24話
それからセバスティアン王太子は沈痛な面持ちのまま手紙を持って帰っていった。
わたしも怪奇アイテムの登場に落ち着かない気持ちになったが、ついてきた女子生徒達の中には似たような話を知っている、その話ではこんなものがお守りになると言っていたなどと興味津々な者もそれなりにいた。
よくわからないけど怪談ってけっこう人気あるよね。
皇帝陛下も趣味の一つである民話の収集でも特に怪談に力を入れていたし、それを出版したものをハミィも好んで読んでいた。
でもわたしは怖いのは普通に嫌な人間なんだよね……
そういうわけで自室に帰還後もわたしは落ち着かない気持ちを引きずり、せっかく借りてきた参考文献を読む気持ちになれないでいた。
このままでは寝付きも悪くなりそうなのでなんとか気分転換しなければなるまい。
あの古びた手紙を書いた人物――たしかヴィルヘルム・フォン・メンデルスゾーンとかいう名前だったか、未来の後輩にとんでもない置き土産をしてくれたものだ。
などと考えていると、【浮いている板】……じゃなかった【道標】の表示が勝手に変わった。
こういうことが起きるのは、たしか【道標】に記載されている人物のことを思い浮かべているとき。
いや、でも『登場人物』のページは何度も見たがヴィルヘルム・フォン・メンデルスゾーンの名前はなかったはず……と不思議に思いながら【道標】を確認してみる。
そこに表示されていたのは『用語辞典』のページだった。
そういえばこのページは知っていて当たり前のことしか書いていないのでよく読んでいなかった。
『【識った者】
【地母神ヴィルトゥオーソ】が世界の調和を保つために自らの意志を直接伝えた者。
彼らの行動は周囲からは意味不明なものに思われるが世界の存続のために重要な意味を持つ。
しかし周囲に理解されないこと、【地母神ヴィルトゥオーソ】に目的を秘匿するように求められることから精神的に追い詰められることが多い。
過去作ではヴィルヘルム・フォン・メンデルスゾーンなどが該当。
今作ではノイズ・マイナー・セブンスコードが該当する。』
衝撃の事実が書かれていた。
このページもよく読んでないといけなかった!
手紙に書いてあったことはまるっきり真実ってこと!?
しかもノイズ・マイナー・セブンスコードが亡命した理由までわかってしまった。
【道標】のことは秘密だから報告はできないけれども。
これは気分転換なんて言っている場合ではない、もう一度【道標】をしっかり確認しなければ!
*
結論から言うと『用語辞典』のページには【識った者】以外にたいした情報は載っていなかった。
『シナリオ』のページで地母神が登場する場面を全てチェックしてみたものの、その目的はこの世界とそこに住まう命がより長く、より多くの幸せを得られるようにするという神話通りのもの。
ノイズ・マイナー・セブンスコードが亡命したことによる不利益も最終的に【竜王戦役】に勝利さえすれば取り返せるもののようだ。
神と人との戦いが巻き起こっているわたしのシナリオでも地母神は
「もはや人にわたしの手助けは必要ないのですね……良かった、みんなどうか健やかに……』
とキラキラしながら消えていくという結末だった。
読んでいてここまで話の規模を大きくしておきながらみんないい人オチにするの!?と釈然としなかったのは信仰心を疑われそうなので秘密だ。
それはさておき結局のところ、ヴィルヘルム・フォン・メンデルスゾーンの手紙の内容は真実ということ以外は特に何もわからなかったというわけである。
だが不思議なもので、これはこういうことだったんですよとふわふわとでも説明があれば気持ちは落ち着くもので。
一晩眠れなかったのと引き換えにわたしは気分転換に成功したのであった。
*
それから一週間。
わたしは順調に論文コンテストに向けた作業を進めていた。
取り巻きの女子生徒達の中でも作業に取り掛かるものがちらほら出始め、わたしにアドバイスを求める同級生や参考にして!と過去に表彰された論文を見せてくれる先輩が現れた。
過去の論文は参考になるし、ちょっと手間でも努力している人にアドバイスが出来るのはうれしいことだ。
女子生徒達に囲まれるのも悪くないと少し思ってきたわたしだった。
ちなみにレガートは一向に論文に取り掛かる気配がない。
大丈夫なのかと尋ねてもみたのだが、
「表彰を目指さなければどうとでもなるよ」
と全く気にしていない風だった。
短期間でそれなりのものを仕上げる自信があるのか、それとも受理してもらえればいいと思っているのか。
先輩方によれば嘘か真か、最悪規定の枚数を満たしていれば「おいしいカレーの作り方」でも受理してもらえると生徒の中では伝わっているらしい。
いくらなんでもカレーはないだろとわたしは思う。
そんな感じで一週間。
そう、セバスティアン王太子が『革命のあとさき』を返却すると言っていた一週間後になったのである。
あれ以来遠巻きに見る分にもセバスティアン王太子は不調そうにしている。
この状態だとわたしがなんとなく居心地が悪いので、この機会に彼と話をしてみよう。




