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大井さんが学校に通い出してから、僕たちはまた一緒に蓮宮先輩のお見舞いに向かうようになった。
蓮宮先輩の母親の病室にも何度か訪れたけど、その度に彼女は僕たちを歓迎してくれた。自分の息子を教室から突き落とした張本人が目の前にいるというのに、一度も嫌な顔を見せることがなかった。
蓮宮先輩が意識を失ってから二ヶ月が経とうとしたある日、僕と大井さんが蓮宮先輩の病室を訪れると、信じられない光景を目にした。
蓮宮先輩が、ベッドの上で目を開いていた。
「先輩!」
大井さんは思わず大声を上げた。すると、蓮宮先輩はゆっくりとこちらに視線を向けてきた。
「琴音……」
「先輩、目覚めたんですね? 今、お医者さん呼びますから!」
大井さんがそう叫んでナースコールを押そうとすると、蓮宮先輩が「やめろ」と小さく言った。大井さんは拍子抜けしたように、蓮宮先輩を振り返った。
「今呼んだら、お前たちと話す時間がなくなるだろ」
「で、でも」
「大丈夫だ。お前たちにどうしても、伝えておきたいことがあるんだ」
蓮宮先輩はそう言うと、目を閉じながら深く息を吐いた。それから、ゆっくりと口を開いた。
「また、あの世界に行ったんだ」
「……それって」
「そこで、『死後善行』を選んだ」
「……え」
「そこで俺は、『生きている者の幸せを願う』という項目を選んだ。その対象者は、琴音。お前だ」
蓮宮先輩は、柔らかい眼差しで大井さんのことを見た。大井さんは力が抜けたのか、身体がふらついた。僕は、咄嗟に大井さんの身体を支えた。その様子を見届けてから、蓮宮先輩は大井さんの名前を呼んだ。
「琴音」
大井さんは、蓮宮先輩の呼びかけに視線で返した。
「お前は、人殺しなんかじゃない。だから、もう、幸せになっていいんだぞ」
蓮宮先輩がその言葉を言い終えるのと同時に、大井さんは嗚咽を洩らしながら泣き崩れた。そんな大井さんの背中を、僕はさすった。蓮宮先輩も、どこか優しい表情で大井さんのことをベッドの上から見下ろしている。
蓮宮先輩は、「死後善行」を選択し、大井さんの幸せを願ったことで、「死後悪行」で大井さんを殺そうとする強制力を相殺させたらしい。世界が、僕たちという不安定な因子によってその法則に矛盾を生じさせた瞬間だった。
大井さんは、二回目にあの世界に行く時には、あの小屋のパソコンの電源が点かないと言った。けれど、実際のところは、蓮宮先輩は二回目の死後体験から復活した。これはつまり、二人の死に方に違いがあるのだと思う。
大井さんの場合、一度目に死んだ時も二度目に死んだ時も、自殺だった。けれど、蓮宮先輩の場合は、一度目の死因は知らないけれど、二度目の死因は自殺と判断するにはその動機が朧気だ。つまり、おそらくは自殺した人間に限り、二度目に死んだ時にあの小屋のパソコンが使えなくなるのではないだろうか。
自殺は最も重い殺人だとされている、とどこかで聞いたことがある。本来の自然の流れを無視した人間独自のエゴが生み出した不調和。これを罰として、大井さんは二度目の死で、死に向かう以外の権限を全て剥奪されたのではないだろうか。
この世界も、僕たち人間と同じように完璧なんかじゃない。あの小屋のパソコンだって、きっとアップデートを繰り返している。だから、大井さんを人殺しだと判定したこの世界が間違っていると考えることは、全く不自然なんかじゃない。蓮宮先輩がそうしたように、世界の仕組みに手を加えれば、世界は自分の間違いに気付く。
だから僕は、いつか自然と自分は幸せになっていいんだと思ってもらえるその日が来るまで、大切な人の側にいるつもりだ。