代表のエリーゼがわたしを迎えてくれた。
「素晴らしい戦いでした姉上!」
「さすがメロディさん!タオルと飲み物をどうぞ!!」
「お疲れ様、メロディ」
「メロディは今年も優勝するんだから、このくらいで騒いじゃ困るよ」
「そうですね!あと二戦、この調子でがんばってくださいメロディ様!」
「もちろんよ、オクターヴはありがとう」
飲み物を飲んで一息つき、準決勝の相手を確認する。
対戦相手は……あのロック・モードだ。
ここまでの彼の戦いを見るに本来なら対多数用の剣技である【九重斬】を多用しているようだが、まだ本気を出していないような雰囲気もある。
おそらく一対一用の得意技をまだ隠しているのだろう。
そんなことを考えていると、挙動不審なブルースが目に入ってきた。
「ブルース、今やっている試合……マリアのことが気になるのかしら?」
「え、いや、そんなことは……」
ごまかそうとしているが顔にはっきりと出ていた。
婚約者の義理で私の応援に来ているが、本当はマリアの方の応援に行きたいのだろう。
リズムとマリアをくっつけたいわたしにとっては好都合だが不器用な男である。リタなんか普通にマリアの方に言っちゃったのにな!
……あれ?そう考えるとこっちにリズムがいるの良くないんじゃないか?
「リズム、そういえばあなたはマリアの応援に行かなくてもいいの?」
「えっ?」
きょとんとした顔が帰って来た。
うん、わたしも今やっと気がついたから仕方ないね!
*
マリアの準々決勝戦の相手はヨハン少年でかなり白熱した戦いだったようだが僅差でマリアが勝利した。
【剣帝】を目指していいるだけあってヨハン少年の実力も中々のものだ。いつか手合わせしてみたいものである。
そんなこんなで準決勝戦に出場する四人が出揃った。
【ピアノ公国】 一年生 ロック・モード
【トライアド帝国】二年生 メロディ・ドミナント・テンション
【クラシック王国】一年生 マリア・フォン・ウェーバー
【トライアド帝国】三年生 ジャズ・ラグタイム
去年一年生で優勝したわたしが言うのもなんだが、一年生が二人残っているのは驚きだ。
三年生の一人はわたしが去年準決勝戦で当たった男子で、それなりに強いがマリアの【魔弾】に対応できる程ではない。
つまりわたしがロック・モードに負ければ一年生同士の決勝戦になるが、そんなことにはわたしがさせない。
そもそも決勝戦は『事件』が起きてしまいそれどころでなくなってしまうのだけれど。
とにかく準決勝戦には絶対に負けないつもりだ。
首を洗って待っていろ、ロック・モード!
*
準決勝戦第一試合、わたしとロック・モードは距離を取って試合開始の合図を待っている。
ぴりぴりとした空気が漂う中、ロック・モードが口を開く。
「俺は先祖が帝国を見限り公国についた騎士だ……だから常に公国の騎士らしくあろうとしてきた」
なんか自分語りを始めたぞ。
名前が帝国風だからなんとなく予想していた通りの事情だが、国力最強の帝国から国力最弱の公国に行ったのを『見限った』とか言われるのなんかむかっと来るな。
「そして帝国の騎士だったことをなんとしてでも否定する!だから貴様には必ず勝つ、メロディ・ドミナント・テンション!」
「あなたが帝国へ強い敵愾心を持っているのはわかったわ。でもそんな気持ちだけでわたしに勝てると思わないで欲しいわね」
互いの緊張感が高まる。
そしていよいよ審判が試合開始の合図を告げた。
「これで沈め!!」
予想通りロック・モードは【九重斬】ではなく突きを繰り出してくる。
刺突技を得意とするのか、一撃目はまず剣で受け止めて……と、考えていたところに嫌な予感が走る。
こういう感覚は軽視できない、わたしは方針を改め全力でロック・モードの突きを回避する。
響く轟音。回避され空を切っただけのはずなのにこんな音が響くということは……まさか【無明剣】!?
同じ場所に正確に三連続の突きを繰り出す超高難度の剣技、この年で既に会得しているというのか!
剣で受けていれば間違いなく剣が砕けわたしの判定負けとなっていただろう。
ロック・モードはわたしの方を振り返り、再び突きの体勢に入る。
もう一度避けるか?いや、それだけではどんどん追い詰められる。反撃に出なければ!
「なめるな!!」
こちらも片手で突きを繰り出し、相手の勢いも乗せたカウンターを狙う。
「そっちこそなめるなよ!!」
ロック・モードは咄嗟かつ見事に体勢を切り替え、攻撃からわたしの突きを回避する動きに変える。
しかしそれこそがわたしの本当の狙い!!
わたしは攻撃を突きから横薙ぎの斬撃に切り替える――これぞ二段構えの【狼牙剣】!
「なっ!?」
「お前が沈め!!」
斬撃で体勢を崩したロック・モードに【飛翔剣】で斬りかかりとどめとする。
倒れ伏したロック・モードは再び剣を握ろうとするが、力尽きる。
「勝者、【トライアド帝国】二年生、メロディ・ドミナント・テンション!」
短いが、思わぬ超高難度剣技の登場に焦らされた一戦。
勝利したものの息がだいぶ乱れてしまった。
だが結果的には完全勝利。わたしは左手を高く掲げ、歓声と拍手を浴びるのだった。
 




