32話
「おはようみなさん、今日も素晴らしい日ね」
満面の笑顔でわたしは食堂を訪れた。
ダンスコンテストに向けて練習をしているらしく少し密度が減った取り巻きの女子生徒達とリタがわたしを迎えてくれる。
……あれ、レガートもいない。あの子も練習かな?
「おはよう、メロディ。なんか最近妙に機嫌いいけど何かあったの?」
スープを飲みながらリタが尋ねてくる。
機嫌いい、か。残念ながら彼女に理由を教えてあげることは出来ないが、確かに最近は最高の気分だ。
その理由とはもちろんムーサ・カメーナエ――いや、ムーサ師匠の特訓がそれはやりごたえのあるもので、日々強くなっているのを実感できているからだ。
しかもムーサ師匠の魔法で特訓による怪我と疲労も回復してもらえるから体調も万全なのだ。
これはつまり一晩中寝ずに特訓も出来るってことですか!?と聞いたら、
「怖……頭生物兵器時代の先祖返りか?成長期なんだからちゃんと休め」
と怒られてしまったのは少し残念だったが。
まあとにかく最高に機嫌のいいわたしはリタからの質問を適当に誤魔化して会話を続ける。
「最近とても体調がいいからそれでだと思うわ。ところでレガートはどこに?あの子もダンスの練習かしら」
「レガートならその通りだけど……そういえばメロディはあの子のダンスパートナーが誰か、もう知ってるの?」
レガートのダンスパートナー?
そういえば誰だか聞いていなかった。
改めて考えてみるといつも無口でわたしにくっついているから彼女の他の交友関係はよく知らないな。
でもこういうときに頼るならおそらく同じ公国の男子生徒だろうか?
「いえ、聞いていないわね。公国の生徒かしら?」
「なるほど……じゃあせっかくだからダンスパーティー当日に驚いてもらおうかな!」
わたしの返答にリタはいたずらっぽい笑みを浮かべながら答えた。
ダンスパートナーの相手でなぜ驚くのか想像できなかったわたしは、首を傾げながらパンをかじるのだった。
*
十二月 聖誕祭パーティー 当日
わたしとリタはパーティーの会場である講堂にいた。
いつもついてくる取り巻きの女子生徒達はほとんどがダンスコンテストに出場しているので久々に人に囲まれず落ち着くことが出来ていた。
わたしを始めとするダンスコンテストに出場しない女子生徒達は歓迎パーティーのときと大して変わらない質素なドレスだが、出場する女子生徒達はみんなそれぞれ趣向を凝らした美しいボールガウンをまとってパートナーの男子生徒とダンスコンテストの開始を待っていた。
わたしがその綺羅びやかな集団の中にいるはずのレガートを探して見渡していると、さほど時間をかけずに彼女を見つけることが出来た。
レガートは白と淡い緑を基調とした清楚な印象を受けるドレスを身にまとい、その隣には――セバスティアン王太子がいた。
思わず大声を出しそうになったのをなんとか堪えたわたしを見て満足げなリタが話しかけてくる。
「ね、驚いたでしょ!レガートがセバスティアン王太子を引きずってパートナーの申込をしたらしいよ」
「驚いたなんてものじゃないわ……あの子はセバスティアン王太子のこと嫌っていると思ってたのに」
「まあ好きではないみたいだけどね。パートナーに選んだ理由は二人のダンスを見ればわかると思うよ……ほら、もうすぐ始まるみたい」
リタが指差す方を見ると、社交マナー担当の教官が歩み出てダンスコンテストの開催を告げるところだった。
教官が合図を送ると、楽隊が演奏する曲をダンスコンテストの課題曲に変える。
そして出場する生徒達が順番に進み出て、踊り始めた。
みんな今日のために練習を積んだだろうし、教養として幼い頃から叩き込まれている上級貴族の子弟もいる。
わたしの目の前に繰り広げられるダンスはどのペアも素晴らしかった。
しかしその中でもその二人は特別に輝いていた。
レガート・カデンツァとセバスティアン・ヴァン・クラシックのペア、公国の未来の公妃と王国の王太子、受けた教育の質という点では優る者がいるはずもない。
優雅かつ大胆な動きで舞う二人に、わたしは思わず目を奪われた。
そのまま目を奪われている内に時間は過ぎ、課題曲が終わる。
惜しみない拍手が送られる中、審査員達が協議をしているがわたしはどのペアが選ばれるのか疑いもしなかった。
「優勝は、セバスティアン・ヴァン・クラシックとレガート・カデンツァのペアです!」
*
ダンスコンテスト終了後、聖誕祭パーティーはまだ続いているがわたしとレガートは二人で抜け出し庭園を散策していた。
いつの間にか優勝者はわたしと二人っきりでデート、と決まっていたらしく周りには本当に誰もいない。
レガートはわたしにひっついてはいるものの、いつも通りの無口無表情だった。
少しいたたまれなくなって、わたしから口を開く。
「えーっと、おめでとうレガート。わたしもあなた達の踊りに目を奪われたわ」
「あなた達?」
「……あなたの踊りに目を奪われたわ」
レガートは満足そうに頷いた。
最近は彼女の無表情からも少しはこう思っているのかな?というのが想像できるようになってきた。
まあ、勘違いかもしれないのだけれど。
だから彼女がその後に口にした言葉は冗談でもなんでもないと、少なくともわたしは思ったのだった。
「メロディがわたしのこと友達としか思ってないの、わかってるよ。でもね、学校にいる間だけのものでもわたしがメロディを好きって気持ちは本物だから……だから、一生忘れられない友達になってみせるから」




