19話
そんなこんなで【ピアノ公国】クレシェンド公の許嫁・レガートと仲良くなってしまった【オラトリオ騎士学校】での生活は、大変忙しいものになった。
授業中も休み時間も、始業前も終業後も常に女子生徒に囲まれてちやほやされるのだ。
そしてほぼ無言ながらレガートも常にくっついてくる。
夕食後に自室に籠もってから朝食を食べに自室を出るまでの間しか一人でいられる時間がほぼ無い。
しかも女子生徒の注目を集めすぎているせいで男子生徒から嫉妬の目を向けられるようにもなっている。
セバスティアン王太子との決闘でわたしの実力も知られているから喧嘩を売られることはないからそこまで困っているわけでもないが、あまり気持ちのいいことじゃない。
あーあ、嫉妬するだけじゃなくて喧嘩を売ってくる気概のある男子と決闘でも出来れば気が晴れるのに!
そんなことを思いながら今日も一日を過ごす。
「流石です、メロディ様!学業も優秀だなんて……」
「今日の演習のメロディ様も素晴らしかったです!」
「メロディ様!良かったらわたしの型を見て頂けませんか!?」
いや、つい授業でカッコつけちゃうわたしもこの状況を悪化させているわけなんだけど。
だってつきまとわれることより負けることのほうが嫌だし……
*
夕食後、部屋の前でおやすみを言わなければ帰らなくなったレガートに忘れずおやすみを言って、やっと自室で一人になる。
「今日も疲れた……」
部屋着に着替えて早速ベッドに横になる。
少しぼーっとした後、癒やしを求めてリズムから届いた手紙に手を伸ばす。
リズムはハミィの恋愛テクニック講座を真面目に続けているようだ。えらいえらい。
そしてその講座にオクターヴ・ダイアトニック・コードが加わったとも書かれてあった。
オクターヴはお父様の友人である秘書官長ブレイク・ダイアトニック・コード侯爵の息子でわたし達きょうだいとは幼馴染だ。
特に同い年で同性のリズムとは親友の間柄で、リズムがハミィと何かをやっていることに気がついて事情を話したら自分にも教えてくれるように頼み込んできたのだという。
ふむ、オクターヴはちょっと気弱なところがあるから好きな相手にアプローチできずに困っていたのだろうか?
幼馴染として相手が少し気になるところだ。
リズムはわたし達の計画のことがあるからオクターヴが混ざることに不安を覚えているようだが、別に問題ないと返事には書こう。
何しろオクターヴは父親共々【浮いている板】には全く情報が載っていない。
なんで、とは思うが今後の世界の流れは何故かマリア・フォン・ウェーバーの恋愛事情に左右されてしまうのだ。彼女と関わりのない人間は重要な地位についていても記載されないのだろう。
帝国大将軍であるお父様の情報がリズムの父親だから一応載せている、という程度だったのもそういうことだろう。
さて、じゃあ起き上がってリズムへの手紙を書こうかな。
そう思って起き上がりベッドから降りようとすると、わたししかいないはずの部屋にもう一人いた。
勝手に椅子に座って豪華な装丁の本を読んでいる小さな彼女には見覚えがある。
「ムーサ・カメーナエ卿……!」
わたしがベッドの上で身構え、その名を呼ぶと彼女は呼んでいた本を魔法で消して、にこにこと笑った。
「よお、メロディくん。いきなり失礼するぜ」
「本当に失礼ですね。【魔法使い】とはいえ人の部屋に勝手に入ってくるなんて」
警戒心をあらわにしてそう返すと、彼女は苦笑する。
「いや、だって仕方ないだろ?君いつも女の子達に囲まれてるんだから。まさかいきなりこんなことになるとは、あたしにだって予想外だったぜ」
「わたしだって困ってるんですけれどね……それで?わざわざ部屋に侵入してきてまでわたしと二人っきりで会いたい用事というのはなんでしょうか?」
出来るだけ平然を装うが、謎多き【魔法使い】相手にどこまで隠せるものなのか……
緊張するわたしとは反対に、余裕綽々のムーサ・カメーナエはこう返した。
「それはもう、【道標】が示す君の物語の最上の未来についてだ」
「【道標】……!?」
……。
いや、【道標】って何?
ぽかん、とするわたしを見たムーサ・カメーナエは少し困惑して言う。
「え?いや、知らないはずないって。あるだろ、君の視界の中に半透明の石板みたいなやつ!」
あ、それってもしかして。
「未来が書かれたこの【浮いている板】のこと……?」
「それ!【浮いている板】って呼び方酷すぎるだろ!?【ムジカの上王】に与えられた王権の証、【道標】だよ!!」




