25話
図書館の開館時間は朝の自主鍛錬を終えてから朝食を取っても十分間に合う時間だ。
わたしはいつも通りの朝の予定をこなしてから、返却窓口近くの自習席で論文に取り掛かりながらセバスティアン王太子を待とうと思いながら図書館に向かった。
取り巻きの女子生徒達にいつもと違う行動を深読みされないように、自分から今日返却される予定の本が以前から読みたかったのだアピールもしておく。
とはいえ彼が朝一番から本を返しに来るとは限らないので、始業時間までただ論文の作業をすることになるんだろうな……という考えだったのだが。
「あっ」
「げっ」
図書館の入口でセバスティアン王太子とばったり遭遇した。
初対面のときといい何故かタイミングがかち合うなこの男。
そして今回もげっとはなんだ。
「そこまでこの本を読みたかったのか……?」
そう言うセバスティアン王太子はちょっと引いていた。
読みたくて悪いか貴様……心配してやったのが損した気になってきたぞ。
「そうですが何か問題でも?あなたは言った通りに今日返すだろうと信用していましたし」
つい返答に嫌味を混ぜてしまった。
取り巻きの女子生徒達もメロディ様に対してあの言い方は無いよねー、という目線で彼を見る。
「信用……すまない、失礼なことを言ったな。謝罪しよう……」
セバスティアン王太子は見てわかるほどに気落ちしてしまった。
しまった、不調の彼を放っておけないから話をしてみようと思っていたのに追い打ちを与えてどうする。
とりあえず話題を変えて、この空気をなんとかしなければ。
「いえ!わたしも厭味ったらしいことを言って申し訳ありません、えーっとそういえば、あの……例の手紙はどうなさったのですか?」
いやいや、彼を悩ませている主要因に話を持って行ってどうする!?何やってるんだわたし!!??
「ああ、あの手紙か。内容が内容だから俺が引き取ることにした。返却する本には戻していないから安心するといい」
ごめん心配してるのはそこじゃなくて……!
こうなったら直球で行こう。
「それは……どうやら王太子はその手紙のことでお悩みのようですね!?良ければわたしが話を聞きましょうか!?」
「話を聞く……?」
セバスティアン王太子はぽかんとしているが、直球で行くと決めた以上このまま押し切る!
「悩みというものは共有する人間が多いほど軽くなるものですから!えっと、そう思いますよね、皆さん!!」
押し切りたいので助けて取り巻きのみんな!!
女子生徒達は一瞬戸惑ったが、その通りです!流石ですメロディ様!と同調してくれた。
ありがとうみんな……
感謝の気持に浸っていると、驚いたことにいつも無言のレガートまで口を開いた。
「メロディは後先考えてないだけで助けようとする気持ちは本物なんだよ」
いろいろと心外!
この発言で効果あるのか!?と思いつつセバスティアン王太子の様子を伺ってみる。
彼はしばらくぽかんとしたままだったが、やがてほっと肩の力が抜けて――苦笑しながらこう言った。
「確かに自分より絡まっている人間がここまでいると気持ちは軽くなるな……」
押し切れた!良かった!!
わたしは一度咳払いをして、無駄だと思うが態度を取り繕った。
「それは良いことですね!さあ、悩み事の方も話して気を楽にしてくださいませ!!」
「いや、それは流石に貴方達に気軽に教えられることではない。だが……本当に気持ちは楽になった、貴方への認識を改める必要があるようだ」
「はあ、楽になったのなら良いのですが……わたしへの認識とは?」
「貴方はとんでもなく、面白い女性のようだ。感謝するよ、フロイライン・メロディ」
そう言うとセバスティアン王太子はさっさと図書館に入り『革命のあとさき』の返却を済ましてしまい、帰って行ってしまった。
『面白い女性』……。
それは、すごく失礼な認識だな!?
確かに会話が面白いことになってしまっていたが、年頃の女性に対して『面白い』とは!!
そう思って取り巻きの女子生徒達に失礼じゃない?と聞いてみたところ、本当ですね!あの男はやめた方がいいですよ!!そうそう、問題外ですよ!!と賛同してもらえた。
レガートも最初に無礼な扱いをされたこともあってか
「あの男は女からすると零点だね、もう関わらないほうがいいよ」
と散々な評価をした。
それは流石に言い過ぎじゃないかな?
何はともかくセバスティアン王太子も元気が出たようだし、この件はリズムへの手紙に『面白い女性』呼ばわりされた愚痴を書いて終わりにしよう。
*
かねてから読みたかった本も読めて完璧に仕上がったわたしの論文。
ムジカ・オルガノ・コンチェルト一世が構想した革命後体制の考察と題したそれは無事表彰された。
表彰状を受け取るわたしに向けた喝采と黄色い声達。
「えっ、リズムくんのお姉さんってあの先輩なの!?」作戦、まずは順調に進行中だ。
声援に手を振ったり微笑んだりして返すのもなんだか楽しくなってきたぞ。
*
セバスティアン・ヴァン・クラシックは初めて知る感情を抱いていた。
名家の生まれで将来を嘱望されながら発狂して亡くなったことでその名を残したヴィルヘルム・フォン・メンデルスゾーンの真実。
父による暗殺なのではないかとこれまでずっと疑っていた伯父フェリックス・ヴァン・クラシックの死の真実。
それを知ったことで胸中を渦巻いていた重苦しい感情は、その未知の感情に塗りつぶされてしまった。
これまで自分には存在しなかった、これからも存在しないだろうと思っていたモノ。
メロディ・ドミナント・テンション、もしかすると彼女は自分にとって……
『友達』になりたい相手なのかもしれない。
セバスティアン・ヴァン・クラシックは恋愛に夢を見ているタイプだ。
メロディ・ドミナント・テンションは好ましい人物だが恋人にするならもっと女性的な可憐さもあるタイプが良かった。
恋人にするならやはりマリア・フォン・ウェーバーのような人物がいいと思っていた。
マリアもまた『可憐なタイプ』ではないことを、いずれ思い知らされることになるわけだが……




