第3話「伊藤梓」
その晩、伊藤梓はお風呂に入りながら「あぁ~だるぅ~」と何度も口にした。
彼女は幼い頃から自身が女性である事を疑問に思っていた。
自分は女性でない。でも現実には女性である。
自分の身体を触れてみる。その感触がどこか気持ち悪くて仕方なかった。
彼女は物心ついた時から母子家庭で育った。父親の記憶はない。いや、あるといえばあるのかもしれないが、ぼやけた光景がうっすらと浮かぶぐらいだ。気がつけば自分は広島の小学校に赤いランドセルを背負って通っていたし、馴染んでいたような気がした。
元々は兵庫県尼崎市で生を授かった。父親は商人でありながらもバンドマンをしていたと聞く。しかし彼は性にだらしなくて、女遊びをやめられない男だったと母親が親族に話していたのを耳にした。他にも目に余る無礼を働く男だったと言われてもいるが……
梓は父への嫌悪感はまるでなかった。
幼い日、彼のベースを触ってしまった事がある。
しかし彼は怒ることはしなかった。記憶に残る明るい関西弁でベースの弾き方なんかを教えてくれた。優しい父親だった。少なくとも自分の記憶のなかでは。
自分が男だと思ったのはいつからだろうか?
母の生まれ故郷である広島にやってきてからだろうか。
彼女にとって自分が女性であることが違っている気がして止まらなかった。
赤いランドセルを背負わされるのも「好きな男子は誰?」と尋ねられるのも、彼女にとってどこか苦痛だった。それは自分だから感じる事。
可愛いものよりカッコいいもの。父が弾いていたベースをアルバイトで貯めたお金で購入して愛でているのも自分だから感じる事。
そんな彼女を高校の軽音部の先輩達は歓迎してくれた。学年で唯一の部員だし、バンドでは重宝されると言え、ポジションとして地味なベース。それでも彼女はサポートメンバーとして時にベースを担う先輩に譲って貰う事もあった。
その先輩は同じ名前読みの梢と言った。彼女の言葉が今も残る。
「梓は梓であればどっちでもいいと思うよ。でも、ここは女子校だし本当にその気があるなら、高校を卒業してからのほうがいいかもね……でも私は応援するよ」
先輩とは今もメールで繋がっている。その先輩にメールした。
後輩ができましたと。
先輩からは「よかったね! 廃部にならないね! 部活楽しんで! Rock ‘n’ roll!!!」とすぐに返信がきた。
でも梓にとって廃部になったほうが助かった気がした。
自分のアイデンティティを説明するのはそのたびに勇気がいるし疲れる事。
「あぁ~だるぅ~」
そう言って彼女は風呂から出た。今日何回この言葉を言ったか分からない――
∀・)ご一読ありがとうございます♪♪♪
∀・;)なんとか今週ぶん執筆&投稿できました(笑)
∀・)アズニャンのイメージですが、けいおんのアズニャンでなくて金属バットの友保さんをイメージして貰えたら幸いです。ではではまた来週。