2話
「おはようございます……」
混乱してたとはいえ朝食の時間に遅れてしまうとは不覚。
ドミナント・テンション家の令嬢として早く冷静さを取り戻さねば。
我が家は父・母・わたし・弟・妹の五人家族で、前線で大将軍の職務に就いているお父様を除いた四人で毎朝朝食を摂っている。
努めて自然な笑みを浮かべ、自分の席へとつく。
そんなわたしに斜め前に座る弟・リズムが真っ先に話しかけてくる。
「姉上、おはようございます!俺よりも遅れるなんて珍しいですね、何かありました?」
少し幼く見えるが整った顔立ちによく通る声、我が自慢の弟だ。
彼のことを意識したからか、【浮いている板】に彼のプロフィールが表示される。
『リズム・ドミナント・テンション 攻略キャラ 所属:【トライアド帝国】-
【トライアド帝国】大将軍の長男。
姉は嫁入りが決まっているため跡取りとして育てられている。主人公と同学年。
姉の婚約者・ブルースとは不仲。
表向きには礼儀正しい好青年だが、好意を抱く相手には異様な執着を見せる。
自軍ユニットとしての性能は必殺技の威力に長けたアタッカータイプ。』
なにこの名誉毀損。
姉のわたしに従順で妹にも優しいうちのリズムに対してなんて言い様だろう。
文句をつけてやりたいところだが、この【浮いている板】はわたしにしか見えていないのだ。
起こしに来た侍女に聞いたら戸惑われたし、今も浮いているのに家族からまるで反応がない。
というわけでここは冷静に、リズムに返事をしなければならない。
「おはよう、リズム。少し夢見が悪かっただけよ、心配ないわ」
「そうですか……でも何日か続くようでしたら対策を考えるべきですよ。姉上の身になにかあったら一大事ですから」
うんうん、間違いなくいい子だ弟よ。
噛み締めていると今度は隣りに座る妹・ハーモニーが会話に入ってきた。
「またお兄様の心配性、これくらいでいちいち心配されたらお姉様も疲れてしまいます!」
リズム以上に幼く見える、ちょっと生意気だけど愛らしい我が妹。
わたしの意識が彼女に向いたことで【浮いている板】の文章が変わる。
『ハーモニー・ドミナント・テンション サブキャラ 所属:【トライアド帝国】
【トライアド帝国】大将軍の次女。
明るく可憐な美少女。主人公の一つ下の学年。
笑顔の下に隠した彼女の【秘密】とは……?
自軍ユニットとしての性能は敵の能力値を下げるデバフタイプ。』
家族以外には徹底的に口封じをした妹の【秘密】が把握されている。
この【浮いている板】、わたしにしか見えなくて良かったのかもしれない。
とにかく今は自然に会話を進めなければ。
「いいのよ、ハミィ。わたしはリズムの心配してくれるところが好きなんだから」
「『好き』……!姉上、ありがとうございます!」
「お姉様ったらそんなこと言ってお兄様を調子に乗せちゃダメよ。」
うん、いつも通りに出来ている。
そうなると出てくるはずなのがわたしの正面に座るお母様だ。
「うふふ。みなさん、まずは朝のお祈りとお食事をしてからよ?」
「はい、お母様」
「はい、母上」
「はい、お母様」
一斉に朝のお祈りに入る。
一糸乱れぬ服従の姿勢、ドミナント・テンション家の平常運転だ。
お母様の指示を果たし食事が始まったところで、お父様とお母様のことはどう書かれているのかと、【浮いている板】を確認してみる。
『ビート・ドミナント・テンション サブキャラ 所属:【トライアド帝国】
【トライアド帝国】大将軍。侯爵。
リズム達の父親。
グルーヴ・ドミナント・テンション サブキャラ 所属:【トライアド帝国】
【トライアド帝国】大将軍の妻。
リズム達の母親。』
短すぎない!?
一国の大将軍――軍職のトップよ!?
*
同時刻、【クラシック王国】。
父親と共に朝食を摂り、憩いの時間を過ごしている少女がいた。
彼女の名前はマリア・フォン・ウェーバー。
メロディに見える【浮いている板】なら彼女をこう紹介する。
『マリア・フォン・ウェーバー 主人公 所属:【クラシック王国】
【クラシック王国】宰相の娘。
前向きで何があっても諦めない性格の少女。
【オラトリオ騎士学校】入学後、騎士としての才能を開花させていく。
様々な出会いが彼女を【ムジカ大陸】の覇権をめぐる戦いへと導いていく。
自軍ユニットとしての性能は遠距離攻撃に長けたアタッカータイプ。』
【主人公】である彼女の視界に【浮いている板】は、無い。