第8話「ここではないどこかへ」
「本当にこれでいいのか? 成績をみれば大学進学も夢じゃないぞ?」
「それでいいです。僕がやりたいことなんて1つだけですし」
「先生にそれがどうとか言う権利はないよ。お母さんは納得したの?」
「さぁ? 僕の母って結構放任主義だし」
「そうか、じゃあ今度の3者面談で最終的な確認になるな」
「先生」
「ん?」
「先生は軽音部の顧問をいまでもされているのですか?」
「ああ、このとおり車椅子だから思うようにギターは弾けないけどな」
「そっか」
「どうかしたのか?」
「いや、卒業するまえに謝っておきたいのと、もう一度バンドしたいなって」
「そうか。どういう風の吹きまわしか分からないが、一応は話してみようか」
彼、いや、彼女が卒業する数カ月前のことだった――
進刻高校軽音部は唯と美桜と律で3ピースバンドを組んで、美桜はギターからベースに転向してバンドのリーダーを務めた。またそのバンド名称を彼女たちの唯一のオリジナル曲で代表曲の「歌ウ蟲ケラ」から「蟲ケラトプス」とした。
蟲ケラトプスは細々とライブ活動をしながらも、佐久間の提案で「歌ウ蟲ケラ」のPV製作やドキュメンタリービデオの製作もやった。そこへきて「サポート協力したい」という生徒が現れたのだ。
「改めまして、元軽音部でした伊藤です。卒業まであとちょっとだけど、なんか手伝える事があったら、手伝わしてください」
「2人とも、彼とは色々あったと思うけど、受け入れてくれないか?」
その場に居合わせた唯と美桜はポカンとしながら「よ、よろしくお願いします……」とぎこちなく応じた。この頃からドラムの律が部活はおろか学校に来なくなっていた背景があった。ドラムは体調の良し悪しで佐久間が担当していた。
元々独りでいることが好きな筈の梓が軽音部に戻ったのはひょんな事からだ。
「あ、先輩、それBenzaiの『Rocket Diveing』ですね」
「ああ、知っているの? 興味なさそうにみえたけど?」
「こういう事を部活でやっているから。そういう音楽を聴くようにしています」
「へぇ~偉いなぁ」
「私はあそこが好きですね『何年たってみたって俺達は宇宙の暇人だろ?』っていうフレーズ」
「そう。それそれ。それを聴いて僕は独りで退屈するよりも、ちょっとだけでも、バンドに籍をおいて経験積もうかなって思ったんや」
「えっ!? Benzaiがキッカケだったの!?」
梓はSuperiorityの熱烈なファンであった。彼らは日本のロックシーンを牽引する大人気のロックデュオであった。しかし人気絶頂だと言われる中で不仲説が噂されるようになり、その噂を裏付けるようにして、2001年の半ばに突如解散。多くのファンたちがその解散を憂いた。梓もその一人であったが、2002年の暮れに元メンバーのBenzaiがファンからの支持をあつめたシングル『Rocket Diveing』をリリース。この曲に励まされたリスナーは彼のファンだけにとどまらずオリコン1位を記録した。
梓があれほど煙たがっていた進刻高校軽音部に再入部したのは彼の功績だったと言って過言ではないのかもしれない。
ともあれ念願のベース加入に沸いた蟲ケラトプスだったが、ドラムの不在からベースだった美桜がドラムに転身して新生蟲ケラトプスとしての活動をはじめた。
「私ほどマルチなバンドマンってそうそういないよ?」
「ホンマな。でもドラムがサマになっとるで?」
「ぐぅ~言ってくれるな! 貞子先輩が!」
一瞬時が止まった。あの大喧嘩した日のことをその場にいた3人が思いだす。しかしあの日とこの日は違う。
「はっはっは! 貞子でもベースは弾けるで! みてみぃ!」
あの日の梓とこの日の梓は違った。
梓の軽やかなベースが第2音楽室に響く。
その音色すらも全く違うもののように聴こえた。
新生蟲ケラトプスはその異様な出で立ちからか、彼女達の地域で少しだけ噂になっていた。これまでは5~6人の観客だったライブに15人~20人の観客が常時来るようになった。
そのライブが終わるたびに唯は電話をかけていた。いつも電話が繋がることはない。それでも唯は彼女に電話をかける。そしてその日遂にその音声が聴こえた。
『お客様のかけられた電話番号は現在使われておりません』
唯は「えっ」と思わず声をだした。それ以上の言葉がでなかった。
梓の高校卒業を迎えたその時に蟲ケラトプスの面々が第2音楽室に集い、その発表があった。
「え~と、お涙頂戴な話は好きやないんでアレだけど、最初はサポートメンバーというだけでいるつもりでした。実際そうだったかもしれないけども、なんやろ、僕も蟲ケラトプスの一員にすっかりなっていたみたいで……嬉しかったですわ。これからは仕事しながら2つの夢を追いかけます。1つはベースの演奏を仕事にして生きていくこと。もう1つは……みんな、薄々気づいていたと思うんやけど、僕は生まれつき体が女やけど自分は男やと思っています。すごい理解に苦しむと思うけど、今でも僕の悩みです。だけどその悩みと向き合って答えを出せたらね。あと、こんな素敵な花束までくれてありがとう。卒業祝ってくれてありがとう。それとあのドラムのコ、あのコに謝れたら良かったなぁ。凄く長くなりました。すいません」
第2音楽室に些細な拍手が鳴り響いた。
「あぁ~僕からも一言。ここ10年近くこの部活の顧問をしてきたけど、今までこの部活でみてきたバンドのなかで君らが1番だった! 本当に! お世辞なしでね! それで僕だけど病気の治療にこれからまだまだ励まないといけないのと、定年を迎えるという事で退職することになりました。来年からは沢先生っていう先生が顧問になります。とても素敵な先生だから、みんな仲良くしてね」
「えっ!? 佐久間先生まで!?」
「寂しいですね。でも1つ聞いていいですか?」
唯の問いかけに一同は静まり返る。
「噂でしか聞いてないのだけど律がこのまえ退学したって本当ですか?」
暫くの無言が続いたのち、佐久間が重たい口を開いた――
∀・)はい。連日の投稿でありました。歌手になろうフェス参加作『再結成』に登場するSuperiorityを登場させました。ちょっとネタバレしますが、なんと本人たちが本作にも登場する予定です(笑)お楽しみに。この連日の投稿ですが日曜日まで続きます。この連続投稿で「高校編」が終わればなと思いますがどうかな。次号も楽しみに。