第37話「うっせぇわ」
話は遡りヴィベックス本社内の一室。
冷房がよく効いている部屋で美桜は写真を眺めながらマネージャー与作とその写真の人物に関してあれこれと話し合っていた。
「失礼します」
ノックをして部屋に入ってきたのは当人のマネージャーである新田だ。
「このたびは楽曲製作のお話を受けて下さり、誠にありがとうございます!」
「あぁ~いやぁ~話を伺うって言っただけで、やると決めた訳じゃないよ?」
「承知しています。今日は本人も来ているので! おい! 入って来いよ!」
部屋に恐る恐る入ってきたのは絶世のナンバー1アイドルと謳われていた綺羅めくるその本人だ。彼女は入室してぎこちなく「お願いします」と一礼をした。
「あはは、萌える~! ああ、失敬。こういう仕事は私がいつも担っているので、私からお話する感じでいいでしょうか?」
「我々は構いませんが?」
「現在、私たちの綺羅めくるはテレビ番組に売り出していまして、ただそれだけではこのセカンドキャリアの波に乗れないのですね。ジストペリドやGGG等の人気アイドルへの楽曲提供で成果をあげられていますミオタニアン様に是非とも彼女の歌の製作をお願いしたいと思ってここに参りました。華崎CEOには勿論話を通しておりますし、報酬の交渉もこの場でしっかりさせて頂きます」
「私のお願いを聞いてくれるの?」
「はい?」
「じゃあ抱かせて」
「えっ?」
「抱かせてって言っているのよ」
「ギャー!!!」
遂に美桜にハグされる女性アイドル1号がでてしまった。
めくるは大きな叫び声をあげたが、思いのほか美桜のハグは優しかった。
「苦労してきたよね。私は知っているよ。あなたの歌声をまた聴きたい」
「そんな……」
パッとハグを外される。彼女の顔は涙に濡れてクシャクシャになっていた。
元々綺羅めくるは歯に衣着せぬコメントを残す事で人気を博したアイドルだ。しかし歳を重ねた彼女は次第にその人格も丸みを帯びてきていた。思ってもない事をテレビ番組の都合で言わされる事も多々増えて、遂にはタレント同士で罵り合うバラエティ番組にレギュラーとして定着するまでになる。そんな何かをあの巨漢の女に見透かされてしまった気がした。
それが悔しかった。だけど嬉しかった。
新田の運転する車のなかで溜息まじりにめくるは話す。
「私が泣いていたのを週刊誌に売ったらブッ飛ばすからね?」
「アハハ! ウケる! でも何で泣いたの? 恐かったの?」
「………………」
「だんまりかよ? まぁ~いいけどさ~」
「新田」
「何?」
「いつもありがとう」
「何よ? 急に? きもちわるっ!」
新田は2代目のマネージャーだが歳も近い事があって、いつしか悪友のような仲になっていた。だがここのところ彼女は横柄な態度を露骨にとるようになってきている。あるとき、彼女のマネージャー解雇を考えている事を告げると態度を豹変させて泣きついて謝ってきた。つくづく子供だなと思ったものの、果たして自分も大人と言える大人なのだろうか?
明日も朝が早い。現場にギリギリで入る癖があるめくるはホテルでスマホから「歌ウ蟲ケラ」の検索を始めた。ミオタニアンの事も。すると彼女たちがかつて異様な人気を博していたものの、悪評高かった「ガキのお仕え」に嫌々でていた事が分かる。ガキのお仕えはその悪評をこっぴどく受けて数年で放送終了となり、番組プロデューサーもテレビ局を退社させられたと言われる。
あのとき優しく抱かれて泣いてしまったのは嫌だったからではない。
改めてそう思った彼女は貰ったその名刺をみて電話をかけた。
『はい! もすもすぅ!』
「あの、綺羅めくるです」
『えっ? 番号教えた?』
「新田から名刺を貰って」
『あ~それで!』
「あの、宜しかったらお互いマネージャー抜きで会いません?」
『え? それはどういう?』
「貴女にっていうか、貴女たちに興味が湧いたところがあって」
『了解! でも忙しいのでは?』
「夜遅くなるかも……でもそういうのって大丈夫でしょう?」
『アハハ! じゃあ夜景のみえるところでデートで!』
約束に妙な条件が入った気がしたが、彼女達はその週のうちに再び会う。
高層ビルの最上階近くにあるバーにやってきたのは1人の中堅アイドルと1人の音楽家。
「いやぁ~こんなところで綺羅めくると飲めるなんて最高だ! 明日、死んでも構わねぇな!」
「動画でみる感じそのままですね」
「え? アイドルカタリズみてくれているの? 恥ずかしいなぁ! めくるさん、貴女は飲まないの?」
「うん、私は敏腕マネージャーのおかげで年中無休だから」
「アイドルっていうのは難しいね。でもアレだよ~? 普段の貴女みたくタメ語で話していいのよ~? 貴女は飲んでないけど、私はガッツリ飲んでいるし」
「何だろう。今はミオタさんのほうがスターな気が」
「私は舞台裏の仕事人だよ。だから伸び伸びできる」
「そっか」
「あ、ねぇ、最近SNSとか更新してないの何で?」
「え? あ~何だろうな。アレってウザくないですか? どこの誰だか分からん人が急に割り込んで話しかけてくるみたいな? それが疎ましくって。それで最近そっちを休んだらすごく楽になったの」
「……………………」
「あの? どうかされました?」
「いや、酒がうめぇなぁと思って、あ、そこの兄ちゃん、コレをもう一杯!」
ウェイターが「かしこまりました!」と美桜のグラスを下げる。
「私もインターネットって思うところがあってね、いまのめくるさんのお言葉、もう一度言って貰っていい?」
「え?」
「ちょっとメモしたいのよ。すごい事を閃いたの。多分私達だから生み出せるし、貴女だから歌える歌がきっとできる」
「えっと、だからSNSってどこの誰か分からん人が急にでてきて、いきなり話かけてくるのがウザいみたいな?」
頬を真っ赤に染める美桜は小さなメモとペンを懐から取り出し何かを書く。
その表情は酔っているのに真剣そのものだった。
「お待たせいたしました!」
「あ、はい。私が持ちます」
美桜は何かを書き上げるとそのままカウンターに顏を伏せて寝だした。
1分もしないうちにいびきまでかきだした。
「え? ちょっと? 勘定はどうするの?」
「ご心配なく。事前支払いしておりますよ」
唐突にサングラスの男が現れた。ヴィベックスの社員で名をジョニーと名乗る男だったが、どうやら美桜の関係者らしい。彼の言われるままに彼女は外に出た。
タクシーを拾ってそのまま自宅へ。スマホをみると新田からの着信がいくつも入っていた。折り返すとどうやら新しい仕事が入ったらしい。
美桜と会ったことは内緒にしたいものだが、新田には知られるだろうか?
いや、もはや知られてもいいだろう。
彼女は久々にツイッターで「大物ロックンローラーと語り合った夜」と写真付きで一言呟いてみせた。
翌週、事務所でめくるは新田とともに新曲のデモを聴いた。
「うわ! すげぇ! これ! 超ノリノリじゃねぇ!?」
その楽曲を聴きながら新田は激しく体を揺らしてみせる。もはや下手なブレイクダンスだ。
めくるはそれをみて静かに微笑む。
それから間もなくして社会現象すらも巻き起こす彼女の新曲「うっせぇよ」のリリースが為された――
∀・)読了ありがとうございます♪♪♪綺羅めくるさんが再登場の巻でした♪♪♪このくだりなのですが「歌手になろうフェス」の参加作品で他の作品でもみられるかもしれません(笑)形はこの話と違うものになるかもだけどね。これから3日間更新です。明日も宜しく☆☆☆彡




