3話
朝食を終え、【浮いている板】についてもっとよく調べたいところだけれど、わたしは侯爵令嬢。
一月後に控えた【オラトリオ騎士学校】入学に向けた準備という名目でいくらかの休み時間をもらってはいるけれど、それでもやるべきことは多いのだ。
特に今日は午後から皇帝陛下――フォニム・メイジャー・トライアド様のお茶会にお招きして頂いている。
午前中は日課の鍛錬の後はお茶会の支度にあてなければならない。
そんな事を考えていると、例によって【浮いている板】の文面が変わる。
『フォニム・メイジャー・トライアド サブキャラ 所属:【トライアド帝国】
【トライアド帝国】の皇帝。
【帝国の魔女】の異名を持つ野心的な美女。
当代最強の【騎士】に与えられる【剣帝】の称号の持ち主。』
間違いはない、がどうもこの【浮いている板】、情報量に妙な偏りがある。
お父様よりマシとはいえ皇帝陛下の情報より成人もしていないわたし達きょうだいの情報が多いのはどういう意図なのだろうか?
その辺りは後でじっくり調べることにして、わたしはリズムとハミィを誘い鍛錬に向かうことにする。
*
『【騎士】
剣を持つ権利を持ち、剣を振るう義務を負う身分・種族。
超人的な身体能力を持ち、【平民】と比べて身長も高い。
男性の平均身長が百九十センチ程に対し、女性の方が平均身長二百センチ程と高くなっている。
寿命は約三百年あり、二十歳から寿命の直前までほとんど老化しない。
十六歳から成人までの三年間【聖都カンタータ】にある【オラトリオ騎士学校】で修業するしきたりがある。
種族としての起源は【古代超帝国オーケストラ】で生み出された戦闘用人造人間【偶像】にあり、
【ムジカの上王】の始祖を指導者とした反乱で【古代超帝国オーケストラ】を滅ぼし、現在の騎士の時代をもたらした。』
*
運動着に着替えたあと庭の鍛錬用区画に移動してまずは体をほぐす。
そして走り込みをして体を温めて筋力トレーニングを一通りこなせば準備運動は完了だ。
しかしどうしても【浮いている板】のことが気になってしまい、自分用のメニューにリズムとハミィを付き合わせてしまった。
リズムはまだいけそうだがハミィは少し休憩させたほうがいいだろう。
「ハミィはちょっと休憩ね、リズムはこのまま素振りいけそう?」
「……いけます!」
「休憩はいります……」
うん、二人とも返事ができるなら大丈夫だ。
用意しておいた自分とリズム用の木刀を手に取り、片方を手渡す。
ここからは剣以外のことは完全に頭から追いやって、無心に剣を振る。
実戦で自然に体を動かせるように、徹底的に体に動きを教え込む。
初めて木刀を握った日から欠かさず繰り返してきたこと、簡単なことだ。
【騎士】の基本である三つの【剣技】の型は特に念入りに繰り返す。
間合いを一気に詰めて斬りかかる【飛翔剣】。
高速で剣を振るうことで衝撃波を飛ばす【飛燕剣】。
上空の敵を撃ち落とす【斬空剣】。
大技を好みそればかり鍛えたがる者も多い――困ったことにリズムもだが、基本がしっかりしていなければ大技を決める隙すら見出すことは出来ない。
五年前、既に【剣帝】であった皇帝陛下が語ったいた言葉だ。
なのでわたしは基礎体力と基本技を中心に鍛錬を行っている。
その成果は同年代の騎士に無敗という形でしっかりと現れている。
自分の方針を信じて、これからもひたすら剣を振るうのだ。
*
「はぁ、俺も少し休憩……」
メロディに習って素振りをしていたリズムが息を切らせながら休憩に入る。
先に休憩に入っていたハーモニーは既にかなり体力を回復したようだが、メロディの様子を見つめていた。
「お姉様、本当に心配いらないみたいね。相変わらずの剣さばき」
「ああ、早く俺達もあの領域に達さなければな」
「お兄様も理想が高いね、あたしはそこそこでいいよ」
「お前な……そんなんじゃまた指南役に怒られるぞ。今日だって姉上は用事があるけど俺達は午後からも指南役と鍛錬なんだから」
「怒られない程度にはやるもん。さーて、あたしも素振りしてくるね」