42話
ヨハン少年とヨハンナ少女とリタが王国の東海小国家群に関する書籍、リズムとオクターヴが帝国のシラベ国からの漂流者に関する記録、親衛隊のみんながシラベ国に関するおとぎ話、ブルースはレガートとクレシェンド公が逃げ出さないように見張り、そしてわたしとマリアが調査団に関する記録という風に分担して資料を探すことにした。
「さすが地元だけあって古い時代の王朝に関する書籍も充実してますね」
「そうね、おかげでお目当てを探すのが大変そうだけれど」
雑談をしつつ怪しまれないように奥まった区画に進んでいく。
【道標】によるとこの辺りにある『魔法使いの箴言』という本が意思を持った魔導書で、マリアが手に取った瞬間動いてしゃべりだすらしい。
突き当りまで来たところで、ようやくそれらしき本を見つけたので足を止める。
「ここまででお終いみたいね、もう一度じっくり調べながら戻りましょう」
「はい、じゃあわたしはこの棚から……」
よし、上手くマリアを魔導書がある棚に誘導できた。
あとは反対側の本棚を探すふりをしつつ、魔導書が動き出すのを待ち構えるだけだ。
少し緊張しながらこっそりと本棚を調べるマリアを見守っていると、魔導書に気がついたのか彼女の動きが止まる。
「あれ……なんだろうこの本、他の本と雰囲気が違うような……」
マリアの手が魔導書に触れる。
その瞬間、魔導書が本棚から飛び出し宙を舞いだした。
勝手に魔導書が開かれ、ぱらぱらとページがめくられだす。
そして歌うような女性の声がどこからともなく聞え始めた。
「お久しぶり、地母神に選ばれし者。あなたはたしか十五人目、わたしはあなたを待ブハァッ」
宙に浮いた魔導書にわたしはハイキックを叩き込んだ。
「わたしはあなたを待っていたの、その運命をボホァッ」
魔導書は何かを伝えたがっているようだがどうでもいいので更に蹴りをお見舞いする。
「あの、わたし今大事な話をしバホォッ」
かかと落としで魔導書を地面に叩きつける。
「あなたの話なんてどうでもいいから!大人しくしてなさい!!」
わたしにとって重要なのは最終的に魔導書を捕まえた【攻略キャラ】が得られる大量の【勢力フラグ】と【キャラフラグ】のみだ。
リズムが捕まえやすいようにここで出来る限り魔導書を痛めつけておく!
そんなわたしの意図はともかく敵意は察知したようで、魔導書はページを何枚か切り離す。
すると切り離したページがユニコーンやケルベロスといった【幻想生物】に姿を変えた。
「メロディ先輩、数が多いです!一旦退いて……」
いきなりの出来事であっけにとられていたマリアも危険を感じて正気を取り戻し、一気に戦士の顔つきになる。
彼女の言う通りこの【幻想生物】達が本物なら狭く動き辛いこの場所から一旦離れるべきだが……わたしは構わず目の前のケルベロスに拳を叩き込む。
すると全く手応えがなく、ケルベロスは煙とともに消えて切り離されたページが宙を舞った。
「これは偽物よ!簡単にページに戻せるわ!」
わたしは大声でマリアと遠くにいるリズムにも聞こえるように伝えた。
魔導書はページを切り離し張りぼての【幻想生物】をまき散らしながら逃げていく。
「マリア、張りぼての対処をしながら追いかけるわよ!」
「は、はい!わかりました!!」
対処法がわかってしまえばマリアも落ち着いたもので、次々と張りぼての【幻想生物】を元のページに戻していく。
わたしは魔導書を追いかけながら他の生徒達に実演とともに対処法を伝え、混乱が広まらないようにする。
もちろん騒ぎは起きてしまうものの、わたしとマリアですぐに対処していくのであまり大きな騒ぎにはならずに済みそうだ。
そしてわたしの声を聞いて駆けつけたリズムが、ちょうど魔導書が逃げていく方向にやって来た。
「リズム!その本を捕まえて!!」
「はい、姉上!!」
よし、これでこの『事件』は無事解決!
そう思ったところに、脇から一人の少年が飛び出してきた。
その少年は凄まじい速さで魔導書をはたき落とし、すかさず踏みつけにして魔導書を捕まえてしまった。
「いきなり騒ぎが起きたと思ったら……帝国人が起こした騒ぎか」
そんな憎まれ口を叩く少年は公国の【攻略キャラ】の一人、ロック・モードだった。
歓迎パーティーで見込んだ通りの身体能力に少しうれしくなったが、棘のある言葉にはむっとする。
「……その本を捕まえてくれたことには礼を言うけれど、わたしが起こした騒ぎってわけじゃないわ」
「そうです!わたしがその本に触っちゃったら動き出したのが原因で……」
マリアがわたしをかばうように前に進み出てくる。
あ、別にあなたに責任を押し付けたかったわけじゃないんだけどな……
「ふん、知っているぞメロディ・ドミナント・テンション。いつも女を侍らせていい気になっているってな」
「は?」
「なんだ貴様……!」
その言い様に思わず怒った態度を取ってしまう。
が、リズムがそれ以上に激しく怒っているのですぐに冷静な思考に戻ることが出来た。
いけないいけない、このままでは今度こそわたしの手で騒ぎを起こしてしまう。
ここはリズムを宥めつつ穏便にことを収めなければ。
「やめなよ、ロック。今のは君の言い過ぎだ」
そう思っていたところに、仲裁の手が入る。
やって来たのはノイズ・マイナー・セブンスコード、地母神の啓示により帝国を裏切った少年だった。




