12話
リズムと【浮いている板】について話してから一ヶ月。
時間はあっという間に流れて、わたしが【オラトリオ騎士学校】へ出発する日がやって来た。
あれから【浮いている板】の記述を読み込み、やるべきことを相談してきたがこれからリズムが入学するまでの一年間は手紙での相談しか出来ない。
それも万が一他人に見られても問題がないように符牒を使ってのやり取りになる。
そんな不安を抱えつつ、わたしは皇帝陛下が主催する壮行パーティーに参加していた。
同期の者達と交流しつつ皇帝陛下のスピーチを待っていたが、姿を現した皇帝陛下の側にいた人物にわたしは驚愕した。
そこにいたのは【クラシック王国】との国境地帯にいるはずの大将軍――わたしの父ビート・ドミナント・テンションだった。
久し振りにお父様の顔を見れてうれしい気持ちと、何故ここに?という疑問が湧いてくる。
これまでお父様が首都【トリニティ】に戻ってくるときは必ず手紙で連絡があったからだ。
気になってお父様の様子を伺うと、明らかに上機嫌だった。
あーこれは、皇帝陛下の無茶振りがあったときの顔ですね……
*
パーティーが終わった後、わたしは皇帝陛下のいる個室へと呼び出された。
そこには予想通り、軍装を滅茶苦茶に着崩しだらだらとくつろぐおうちモードの皇帝陛下と従者のように傅くニッコニコのお父様がいた。
「やあ、メロディ。せっかくだからお前の親父を呼んでやったぞ、感謝していいよ~」
皇帝陛下の白い手がお父様の差し出す葡萄へと伸びる。
果物は皇帝陛下の大好物だ。
「陛下、お心遣い感謝します。しかしお父様を……」
「フォニムさま~~~」
「……はい、フォニム様。お父様が前線から離れて大丈夫なのですか?」
ちらりとお父様の方を見ながら尋ねる。
「大丈夫にさせたに決まってるじゃないか。この後すぐ帰らせるし」
わたし達家族のことを気にかけてくれてのことだろうが、すぐ来てすぐ帰れとは酷い無茶振り。
「フォニム様の命令に従える上に、娘の顔を見れてありがたい限りです!こちらの林檎ジュースもどうぞ!!」
そしてこのお父様、ノリノリである。
お父様は皇帝陛下が跡継ぎと決定する前から側近としてお仕えしていたらしい。
そして後継者争い、即位後の内政、戦争、あらゆる面で皇帝陛下をお支えし続け絶大な信頼を得て現在の大将軍の地位にある。
その信頼関係は主従であるとともに親友でもあり、お互いの素を晒し合える程の領域だ。
そう、今の姿こそ二人の素顔。
このわがままプリンセスとドM従者が【トライアド帝国】皇帝と大将軍。
わたしは二人の公私の切り替えの激しさを逆に尊敬している。
素はこれなのに仕事は完璧にこなしているわけだからね。
「あ、それとメロディ。真面目な話もあるんだよ」
陛下はとても真面目な話をするとは思えない姿勢、素足をぶらぶらさせながら話を始めた。
「【ピアノ公国】の新入生にレガート・カデンツァっていう娘がいてさ、公妃になることが決まってる名門の娘なんだけど母親はマイナー・セブンスコード家の出身なんだよね」
「マイナー・セブンスコード家……!」
「そ、亡命したノイズのやつはこの縁を頼ったんだろうな。というわけでお前にはこの娘と接触して、ノイズのことをそれとなーく話に出して欲しいってわけ」
【ピアノ公国】に対する政治的な揺さぶりの一つ、ということだろう。
そういえばレガート・カデンツァという名前には見覚えがある。
わたしは【浮いている板】を確認する。
『レガート・カデンツァ サブキャラ 所属:【ピアノ公国】
【ピアノ公国】クレシェンド公の許嫁。
ノイズとは母方の親戚に当たる。主人公の一つ上の学年。
寡黙で誤解されやすいがじつは甘えん坊な性格。
自軍ユニットとしての性能は味方の能力値を上げるサポータータイプ。』
どうやら彼女のことで間違いないようだ。
「わかりました、このメロディ・ドミナント・テンションにお任せください」
「任せたぞ娘よ、お前の働きにフォニム様から頂ける無茶振りがかかっている!」
うん、尊敬はしているけどやっぱり気持ち悪いなお父様!
*
こうしてメロディは家族(弟は号泣していた)に見送られ【オラトリオ騎士学校】のある【聖都オラトリオ】へと旅立った。
マリア・フォン・ウェーバーとの出会いまであと一年。




