14話
側に控える【魔法使い】――ムーサ・カメーナエのことが気になってしまい【ムジカの上王】からの祝辞を平常心で聞けなかったりしたが、わたしは無事に入学式を終えた。
その後一旦寮に戻り、気持ちを切り替えようと顔をぱちんっと叩く。
歓迎パーティーの準備をしなくては。
【ムジカ大陸】のしきたりとしては夜のパーティーにはイブニングドレスに華やかな装飾品、侯爵令嬢たるわたしならばその中でも最も豪華なボールガウンで参加するのが基本である。
しかし【オラトリオ騎士学校】の生徒は全員が指定された質素なドレスに所属する国家を示す最低限の装飾品のみを身にまとうと決められている。
個人的には動きやすくて好印象である。
今夜の目標はレガート・カデンツァとの友好的接触。
言い方は悪くなるが来年のマリア・フォン・ウェーバーとの接触の予行練習にもなるだろう。
気合を入れて行きましょう。
*
華やかに飾りつけられ、清らかな演奏が響く講堂。
始まったばかりの歓迎パーティーでは、まだ生徒達は三つのグループ――つまり国ごとに別れて集まっている。
まずは先輩方にご挨拶の段階である。
わたしは皇帝陛下からレガート・カデンツァと接触するように言われていることをそれとなく伝え、自然に挨拶に行けるように手伝ってもらう。
そして取り巻きを引き連れてレガート・カデンツァ――もちろん彼女も取り巻きに囲まれている、の元へ向かうと、もう一つの一団――【クラシック王国】の連中も彼女に真っ先に話しかけようとしていたのだろう、かち合ってしまった。
【クラシック王国】の中心人物を見てみると、彼は【浮いている板】に記述されている人物だった。
『セバスティアン・ヴァン・クラシック 攻略キャラ 所属:【クラシック王国】-
【クラシック王国】王太子。
末子だが政変で兄達が尽く失脚したため後継者に選ばれた。主人公の一つ上の学年。
傲慢な俺様キャラだが心の底では鬱屈としたものを抱えている。
かねてより主人公に対して自分のものになるように迫っている。
自軍ユニットとしての性能は連続攻撃が可能なアタッカータイプ。』
というか王太子だった。
悔しいがここは譲らざるを得ない。
わたしの譲る意思を察したようで、セバスティアン王太子は意気揚々とレガート・カデンツァに話しかける。
「お初にお目にかかる、お嬢さん。俺は【クラシック王国】王太子セバスティアン・ヴァン・クラシック、今夜最初のダンスパートナーに君を所望する」
おぉ、これはまた直球のお誘いだ。
レガート・カデンツァはこれにどう答える?
「……お初にお目にかかります、王太子殿下」
その後、しばしの沈黙。
「……あー、お嬢さん、返答は?」
「……レガート・カデンツァと申します」
さらに沈黙。
寡黙って書いてあったけどすごいなこの子!
王太子いたたまれないよ!!
どうするんだこの状況、と思いセバスティアン王太子の様子を伺うと、明らかに機嫌を悪くしている。
「おい、この俺がお前を所望しているんだ。その態度は無いだろう?」
セバスティアン王太子がレガート・カデンツァの腕を強引に掴む。
この男、短気で乱暴なようだ。
他国の女に強引に迫るって、お前マリア・フォン・ウェーバーに迫ってるんじゃなかったのか。
迫られているレガート・カデンツァの様子も伺ってみると、相変わらず何も言わず無表情。
肝が座っているな、と一度は思ったがよく見ると彼女の真紅の瞳がこちらをじっと見つめていることに気がついた。
【浮いている板】の彼女に対する記述を思い出す。
『寡黙で誤解されやすいがじつは甘えん坊な性格。』
もしかして、表情に出ないだけで困っている?
そしてわたしに助けを求めている?
そのことに気がついてしまうと、後は体が勝手に動いていた。
わたしは二人の方へ歩み出て、レガート・カデンツァの腕を掴むセバスティアン王太子の手を掴んでいた。
「セバスティアン王太子殿下、それは紳士の行いではありませんよ」
セバスティアン王太子の顔をキッと睨む。
流石にそれだけでたじろぐことはないようだが、とりあえずわたしの手を振り払うと同時にレガート・カデンツァの腕からも手を離した。
「お前は……【トライアド帝国】の者だな?」
「わたしは【トライアド帝国】大将軍ビート・ドミナント・テンション侯爵が長女、メロディ・ドミナント・テンション。」
「ふん、邪魔をしないでもらおうか。大人しくしていればレガートの後にお前とも付き合ってやる」
は?
今このわたしに付き合ってやると言ったか?
上等だ。
わたしは手袋を外して、セバスティアン王太子に叩きつけた。
決闘の申し込みである。




