15話
わたしの果たし状に辺りは騒然とし、音楽も鳴り止む。
当然だ、入学初日に他国の王太子に喧嘩を売る行為の重さはわたしもわかっている。
とはいえわたしも大貴族の娘なのだ。
二番目に甘んじろなどという侮辱を見過ごせば面子に関わる。
わたしは【オラトリオ騎士学校】指定夜会服の最低限の装飾品――刃を潰した【儀礼剣】を抜いて啖呵を切る。
「貴公は私の名誉を傷つけた。私は【騎士】の権利をもって、貴公に決闘を申し込む!さあ、剣を抜き給え!」
セバスティアン王太子は数瞬の沈黙の後、【儀礼剣】を抜いた。
「いいだろう――セバスティアン・ヴァン・クラシックはメロディ・ドミナント・テンションの決闘の権利を認める。我が名誉と君の名誉を剣の天秤にかけよう!」
決闘の成立に辺りはよりいっそうどよめく。
パーティーの責任者である学校職員も慌ててこちらにやって来て、決闘を止めさせようとする。
「ちょうどいいところに来てくれました。決闘の見届人になってくださる?」
「第三者として公正な審判を期待する」
わたしもノリノリだがセバスティアン王太子もノリノリのようだ。
上等である、ダンス用のスペースを使って早速決闘を始めようか……と思っていたら、わたしを引き留めようとしているのかドレスを掴もうとする手があることに気がつきそちらへ振り返る。
そこにいたのはレガート・カデンツァだった。
わたしが振り返ったことで彼女はドレスを掴もうとしていた手を引っ込め、代わりにもう片方の手でハンカチを差し出した。
一瞬何かと思ったが、決闘の際に高貴な女性の持ち物を身につけるのはその女性の名誉も賭けて闘うことを意味する。
そういえば元々は彼女を助けるためにセバスティアン王太子に突っかかって行ったのだったか。
意味を理解したわたしは右手を差し出し、彼女にハンカチを結んでもらった。
すると今までとは種類の違うどよめきが生まれ、セバスティアン王太子はさらに機嫌を悪くする。
この程度で機嫌を上下されては困るな、これからお前は敗北という屈辱を味わうのに。
*
わたしとセバスティアン王太子が距離を取って向かい合う。
見届人を任された学校職員がもうどうにでもなれといった雰囲気で、決闘開始の合図をする。
先に動いたのは、セバスティアン王太子だった。
セバスティアン王太子が三人に増える。
高速移動で残像を作り出す【幻影剣】、わたし達の年頃で使いこなせる者は珍しい剣技だ。
そしておそらくここからさらに【飛燕剣】を組み合わせてくる。
予想通りセバスティアン王太子は残像を作り出したまま【飛燕剣】で衝撃波を飛ばしてくる。
【幻影斬】、いや、これはただの【飛燕剣】の連打に過ぎない。
わたしが同じ位置に繰り出される衝撃波を容易く回避すると、思った通りセバスティアン王太子の残像は消え、隙を晒していた。
馬鹿め、【幻影剣】は攻撃ポイントを悟らせないようにするための技、同じ位置に攻撃を集中させるなど無駄の極み。
そして【幻影剣】と【飛燕剣】の組み合わせは、残像と衝撃波で相手の隙を作り出し次の技に繋いでこそ牽制用剣技【幻影斬】として意味を持つ。
相手どころか自分の隙を作り出す未熟者に負けるようなわたしではない。
【飛燕剣】の衝撃波をまずぶつけ、すかさず【飛翔剣】で斬りかかる!
【飛翔斬】、最も初歩的でわたしが最も得意とする決め技である。
セバスティアン王太子はまず衝撃波で倒れ、斬りかかったわたし自身によって【儀礼剣】を弾き飛ばされた。
そしてわたしは【儀礼剣】を彼の喉元に突きつける。
あっけない結末に静まり返る会場。
わたしはセバスティアン王太子に注意を向けたまま、見届人に判定するよう促す。
セバスティアン王太子はこちらを睨みつけているが、ここでみっともなく足掻く程情けない男でもないようだ。
決闘はわたしの勝利に終わった。
*
騒ぎを起こしちゃったけど勝ったのでヨシ!……とはならず。
駆けつけた指導教官にわたしとセバスティアン王太子は反省室送りとなった。
まあレガート・カデンツァとまともに話すことは出来なかったけれど好意的な印象は持ってもらっただろうし、目標は達成……だよね?




