10話
それからわたしはリズムに【浮いている板】のこと、ノイズ・マイナー・セブンスコード亡命の一件が記されていたこと、これから先に起こるであろうこと、最良の未来を掴むためにやらなければならないことを話した。
信じ難いことばかりなのに、リズムはそれを真剣に聞いてくれた。
「つまり、俺が上手く立ち回れば姉上の幸せを守れるってことですね?」
「帝国とドミナント・テンション家に栄光をもたらせるということ、よ」
「あ、いや……それは前提条件なんでしょう?」
「ああ、そういうことね。そうよ、わたし達の行動に全てがかかっているの。信じ難いことだろうけれど、わたしはこれを【地母神ヴィルトゥオーソ】が与えてくださった栄誉だと考えることにしたの。どうかあなたも手を貸して」
わたしはリズムの手を握り、瞳をじっと見つめて頼んだ。
リズムはわたしの手を強く握り返した。
「もちろんです、姉上。『なんでもします』っていったじゃないですか、その程度お安い御用ですよ」
「リズム……ありがとう!」
持つべきものは最高の弟ね!
わたしは感極まってリズムを抱きしめ、彼の頭をクシャクシャと撫でた。
そうするとリズムはカチコチに固まってしまい、わたしはそれで年頃の男の子に対してすることではなかったと気づいて彼から離れる。
「ごめんなさい!あんまり頼もしかったものだからつい……」
慌てて謝るとリズムも食い気味に反応を返してくる。
「謝る必要ないです!姉上に頼もしく思ってもらえるのは弟として最高の喜びですから!!ええ、弟として!」
顔は真っ赤だった。
年頃の男の子は小さい子供や飼い犬のように抱きしめて撫でられるなんて恥ずかしいことだろうに文句も言わず許してくれるとは、本当に優しい子だ。
リズムが協力してくれる有り難さを改めて噛み締めていると、顔の赤みも引いてきたリズムが尋ねてくる。
「それで……【カルマポイント】というものについてもう少し詳しく聞きたいんですけど」
「そうね、何でも聞いて頂戴……と言いたいところだけどその前に昼食にしましょう」
*
昼食を済まし、スケジュールを上手く調整し二人で話せるまとまった時間を作って自室にリズムを招いた。
「【カルマポイント】のことだったわね。これは主人公――マリア・フォン・ウェーバーなる少女の行動によって貯まっていくみたい」
【浮いている板】によると【カルマポイント】は「悪いことをすれば増え、良いことをすれば減る」らしいが悪いことと良いことの基準がいまいち腑に落ちないところがある。
戦争に積極的だと増え、消極的だと減るのが特に腑に落ちないところだ。
戦いはわたし達【騎士】の責務、逆ならわかるのだけれどね。
だが基準に腑に落ちないところはあっても、どうすれば増え、減るのかは全て【浮いている板】に書いてある。
問題なのは『攻略キャラ』の行動は一切関係なく、マリア・フォン・ウェーバーの行動でのみ【カルマポイント】が増減するという点だ。
「つまり、わたし達が【カルマポイント】に干渉できるのはマリア・フォン・ウェーバーとある程度親しくなることに成功した後、ということになるわ」
「なるほど……【勢力フラグ】と【キャラフラグ】の方はこちらから向こうに積極的にアプローチしていくことでもある程度干渉できそうなんですけどね」
「でも要するに速攻でマリア・フォン・ウェーバーと仲良くなってしまえば三つとも干渉できるようになるということよ」
「ですね、だったらやらなきゃいけないことは……恋愛テクニックを磨くこと、ですね」
わたしはそれに頷いた。
現状わたしもリズムも硬派なので恋愛経験はゼロなわけだが、当てはある。
それは我らドミナント・テンション家三きょうだいの末っ子、ハーモニー・ドミナント・テンション。
きょうだい一のコミニケーション能力を誇る彼女にリズムの恋愛テクニック師匠になってもらうのだ。
*
こうしてメロディ・ドミナント・テンションの【マリア・フォン・ウェーバー攻略計画】は始まった。
この計画に全力を注いだことがマリアがメロディを攻略しようとしていることに気づかない原因となるわけだが……




