第51話「All Around The World」
ツァーリが突然の活動休止をして半年。その間に歌ウ蟲ケラもまたメンバーの結婚と出産を受けて活動休止に入った。それぞれのバンドがそれぞれのバンドで走り切った姿にみえたからなのか、ツァーリも歌ウ蟲ケラもこれで終わるだろうと音楽ファンの多くが語っていたとされる。
その中でリックの来日はまさに突如の出来事であった。
『まさに神出鬼没だなぁ』
『なんだいその言葉は?』
『日本の諺さ』
ソファーに腰掛けて唯とリックは語り合う。リックの横にはカタコトの通訳がいたが、流暢な英語を喋る唯には不要だ。
『日本に何で来た? 私を倒しにきたのか?』
『まさか。僕は姉でない。姉の歌う歌は好きだけど。人間的には大嫌いだよ』
『そう。私と手を組んでお姉さんを倒すつもり?』
『目的を話す前に訊きたい。あの日、空港を発とうとした僕らに会いに来たのは何故? 誰かからの命令? そもそも炎上を狙ってか?』
『あなたたちに会いたかった。どんな人たちなのかみてみたかった。それだけよ』
『本当かなぁ?』
『私は嘘をつくのが嫌いよ』
『オーケー。端的に話そう。姉は重度の薬物障害とアルコール中毒に侵された。君のあの完コピ動画をみて倒れたのさ。今はリハビリ施設に入っているけども、長生きはできないって言われている。その姉が最近、変わった事を言ってきて』
『いつも変わった事を言うのじゃないの?』
『それが君と同じステージにたってみたいって言っていたのさ。あんなに嫌っていたのに。君のあのパフォーマンスをみて、改心したみたいで』
『あのノエルが?』
『ははは。信じてくれないだろう? でも僕は君が僕たちの事を日本の人たちに紹介してくれている動画もみたし、君ら「ムシケラ」の歌も聴いたよ。ちょっと理解に苦しむところはあるけど、才能のあるロックンローラーだと僕は思ったよ。だからずっと姉に君達の良さを伝えた。最初は相手をしてくれなかったけどさ、リハビリ施設に入って心変わりしてくれたみたいなのさ』
『それはノエルの願いというか、君の願いじゃないか?』
『だったら悪い話かな?』
唯は顎に手を当てて少し考える。
『やるとしたらどこでやりたい?』
『理想を言えば日本と英国両国で』
『前向きに考えるよ』
「アリガトウゴザイマス!!」
『リック、どういたしまして』
はるばるイギリスから来た青年の願いは叶う事となった。
リックは元々日本に対して興味を持っていて、それは同じバンドのラッセルもまたそうだった。メテオシャワーフェスの時は不遇に憤怒するノエルに合わせるしかなかったが、それは本望でなかったのだ。
この翌週にユーチューブ上でノエルが久しぶりに顔をだした。痩せこけたその顔はまるで別人の病人。しかし問題児っぷりは相変わらずだった。
『ロシアは正しい事をしている。今こそ世界を正しくみるべきだ』
余命が少ない事を告白した彼女は何故か急にウクライナ危機に関しロシア擁護の発言を繰り返す。
「ろくでもないコね。これでも一緒に歌いたいと思うの?」
華崎鮎美はタブレット越しにノエルの動画をみて唯に問いかける。
「私は大好きですよ。むしろ大好きな彼女が変わってなくて安心した」
唯は華崎邸で本人が気に入っているお茶を飲んでは余裕をみせていた。
雪が降るロンドンの夜。多くの若者がその模様をワイワイ語り合う。
マンチェスターにあるエティハド・スタジアムでツァーリの復活ライブが開催された。心配されていたノエルも体型こそは変わり果てていたが、ファンが思うほど弱ってはなかった。むしろ想像以上にピンピンしていたと誰もがみていた。
そのライブの途中で唯が登場した。
ツァーリと唯の因縁を知るイギリス人ファンらの喝采にスタジアムは揺れた。この出演は日本メディアにも内密にされていた。日本の音楽ファンは翌日になってその衝撃の出来事を知る。
そのスタジアムに居た誰もが湧かない訳がなかった。
あのノエル・ギャラバンとユイマールが肩を組んで笑顔で歌っているのだ。
さらに話題はこれだけに留まらなかった。彼女らはそのライブの最後でロシア国歌のロックバージョンを披露した。これには戸惑う観客も少なくなかったが、世界の反応はその戸惑いを払拭するものをみせる。
この数日後にツァーリと唯はロシア政府より申請のもとでモスクワのホールでライブをしてみせたのだ。そのパフォーマンスはロシア国歌ロックバージョンの1曲のみであったが、モスクワに集った観衆を大いに沸かせていた。
世間からのバッシングはノエルだけでなく唯にもあった。
日本に帰国してから殺害予告がこれまで以上に寄せられ、実際に刃物を持った男に狙われそうになった事もあった。それでも彼女はメディアに対して「何一つ後悔する事はない」と答え続けた。
そしてノエルはそのライブの翌週に健康状態が悪化し、若い生涯を終える。
まだ年齢にして26歳の若さで。
「ここまで騒がれて大丈夫?」
『平気だよ。歌は歌い続ける。今度は北京で歌いたいものだね』
「ユイマールってそんな奴だったかね?」
『何だよ? 不満でもあるっていうの?』
「いや感心しているのよ。あ、ごめん息子がまた騒ぎ始めたわ」
『ははは、ミオタ、子育て頑張れよ~!』
二児の母となった美桜は二人の息子の世話に手を焼く。二人とも夫に似たのかヤンチャな性格が目立つ……と思いきや彼は幼少時代、大人しい子供であったと彼も彼の母親も話す。だとしたなら自分自身が元気はつらつな女の子だったのかもしれない。
唯と久しぶりに電話で話してみたが、とても元気そうだ。心配をする必要などない。そうだろうと思ったが、コレを切りだせなかったのは心残りだ。
もう「歌ウ蟲ケラ」で歌う事はないのか? と。
∀・)読了ありがとうございました♪♪♪ぶっとんだ話を書きました(笑)ただ音楽の力は偉大なんだと思ってます。それを僕にしかできない形で何か物語にできないかと思って書きました。まぁ~勘違いをされる人はいないと思うけど、ロシアのウクライナ侵攻に対しては反対の意思を持つ日本人です。その意志を確認したければ拙作『今もキーウにいる君に贈る手紙』をお読みください。
∀・)さぁ~最終回が迫ってきたぞ(笑)




